異常事態【イレギュラー】
「今週は本当にヤバい」
賑わう大通りを抜け僕はとある寂れた家の前にいた。見た目は廃墟だが窓からは紅い光りが煌々と漏れカーンカーンと鉄を打つ音が響く。
ドアを開けると猛烈な熱風が吹き抜ける。
「おじゃましまーす!」
「おお、ようやく来たか坊主」
小柄な体型には似合わない濃い髭を生やしながら鉄を夢中になって打ち続ける。店主は土精霊。屈強な肉体と鋼の精神を持つ種族で度々森精霊との抗争が勃発する。ドワーフは昔から鍛冶を得意とする種族でこの世界でも有名だ。名のあるドワーフに打ってもらった武具は最低でも百万ダルクは下らないと言われるほどに。そんな種族に刀を打ってもらえるとなれば喜ばない冒険者はいないだろう。むろん僕も最高にハイになってる。
「それで僕の相棒はどこ!?」
「ここだここ」
ドワーフの影に隠れ僕の二本は飾られていた。
蒼く輝く刃、紅く猛々しい刃。《蒼角》と《紅蓮》。二本一対の双剣。
僕は《蒼角》《紅蓮》を手に取りいつもの戦闘スタイルをとる。僅かに伝わる冷気と熱気は属性を持つ証拠。《蒼角》は水。《紅蓮》は火。重さはまるで感じない。違和感すら微塵もない。双剣を柄に戻し《蒼角》を小手に挿し《紅蓮》を腰裏に挿す。
「おっちゃんありがと!最高の一品だぜ!」
負け事すら忘れる至高の一品。さすが土精霊。
「そうか、なら次の発注も待ってるぜ」
まんざらでもない表情を浮かべドワーフの主人は再び鉄を打ち始め僕は静かに鍛冶屋を後にした。
「さて、新しい相棒も入ったことだし…」
やることはすでに決まっている。
「ちょっくら狩りにでも行きますか!」
今月の分を回収するついで僕は《蒼角》と《紅蓮》を試すことにした。
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薄暗く湿った道。そこに一人の獣人が息をひそめていた。
「あの武器…金になるニャァ…」
獣人は口を歪め下卑た笑みを浮かべる。その表情はまるで獣。
喉をゴロゴロと鳴らし獣人は獲物を決めまた路地の闇に溶けた。
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天気は晴天。風はなし。じめじめとした湿気が肌にまとわり汗が垂れる。
「…暑い!」
僕は《蒼角》と《紅蓮》及び今月の給料を稼ぎに街を離れ湿原に来ていた。僕の職業上あまり街から離れすぎることはできない。だが武器を試すにはそれなりのレベルが必要。できるだけ近く強いモンスターと戦う。そう考え真っ先に浮かんだのはここだった。
「遭遇率は高い場所なんだけど」
明らかな異常事態。到着してから一時間以上が経過したが遭遇したモンスターは皆無。普段の湿原はモンスターが数多存在し五分その場に留まっていればモンスターと遭遇することも少なくない。だからこそ一時間以上遭遇がないことはあり得ない。
「モンスターにも見捨てられちゃ僕マジのボッチじゃないか」
むしろそうなんじゃないのかあり得ない話でもない気がする。
あれ?何だろ急に涙が…
『ヴォアアアアアアアアアアアアアアアア!』
唐突に響く咆哮が湿原に響き反響した。
「こいつは!?」
涙も乾く衝撃。明らかな異変に僕の勘が警鐘を鳴らす。モンスターの存在は近い、というより僕に向かって来ている。
「「「「ウオオオオオオオオオオオオ!」」」」
初心者チームが追いかけられていた。職業は前から戦士、魔導士、盗賊、治療師。
見た目でわかる場違いな恰好。初期防具。確かにここは初心者向けの湿原だが指定レベルは10。しかも追いかけているモンスターは鬼牛。レベル30の冒険者がパーティーを組んでようやく倒せるレベル。湿原には本来生息すらしていない怪物。
「きゃぁ!」
ぬかるみに足をとられた治療師の少女が転倒し彼らの足を止めた。
「ミ————————————」
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
ミノタウロスの咆哮が少年の声を荒く揉み消した。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け
動けよ俺の脚!逃げるな!仲間が危険なんだ!動けぇ!!
「アアアアアアアアァ!」
強制停止から抜け出した少年は叫びながらミノタウロスへと突貫する。
『ォオ!』
少年の大剣はミノタウロスを捉えた。手応えは確かに…。
「!?」
牛面が醜悪な笑みをこぼす。捉えたはずの大剣は鬼牛の手に握られ砕け散る。
『オオオオアアアアアア!』
「終わった…俺の人生…」
これから冒険者として仲間と楽しく過ごすはずの人生は目の前の怪物によって崩された。襲い掛かる無情の現実。
「ハル!」「リーダー!」「誰かァ!」
仲間の声が、救おうとした少女の声が確かに聞こえた。