表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

真南の空に半月(やわらかな陽4)

作者: ひなた水

 夜半に急に目が覚めた。

仄暗い部屋、分厚いカーテンの隙間から、一筋の光が私の目の前を横切る。

 布団から起き上がり、カーテンを少しだけ開け、夜空を仰ぐ。

夕方のぼった半月が、今、真南の空高く輝いている。ピンとはりつめ、刺すほどに凍りついた空気を身にまとい、眠りについた街を怖いくらいに静かに照らしている。

 私は急に大きな不安感に駆られた。足元から這い上がってくる孤独感、せつないくらいの寂しさに喉がつまりそう。月の光に囚われてしまったかのような……

 枕元の時計を見ると午前二時を指している。こんな状態では、きっと眠れない。

どうしよう…薬を飲み足そうか…バッグに手を伸ばして止めた。決められた以上の量は飲まないこと。そう七生と約束したのだ。


 二年前に離婚して以来、少し心が不安定になっている私は病院で薬を貰っている。

薬は慣れてくると、どうしても多く飲みがちになってしまう。そんな私を心配して、幼馴染の七生は言う。

「フミちゃんは、心がちょっと風邪をひいただけなんだ。いいかい?たいした事じゃないんだよ。だから絶対にお医者さんに言われた以上の薬を飲んだら駄目だよ」

「でも、飲みたくなる。飲むと安心するから」

「じゃ飲みたくなったら、俺を呼ぶこと。いいね」

 そう怖い顔して言う。同い年の癖に、まるで父親みたいな口ぶりで私を叱る。高校教師という職業のせいかもしれない。

 バッグから薬ではなく、携帯電話を取り出す。迷った末、恐る恐る七生の番号を押す。

 五回ほどルルルルルを繰り返した後、

「フミちゃん?」

 少しだけ眠そうな、でも少しも怒っていない、いつもの優しい七生の声が聞こえた。

「うん」

「どうしたの?眠れないのか?」

「月を見てたら」

「え?」

「どうしてだか、急に何だか不安で…寂しくて、寂しくて…ひとりぽっちで」

「フミちゃん?」

「お薬、飲んでもいい?」

 消え入るような声で私は聞いた。

「駄目だよ。約束したでしょ」

 はっきりと七生は言った。

「でも…」

「フミちゃん、今からそっちに行くから」

「えっ?だって、もう二時過ぎだよ」

「大丈夫。十分で行くからね。庭で待っておいで」

 そう言って電話は切れた。

 私はパジャマの上にガウンを羽織り、リビングのテラスから庭に出た。

一月の夜半の空気が頬に痛い。私は座り込み、膝をかかえて空を仰いだ。月はさらに高い所から私を見下ろしている。

 少しすると、遠くから道を走る足音が聞こえてきた。間違いなく七生の足音…

「フミちゃん」

 白い息を切らしながら、七生が庭に入って来た。

紺色のトレーニングウエアの上下を着ている。そのまま体育の授業でも出来そうな格好だ。

「七生」

 私は近づいて思わず抱きついた。耐え切れず、思わず嗚咽がもれる。子供のようにエンエン

声を上げて泣いた。

「大丈夫だよ」

 七生も抱きしめてくれた…思い切り力を込めて。息が苦しいほどだった。

「ごめんね、七生。いつまでも、こんなに弱くてごめんね。迷惑かけてごめんね」

「フミちゃん」

 七生はいつもそうするみたいに、私の頭をクシャリと撫でた。

「いいんだよ。そんな事は気にしなくていいんだ。俺が自分で言ったんだから。薬を多く飲みそうになったら俺を呼べって」

「でも…こんな時間に」

「いいんだって」

 七生はさらに力を込めて、私をギュっと抱きしめてくれた。

「これで安心できるだろ?」

 私は頷いて、七生の胸に顔を埋めた。子供の頃から知っている、懐かしい七生の匂いがする。甘い植物の匂いに似ている。しばらくそうしていると、本当に心が落ち着いてきた。

「七生、ありがとう。もう落ち着いた」

「大丈夫か?」

「うん」

 私は七生からそっと身体を離した。

 七生は照れ臭そうに笑った。それから

「本当に月が真上に居るんだな」

「うん」

「俺は月見てたら、狼になりそうだ」

「フフっそのセリフ、何だかタイミング良すぎるよ。私がフラリと来ると思う?それに今夜の月は半月だよ」

「おっそんな突っ込みが出来るくらいなら、もう、大丈夫だね」

 そう言って、七生はもう一度私の頭を優しく撫でた。

 月は何にも言わず、ずっと二人を照らしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ