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山田太郎の嘆き  作者: 無一文
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異能力バトルだとか

 それは夜中、コンビニ帰りに近所の公園を通った時だった。

 何か、二人の男が構えながら、お互いの間合いを計っているように見える。

 俺に気付いたのか、二人の動きが止まった。


「チッ……人が来たか……」

「ここは退かせてもらう」


 二人はそれぞれに口にすると、その場から消え去った。

 残されたのは、呆然とする俺と、怪しげな鍵だった。



---



「というわけで、何かヤバげな鍵を拾ったんだが」


 昨晩拾った金色の鍵を見せながら俺が言うと、瀬川が鍵を手に取った。


「何かしらぁ? 魔術的な感じもするしぃ」


 瀬川は鍵を回しながらまじまじと観察する。


「とりあえず警察で良いんじゃない?」

「ああ、帰りに交番に寄って―」


 芥川の言葉に返事をしようとした時、部室の扉が勢いよく開いた。

 そこには、青い髪をした同級生らしき男子学生が立っていた。


「鍵の反応を辿ってみれば、まさか同じ学校にいるとはな! さあ俺と―」

「ああ、お前のだったのか、ほれ」


 瀬川から鍵を受け取ると、その学生に投げ渡して部室の扉を閉めた。


「落とし主が見つかって良かったネー」

「案外早く済んだなあ」


 ボブと陣内が和気あいあいと語り合っている。

 全く、厄介事が片付いて清々し―

 再び、部室の扉が勢いよく開く。


「最後まで話を聞け! 貴様も鍵を持ってるなら、能力に目覚め」

「知らんわ! そんな能力! 大体、扉はゆっくり開けろ!」


 俺は再び部室の扉を閉める。

 今度は閉めたとたんに開く。


「ククク! 良いぜ! お前がその気ならまずは俺から見せてやる!」


 その男子学生がから何か不穏な空気が漂ってきた瞬間。


バシュ


 静かな発砲音と共にその男子学生の頬に一筋の線が走り血が滴る。

 ボブがサイレンサー付きの銃を撃ったのだ。

 能力バトルになると思っていたらしいが、銃を見て男子学生はそのまま腰を抜かして尻もちを付く。


「ボブ! 撃つ時は言えって言ってるだろ!」

「だって鬱陶しいんだモン!」


 腕を組んで頬を膨らませるボブ。別に可愛くないぞ。


「おら! テメェも話があるなら中に入れや! ボブは躊躇いなく撃つぞ!」

「は……はい……」


 男子学生は、腰が抜けたままなのか、よろよろと四つん這いになって部室に入ってきた。



---



 陣内の肩を借りて、ようやく椅子に座れた青井 章吾と名乗る男子学生は、今もボブが恐ろしいのか、顔を青ざめさせたまま、全身震えている状態である。


「ボブ、銃を仕舞え。話にならん」


 口笛を吹きながら、満面の笑みで銃をカシャカシャ鳴らしているボブに注意する。

 普段は、かなり温厚な奴なのだが、どこに沸点があるか分からん。

 俺の言葉を聞いて、渋々と銃を懐にしまうボブ。

 それを見て、ようやく安堵したのか、溜息を吐く青井。


「で、何の用なんだ青井とやら」

「その鍵の事を知っているか?」

「全く知らんし、興味もない」


 俺の言葉が信じられないようで、驚いたまま口をパクパクさせる青井。


「これは昨日、公園で偶然拾った物だ」

「ならば、お前も能力に目覚めたはずだ!」


 ふむ。知らない内に、俺も何やら能力が使えるようになったらしい。

 満を持して立ち上がり、構えを取って気合を入れる。




「ホァァァァッァァァ!!!」




 しかし何も起こらなかった。




 顔を赤くした俺は、黙って席に座って俯く。


「ホァァッァって! ホァァァァって!!」

「そ、それアンタの何がどうなったの!?」

「ないわ。山田それはないわ」


 瀬川は机をバシバシ叩きながら、芥川はプッスプッス言いながら肩を震わせ大笑い。

 陣内はドン引きしている。

 そこへ、ボブがこっちを見つめながら親指を立てて言ってきた。


「山田クン、僕はカッコいいと思うヨー」

「一番いらねえんだよ! その優しさ!」


 俺は机を叩いて立ち上がる。

 ああ、もう絶対耳まで真っ赤になってる。


「はい、青井君嘘吐き決定ー! お前これから生徒会室に投げ込んでやるー!」

「ちょ、違う! 何で生徒会室!?」

「だめよぉ副会長とキャラが被ってるもの」

「ああ、そういえばそうね」


 俺が青井の襟首を掴んだ瞬間に、腐れ女子からダメ出しが入る。


「チッ……命拾いしたな……」

「え!? 何か勝手にダメ出しされてる!?」


 俺は席に戻ると、再度青井に尋ねる。


「おい、その能力とやらは、どうやって使うんだ?」

「俺の場合はこうだな」


 そう言うと、青井は立ち上がり、右手の手の平を広げる。


「青き青き深遠なる根源よ。無より出でて無に還りし存在よ―」


 青井の手の平に、水の球が現れる。


「こんな感じだな」


 青井が手を戻すと水の球は霧散して消え去った。


「なあ、その、呪文みたいなのは必要なのか?」

「ああ、能力を行使しようとすると、自然に頭に浮かんでくる」


 部活メンバーがワクワクした目で俺を見ている。

 ああ、これ絶対ダメなやつだ。

 分かってるよ? 分かってるけどさ?

 男にはやらなきゃいけない時ってあるじゃない?

 既に芥川と瀬川は笑ってるけどさ!

 俺は口元に笑みを浮かべ、スッと立ち上がると、青井と同じように右手の手の平を広げる。




「絶望より解き放たれし存在よ。全てを食らう混沌よ―」




 もちろん何も起きなかったので、黙って座る俺。




「なにそれ! なにそれ! 良いわよぉ山田ぁ!」

「プッ……アンタの頭の中……プッス……どうな……ブフッ」

「山田は偶に凄いな! 分かっててやるもんな!」

「ブラボー! ブラボーだよ山田クン!」


 皆が手を叩いて笑ってくれている。

 ならば良いじゃないか。


「よし、青井を窓から投げ捨てよう」

「ちょ、待って!? ここ3階だから!!」

「大丈夫だって! 俺が今やった事に比べれば」

「誰か止めてくれよ!」


 ボブと陣内に止められて、ようやく俺は落ち着いた。



---



「青井君よぉ? どう落とし前つけてくれんだよぉ?」


 俺はドスの利いた声で青井に迫る。

 青井は俯いたままである。

 俺は知っている。さっき、コイツもちょっと笑っていた。


「そ、そのスミマセン……」

「ごめんなさいが通用するなら、魔法も奇跡もいらねえんだよ!」


 机を激しく叩いた俺に驚いたのか、体を竦ませる青井。

 なお、部活メンバーは笑顔である。ニッコニコだ。チクショウ。


「大体、この鍵は何なんだよ?」


 根本的な質問に戻る事にした。


「えっと、ですね。それは、それは聖杯へと至るために必要な―」


 俺は即座に持っていた鍵を青井に投げつけた。


「ふざけんなテメー!! 俺にあんな恥ずかしい真似させておいて聖杯だと!?」


 激昂する俺の意味が分からないのか、目を白黒させている青井。


「は、はい。聖杯を蘇らせるために必要な13個の鍵。それに選ばれた能力者達が―」

「こちとら聖杯関係は、お腹一杯なんだよ!」


 呆然とする青井と、ヤレヤレと言った感じで両手を広げる瀬川。

 ボブと陣内、芥川は不思議そうな顔をしている。

 しょうがない。一から説明するしかあるまい。


「今からいう事は真実なので覚えておくように。聖杯は一杯ある」

「「「「「は?」」」」」


 瀬川を除いた全員がキョトンとしている。


「俺は今までに5回くらい見ており、その内1個持っている」

「「「「「はぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ?」」」」」


 俺は席に座ると、ゆっくりと話し始める。


「大体、魔術師とか魔法関係に当たると、そういう事になるんだよ―」



---



 1回目

 町を歩いてたら、良く分からない空間に飛ばされていた。

 誰かが『聖杯が暴走した~』とか言いながら聖杯っぽい物を砕いていた。

 気付いたら、元の場所に戻っていた。


 2回目

 朝起きて外を見たら変な空間だった。

 空には黄金に輝く器があった。

 何か、影っぽい物が飛んで行ってそれを壊した。

 気付いたら、元の世界に戻っていた。



 3回目

 夜中に道を歩いてたら、急に人通りがなくなっていた。

 魔法使いっぽい二人がボロボロになりつつも戦っていた。

 もう何となく察していた俺は足元に転がっていた黄金の器を叩き壊した。

 気付いたら、元の世界に戻っていた。



 4回目

 瀬川に、頼まれていた人物を探しあてたと連絡。

 どうやら、別の人だったらしいが、聖杯を具現化させていたらしい。

 問答無用で叩き割る。



 5回目

 瀬川が魔法使いのいざこざに巻き込まれて聖杯を手に入れたと持ってきた。

 今回はちょうどいい大きさなので、ドンブリとして使う事にしてありがたく頂いた。



---



「といわけで、今聖杯は俺の納豆ごはん専用機として働いています」

「ふざけるな!」


 青井が立ち上がって叫んだ。


「いや、だってねえ? 本当なんですものねえ? 瀬川さん?」

「本当の事よぉ?」


 あらあら嫌だわ奥様オホホホホと言った感じで語り合う。


「聖杯なら、何でも望みがかなうんだろ!?」

「使い方が分からん」


 青井の叫びに正直に答えてやる。


「え?」

「いや、お前聖杯の使い方知ってるの?」


 青井は返答できないようだ。


「一歩間違えれば大惨事。挙句に使い方も分からん。こんなもんドンブリ以外何に使えと?」

「し、調べれば何か……」

「分からなかったし、分かったとして何をするのぉ?」


 瀬川の言葉に、再び青井が口を噤む。


「要するにだ。お前何か叶えて欲しい願いがあるなら、俺が持っている聖杯をやる。ただし、答えられないなら今すぐ鍵を捨てろ」


 青井の肩が震えている。

 分かっているさ。こんな世界だ。

 自分が選ばれた存在だと思ったんだろう。

 特に意味はないのに。

 一応、部活メンバーにも聞いておく。


「ああ、部活メンバーにも聞いておくぞ? 何かどうしても叶えたい願いがあるなら、聖杯を譲ってやる。使い方は知らんので、自分で調べてくれ」


 その言葉に、陣内は鼻で笑う。


「いらないよ。そんなの」


 ボブがいつもの白い歯を見せて笑う。


「復讐は自分で果たさないとネー」


 芥川も考えながら話す。


「今までやって来た事の意味がなくなるのはちょっとね」


 瀬川が笑う。


「私はいらないわよぉ?」


 俺は再び青井を見つめる。


「なあ? お前の叶えたい願いって何だ? 金か? 女か? 名誉か? 世界平和か? 世界征服か? 誰かの命か? 不老不死か? 全知全能か? お前は何が欲しいんだ? お前は何がしたいんだ? それは誰かを傷つけてまで欲しい物なのか?」


 青井は黙って鍵を置くと、そのまま出て行った。



---



 俺は、その晩、聖杯に鍵を入れて願ってみた。

 こんな下らない鍵が全て壊れますように―

 聖杯と鍵は光となって消えた。

 なんだ。案外簡単に使えたじゃないか。


 その時、メールが届いた。

 瀬川からだ。


『絶望より解き放たれし存在よ』


 俺はスマホを投げ捨てて、そのまま寝た。

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