異世界召喚だとか 前編
「あれぇ? 山田は休みなのぉ?」
いつもの様に部室で駄弁っていると有栖が不思議そうに言ってきた。
そういえば見てない気がする。
「多分休みじゃないかな?」
「山田は存在感ないからなー。偶に廊下ですれ違っても気付かないし」
陣内君の言う通りである。
私も隣の席なのに今の今まで気付かなかった位だ。
「また、何かに巻き込まれたんじゃないデスカー?」
「そうかもねぇ」
その日は何もなく解散した。
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水曜日、いつもの様に部室で駄弁っていると、突然見知らぬ男子生徒が入ってきた。
「山田はいるか!?」
「あれ? 世良じゃんどうしたの?」
彼の名前は世良 拓哉。
陣内や山田と友達らしい。
「そういえば今日も見てないわね。あれ? もしかして三日位休んでる?」
「言われてみればそうデスネー」
呑気に答える私とボブ。
しかし、その答えに青ざめた世良君は、膝から崩れ落ちた。
「お、俺のせいかもしれない……」
「お話を聞かせて貰えるかしらぁ?」
世良君は部室に入るとゆっくりと話し始めた。
「実は月曜の登校中に急に白い光に包まれて……。女神様に『貴女は選ばれし勇者です』って言われて、気付いたら異世界にいたんだ―」
(中略)
「そして、魔王を倒し巫女として選ばれた琴音と一緒に、こちらの世界に戻る事が出来たんだ……って聞いてる瀬川さん?」
「しっかり聞いてたわよぉ。勇者になって彼女までゲットなんてハッピーエンドじゃなぁい?」
ニッコリと笑顔で答える有栖。
「そ、そうか。なら良いんだけど……。それで今朝思い出したんだよ。月曜の登校中、異世界転移した時に山田と一緒に話しながら歩いていた事を!」
「って事は、巻き込まれた可能性があるわけ?」
私の質問に、世良君は無言で頷く。
「こっちの一日が、異世界の一年だっけ? 世良たちは一日で戻ってこれたから、そんなに違和感ないかもしれないが、山田は既に三年ほど向うで過ごしていることに……」
陣内君の言葉に、皆が沈黙する。
「で、でも山田はアニメとかゲーム好きで、ラノベとか読んでるし、異世界転移してチート能力は無くても、そういう状況とか想定して生きてはいそうじゃない? 何ならこっちの知識を使って大金持ちとか……」
自分で言ってて虚しくなったので止めた。
「それでぇ、その異世界の物って何か持ってるかしらぁ?」
「ああ、それなら」
世良君は、ポケットから指輪を取り出す。
「ナルホド! 宿敵を倒してパワーアップした瀬川サンの力なら、異世界の位置を調べて助けに行けるってワケですネ!」
「ナイス説明台詞よぉボブ」
有栖はそう言うと、自分の前に指輪を置き、人差し指だけ伸ばした状態で両手を頭に付ける。
「みょいんみょいんみょいんみょいん」
何か有栖が壊れた。
「おい、それで本当に見つかるのか?」
「集中しなきゃいけないんだからぁ、皆静かにしててぇ。……みょいんみょいんみょいんみょいん」
固唾を飲んでアリスの奇行を見守る事5分。
「見つけたわぁ」
有栖はそう言うと、両手を合わせて光を生み出す。
その光が空中に投影され、スクリーンの様に異世界を映し出した。
そこは夕暮れに照らされた町の大通り。
「ここ行った事あるよ!」
世良君の証言により、山田がここにいるのは間違いなさそうだ。
「デモ、人通りが多くてドレが山田クンだか分からないネー」
「ここにいるのは間違いないんだけどねぇ……」
皆、映像を見ながら山田を探す。
「瀬川、もしかしてアレじゃないか?」
陣内君が指差したのは通りの脇に座ってボロ布を頭まで被った人物だった。
「アップにしてみるわねぇ」
そこに映し出されたのは、メガネもなく虚ろな瞳、無精ひげも生え、酷くやつれ、薄汚れた山田の姿だった。
「何!? 山田に何があったのぉ!?」
有栖が腹を抱えて笑っている。
「何か喋ってるみたいなんだけど」
「音声も繋いでみましょうかぁ」
有栖は気軽にそう言うと、指をぱちりと鳴らした。
途端に映像から、町の喧騒が聞こえてくる。
「ちょっと聞き取り辛いわね……」
と言った瞬間、山田の声がポツリポツリと聞こえてきた。
「右や……左の……旦那様……お恵みを……お恵みを……」
「山田ァァァァァァァァ!!!」
世良君は頭を抱えて絶叫しているが、部活メンバーは大笑いしている。
「お、お前ら笑ってる場合か! 助けに行かないと!」
「だってぇ面白いんだものぉ」
笑い過ぎて溢れた涙を拭いながら有栖が答える。
「お、おい! 山田が動き出したぞ!」
陣内君の言葉に、再び全員が映像を見る。
山田は、少しだけ硬貨の入った器を持つと、とぼとぼとどこかに向かって歩き出した。
「どこに行くのかしらぁ?」
有栖が指を顎に当てながら呟く。
やがて、教会らしき建物の前に立つと扉を叩く山田。
中から神父らしき人が出てきて、山田にお祈りをすると、器の中の硬貨を受け取り、代わりに半分になったパンと水の入ったコップを渡した。
それで用は済んだとばかりに、扉を閉める神父。
「もうすっかり夜だネー」
山田は、そのまま教会の馬小屋に入ると、パンを食べ水を飲み干す。
「も、もしかして、ここに寝泊まりしてるんじゃない?」
やばい。笑いが堪えきれそうにない。
私の言葉に応えるように、そのまま藁の上に寝転がる山田。
山田が微妙に震えている……?
そして、聞こえてくるすすり泣き。
「何で……何で俺が……こんな目に……グスッ……チクショウ……グスッ……」
「山田ぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!!」
世良君の絶叫が響き渡る中、部活メンバーは声が出ないほど笑い転げていた。
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「山田クン、起きてヨー」
有栖の力で異世界への扉を開き、転移した私達は山田の寝床へ来ていた。
ボブに揺さぶられ、ゆっくりと上半身を起こす山田。
「ボ……ブ……?」
「そうだヨー。助けに来たヨー」
「うぁぁぁあああん!ボブゥゥゥゥウゥゥゥゥ!」
泣きながらボブにしがみ付く山田。
その背中を優しく叩きながらボブは笑っている。
グスグスと鼻をすすりながら周りを見回す山田。
「皆……来てくれたのか……ん?」
俯いている世良君が目に入ったらしい。
「世良ァァァァァァァァ! 俺はぁぁぁぁぁぁぁぁお前をぉぉぉぉぉぉおぉ! あの世で俺に詫び続けろぉぉぉぉぉおぉ!」
絶叫しながら拳を振り上げ走り出そうとする山田。
ボブがそれを後ろから捕まえて、きゅっと首を絞め落とした。
「とりあえず、結構衰弱してるみたいだし、今日は俺とボブが山田を家に送って行くわ」
と陣内君が山田を背負う。
「明日もぉ休むでしょうねぇ……世良君もぉ、金曜の部活には出頭しなさぁい?」
「わ、分かってる……」
こうして、その日は解散となった。
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「異世界舐めんな!」
部活メンバーと世良が集まった部室で、開口一番俺は怒鳴った。
「とりあえずぅ、その面白体験を早く聞きたいんだけどぉ」
「俺はちっと面白くないわ!」
瀬川の言葉に机を叩いて反論する。
「でも、世良君の場合は世界を救った上に彼女までゲットしたのに、何で山田はあんな事になったわけ?」
世良の奴、彼女まで出来てやがったのか。
俺が世良を睨むと、申し訳なさそうに俯いた。
ふん! 俺の苦労体験を聞いて罪悪感に溺れるがいい!
「月曜に世良と話しながら登校中、俺は突然白い光に包まれた」
「それで、女神様から―」
「そんなもんねえよ!」
世良の言葉に怒鳴り返す。
「気が付いたら、異世界の草原に一人立っていた……」