①賢王との謁見
「う………ん…」
窓辺から差すやわらかい光を感じて、百合は目を覚ました。
「ここは……?」
彼女は、豪奢な部屋の大きな寝台に寝ていたのだった。誰かいないか――彼女はキョロキョロする。
そのとき――
「起きたのか、百合!!
――もふん……!!
「きゃっ!!」
視界が真っ白に染まった。
しゃべる魔法の白梟――クラースが飛びついて来たのだった。
クラースは体制を整えて、シーツの上に着地する。
「着替えを持ってきたぞ。新しい制服なのだ。本当は、船に直接運ぶつもりだったのだが、遅れてしまってな」
「わぁ!ありがとうございます」
百合はパーティードレスのままだった。
彼が運んできた紙袋を受け取ると、中をのぞく。
そこには――可愛らしい、燕尾服を思わせるようなデザインの、新しい制服が入っていた。
さっそく着替える。
すぐに、可憐な、宝石店の従業員が部屋に降り立つ。すると、ちょうどよく、エウラリアが部屋に入って来た。
「起きたか。たたき起こしてやろうかと思っていたのだが。残念だ……」
「普通に起こしてほしいです……」
百合が苦笑すると、彼は液体の入った小瓶を手渡してきた。
「人間の気配を消し、妖精族の気配を身にまとうための魔法薬だ。船に乗っていたとき同様、忘れずに飲め」
彼女はお礼を言って頷くと、それを口に含んだ。そして、クラースとエウラリアに尋ねる。
「ここはどこなんでしょうか……?
リュシーさんの力が戻って来て…それを使って船を直したのは記憶にあるんですけど………。それから先…何が起こったのか、全く覚えていないんです……」
「それはな――」
クラースが、「着いて来い」と、アイコンタクトしながら窓辺に飛び移った。百合もそれに続く。
豪華な窓の向こう、百合は、高台から――眼下を見下ろすことになる。
―――そこには、巨大な西洋都市が広がっていた。
都市全体を、円状に巨大な壁が取り囲み、まるで要塞のように都市を守っている。
そして何より、彼女が驚いたのは、巨大なアメジストの結晶体が、空中のそこここに漂っていたことだった。
エウラリアが、彼女の背後で言った。
―――「ここは、王都グロッジェ。
賢王バルタザール・クロイツが統べし王国、クロイツ王国が誇る城塞首都だ。
クロイツ王家の象徴であるアメジスト、その守護石が天上からの攻撃をも防ぐ。
そして今、オマエが立つこの部屋……
ここは、王の住まい。バルタザール・クロイツ城だ」
「ここっ!お城なんですか…!!」
百合はなんと、クロイツ王国の王宮に居たのだった。
王とはつまり、ジョルジュの父のことだ。
二人によれば、倒れた百合は、船旅の最終日を船のベッドの上で過ごし、ついさっき、ジョルジュの取り計らいで城に運ばれたのだとか。
「オマエとリュシーは、魂の性質という観点でよく似ている。しかし、人間であるオマエの体は、魔法発動の衝撃に耐えられなかったのだろう。
倒れた原因はそれのはずだ。
前回は、リュシーの身から魔力を引き出す……という方法で、オマエは“癒しの魔法”を発動していた。
しかし……今回は違う。
オマエの体にかかる負荷は、並々ならぬものだろうな……」
エウラリアは、彼女に同情してか、フッと目を逸らした。
「違う……と言うと?」
それにはクラースが答えた。
「リュシーの魔力が――すべてお前に移っているのだ。
まだ、魔力が完全にはお前の体に馴染んではおらぬ……。安定するまでしばらくは、魔法を使ってはいかんぞ。体が持たんはずだ……」
「……っ!!わ、分かりました……」
百合は身が引き締まる思いがした。
強大な魔力を秘め、あらゆる癒しの魔法に長けていたSanta-Lucia――リュシー・ロートレーズの全魔力が、今この身にある、というのだから。
でも、怖くはなかった。
カチャ……
そのとき、部屋のドアが開いた。入って来たのはイレール。
彼は、百合とお揃いの新しい制服に身を包んでいる。
「起きたんですね!!」
元気そうな百合の姿を見て、イレールは彼女を腕に閉じ込めた。
「イレールさん……っ!」
百合も頬を染めながら、彼の背中に腕を回す。
「制服、似合っていますよ!」
「イレールさんこそ!」
名残惜しくも身を離すと、イレールは百合をドアの外へと促した。
「今ちょうど…貴女が、リュシー姉さんの力を再び手にしたことも事も含め……。船上であった一連の出来事を、バルタザール王にご報告し終えたところです。お身体に差し障らないようでしたら、貴女にもご出席いただきたいのですが……」
「はい。大丈夫です!」
百合はイレールに連れられて、豪華絢爛な応接室の入り口をくぐった。
エウラリアとクラースもそれに続く。そこには、船旅を共にしたイレールの友人たちが長テーブルに座って、一堂に会している。
――「ほほう……。貴女が人間でありながら、リュシーの魔力をその身に宿した少女か。我が国民を救ってくれたこと、心より礼を述べよう……」
威厳たっぷりの声が聞こえて、百合は声の聞こえた長テーブルの上座のほうへと視線を飛ばす。
そこには、うねる炎のようなワインレッドの髪の、壮年の男性が、ふんぞり返って座っていた。彼は百合と目が合うと、ニヤリとする。
身なりの良さとは裏腹に、左目のこめかみから頬に走った細い古傷が目につく。
「遠慮は無用。かけ給え………」
促されるまま、百合たちはクラウンたちの隣に空いていた席に腰を下ろす。すぐさま、ジョルジュが強面のその男性を親指で差した。
「紹介するぜ百合!こいつはオレの親父、バルタザール・クロイツだ!」
「うむ。吾輩、バルタザール・クロイツ、この国の王として政を成している。―――なあに、王だからとて、かしこまる必要はない……。友人の父親、そういった認識で良い」
背中をぴんとさせて恐縮した百合に、彼は優しく言った。強面な外見とは裏腹に、親しみやすさのある雰囲気がある。
威厳と、そして、ある程度の庶民的な雰囲気。
ジョルジュのそういった一面は、父親譲りであるらしい。
彼は、「さっそくだが、本題に戻ろう。今後の行動を決定せねば」と、口火を切った。
「今回“エメラルド”を持って疾走した妖精族、クロードヴァルド・ザシェール侯爵だが……恥ずかしながら、わが国の議員であった。交友関係や、親族を洗い出し、身を潜めている場所を割り出そうとしたのだが……
―――しかしである……
侯爵は、誰とも交友を持たず、さらには、血縁者までも全くいない。
ということが分かった。
屋敷に働いていた者に話を聞き、戸籍も調べたところ、天涯孤独の身であったらしい……
つまり、現段階で、ザシェール侯爵がどこに身を寄せているのか、我々には分からない。ということである」
―――「恐れながら……。大切なお話がございます」
バルタザール王の話を遮ったのは――宝飾職人、ロイだった。
「ザシェール侯爵に血縁者が見つからないのは、当然と言えば当然……なのです。
わたくしには分かります。
船の上で対面した時………はっきりと認識したのです。
そしてたった今、それは確信に変わりました」
ひょうひょうとした態度は影を潜めている。
みな、何事かと、真剣な表情で言葉の先を待つ。
「どういうことですか……ロイ?」
イレールがロイを見つめる。彼は頷くと、きっぱりと言った。
「彼……。
クロードヴァルド・ザシェールは、
もともとは――――――――――人間だった……ようなのです」
「―――――っ!!!!」
みなハッと息を飲む。
しかし、すぐに、百合と羽ヶ矢以外のみんなは、合点がいったというような顔をした。
バルタザール王は顎に手をそえる。
「ふむ……。貴殿がそう言うのなら、決定であるな。
『クロードヴァルド・ザシェールは、もともとは人間であった』
人間であるなら、魔法界に血縁者がいなくともそう不思議なことではない。
侯爵はここで200年、議員をしている。人間の寿命はそれほど長くはない。交友関係もなく、世帯も持っていなければ、今頃……天涯孤独の身となっていてもおかしくはない」
「ちょっと……どういうこと?」
羽ヶ矢と百合は、なぜみんなが、ロイの発言を信じられるのか分からなかった。
―――「あぁ……。そっか、君たちには話していなかったね……」
それにロイが気づいて、声をかける。
「ボクがなんでそう断言できるのかも不思議だし、みんながボクの言に納得しているのも不思議だよね?
理由にはね……
『ボクが何者であるか』が、深くかかわっている」
なぜか、ロイは少し寂しそうな顔をしていた。
「ボクは…。
ボクのこの身は……正真正銘、魔法族だ。でも昔は…………違ったんだ」
「ロイさん……?」
ロイは、寂しそうに微笑んで、しっとりと呟いた。
「ボクは昔………――――――人間だったんだ」