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イレールの宝石店~アナスタシアの聖女~  作者: 幽玄
第二章 少年狼はヴァンパイアに牙を向く
8/17

①賢王との謁見

「う………ん…」



 窓辺から差すやわらかい光を感じて、百合は目を覚ました。


「ここは……?」


彼女は、豪奢な部屋の大きな寝台に寝ていたのだった。誰かいないか――彼女はキョロキョロする。

そのとき――



「起きたのか、百合!!



――もふん……!!


「きゃっ!!」



視界が真っ白に染まった。

しゃべる魔法の白梟――クラースが飛びついて来たのだった。


クラースは体制を整えて、シーツの上に着地する。



「着替えを持ってきたぞ。新しい制服なのだ。本当は、船に直接運ぶつもりだったのだが、遅れてしまってな」



「わぁ!ありがとうございます」



百合はパーティードレスのままだった。

彼が運んできた紙袋を受け取ると、中をのぞく。

そこには――可愛らしい、燕尾服を思わせるようなデザインの、新しい制服が入っていた。



さっそく着替える。



すぐに、可憐な、宝石店の従業員が部屋に降り立つ。すると、ちょうどよく、エウラリアが部屋に入って来た。



「起きたか。たたき起こしてやろうかと思っていたのだが。残念だ……」

「普通に起こしてほしいです……」



百合が苦笑すると、彼は液体の入った小瓶を手渡してきた。



「人間の気配を消し、妖精族の気配を身にまとうための魔法薬だ。船に乗っていたとき同様、忘れずに飲め」



彼女はお礼を言って頷くと、それを口に含んだ。そして、クラースとエウラリアに尋ねる。



「ここはどこなんでしょうか……?

リュシーさんの力が戻って来て…それを使って船を直したのは記憶にあるんですけど………。それから先…何が起こったのか、全く覚えていないんです……」



「それはな――」



クラースが、「着いて来い」と、アイコンタクトしながら窓辺に飛び移った。百合もそれに続く。



豪華な窓の向こう、百合は、高台から――眼下を見下ろすことになる。



―――そこには、巨大な西洋都市が広がっていた。


 都市全体を、円状に巨大な壁が取り囲み、まるで要塞のように都市を守っている。

そして何より、彼女が驚いたのは、巨大なアメジストの結晶体が、空中のそこここに漂っていたことだった。



エウラリアが、彼女の背後で言った。




―――「ここは、王都グロッジェ。



賢王バルタザール・クロイツが統べし王国、クロイツ王国が誇る城塞首都だ。


クロイツ王家の象徴であるアメジスト、その守護石が天上からの攻撃をも防ぐ。

そして今、オマエが立つこの部屋……



ここは、王の住まい。バルタザール・クロイツ城だ」



「ここっ!お城なんですか…!!」



百合はなんと、クロイツ王国の王宮に居たのだった。



王とはつまり、ジョルジュの父のことだ。

二人によれば、倒れた百合は、船旅の最終日を船のベッドの上で過ごし、ついさっき、ジョルジュの取り計らいで城に運ばれたのだとか。



「オマエとリュシーは、魂の性質という観点でよく似ている。しかし、人間であるオマエの体は、魔法発動の衝撃に耐えられなかったのだろう。


倒れた原因はそれのはずだ。



前回は、リュシーの身から魔力を引き出す……という方法で、オマエは“癒しの魔法”を発動していた。

しかし……今回は違う。

オマエの体にかかる負荷は、並々ならぬものだろうな……」



エウラリアは、彼女に同情してか、フッと目を逸らした。



「違う……と言うと?」



それにはクラースが答えた。




「リュシーの魔力が――すべてお前に移っているのだ。


まだ、魔力が完全にはお前の体に馴染んではおらぬ……。安定するまでしばらくは、魔法を使ってはいかんぞ。体が持たんはずだ……」




「……っ!!わ、分かりました……」



百合は身が引き締まる思いがした。

強大な魔力を秘め、あらゆる癒しの魔法に長けていたSanta(サンタ)-Lucia(ルチア)――リュシー・ロートレーズの全魔力が、今この身にある、というのだから。


でも、怖くはなかった。



カチャ……



そのとき、部屋のドアが開いた。入って来たのはイレール。

彼は、百合とお揃いの新しい制服に身を包んでいる。


「起きたんですね!!」


元気そうな百合の姿を見て、イレールは彼女を腕に閉じ込めた。


「イレールさん……っ!」


百合も頬を染めながら、彼の背中に腕を回す。

「制服、似合っていますよ!」

「イレールさんこそ!」

名残惜しくも身を離すと、イレールは百合をドアの外へと促した。



「今ちょうど…貴女が、リュシー姉さんの力を再び手にしたことも事も含め……。船上であった一連の出来事を、バルタザール王にご報告し終えたところです。お身体に差し障らないようでしたら、貴女にもご出席いただきたいのですが……」



「はい。大丈夫です!」




百合はイレールに連れられて、豪華絢爛な応接室の入り口をくぐった。




エウラリアとクラースもそれに続く。そこには、船旅を共にしたイレールの友人たちが長テーブルに座って、一堂に会している。



――「ほほう……。貴女(きじょ)が人間でありながら、リュシーの魔力をその身に宿した少女か。我が国民を救ってくれたこと、心より礼を述べよう……」



威厳たっぷりの声が聞こえて、百合は声の聞こえた長テーブルの上座のほうへと視線を飛ばす。


そこには、うねる炎のようなワインレッドの髪の、壮年の男性が、ふんぞり返って座っていた。彼は百合と目が合うと、ニヤリとする。

身なりの良さとは裏腹に、左目のこめかみから頬に走った細い古傷が目につく。




「遠慮は無用。かけ給え………」




促されるまま、百合たちはクラウンたちの隣に空いていた席に腰を下ろす。すぐさま、ジョルジュが強面のその男性を親指で差した。




「紹介するぜ百合!こいつはオレの親父(おやじ)、バルタザール・クロイツだ!」



「うむ。吾輩、バルタザール・クロイツ、この国の王として(まつりごと)を成している。―――なあに、王だからとて、かしこまる必要はない……。友人の父親、そういった認識で良い」



背中をぴんとさせて恐縮した百合に、彼は優しく言った。強面な外見とは裏腹に、親しみやすさのある雰囲気がある。


威厳と、そして、ある程度の庶民的な雰囲気。

ジョルジュのそういった一面は、父親譲りであるらしい。



彼は、「さっそくだが、本題に戻ろう。今後の行動を決定せねば」と、口火を切った。




「今回“エメラルド”を持って疾走した妖精族、クロードヴァルド・ザシェール侯爵だが……恥ずかしながら、わが国の議員であった。交友関係や、親族を洗い出し、身を潜めている場所を割り出そうとしたのだが……




―――しかしである……



侯爵は、誰とも交友を持たず、さらには、血縁者までも全くいない。


ということが分かった。



屋敷に働いていた者に話を聞き、戸籍も調べたところ、天涯孤独の身であったらしい……


つまり、現段階で、ザシェール侯爵がどこに身を寄せているのか、我々には分からない。ということである」




―――「恐れながら……。大切なお話がございます」



バルタザール王の話を遮ったのは――宝飾職人、ロイだった。




「ザシェール侯爵に血縁者が見つからないのは、当然と言えば当然……なのです。

わたくしには分かります。


船の上で対面した時………はっきりと認識したのです。

そしてたった今、それは確信に変わりました」




ひょうひょうとした態度は影を潜めている。

みな、何事かと、真剣な表情で言葉の先を待つ。



「どういうことですか……ロイ?」



イレールがロイを見つめる。彼は頷くと、きっぱりと言った。




「彼……。


クロードヴァルド・ザシェールは、





もともとは――――――――――人間だった……ようなのです」




「―――――っ!!!!」



みなハッと息を飲む。


しかし、すぐに、百合とはば()以外のみんなは、合点がいったというような顔をした。

バルタザール王は顎に手をそえる。




「ふむ……。貴殿がそう言うのなら、決定であるな。


『クロードヴァルド・ザシェールは、もともとは人間であった』


人間であるなら、魔法界に血縁者がいなくともそう不思議なことではない。

侯爵はここで200年、議員をしている。人間の寿命はそれほど長くはない。交友関係もなく、世帯も持っていなければ、今頃……天涯孤独の身となっていてもおかしくはない」




「ちょっと……どういうこと?」


羽ヶ矢と百合は、なぜみんなが、ロイの発言を信じられるのか分からなかった。



―――「あぁ……。そっか、君たちには話していなかったね……」



それにロイが気づいて、声をかける。




「ボクがなんでそう断言できるのかも不思議だし、みんながボクの言に納得しているのも不思議だよね?



理由にはね……

『ボクが何者であるか』が、深くかかわっている」



なぜか、ロイは少し寂しそうな顔をしていた。




「ボクは…。

ボクのこの身は……正真正銘、魔法族だ。でも昔は…………違ったんだ」




「ロイさん……?」



ロイは、寂しそうに微笑んで、しっとりと呟いた。




「ボクは昔………――――――人間だったんだ」




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