⑥咲き誇る白百合
「イレールさん…っ!あれ……っ!!」
百合が声をあげた先を見ると、たくさんのドラゴンが上空を旋回していた。彼らはゴォッと不気味な音を立てながら、客船を焼き尽くそうと炎を吐き続けている。夜空には、冷酷な炎が伸びて、少しずつその背丈を伸長させていく。
「誰がこんなことをッ!!」
――「百合に、イレール!無事だったか!」
ロイが駆け寄って来て、手招きした。
「こっちだ!」
二人は、ロイの後を追って駆ける。
逃げ惑う人々。
死神の憲兵たちは魔法を発動させ、鎌を振るい、なんとかドラゴンを押さえている。
船首部分に三人は出た。
そこでは、友人たちがドラゴンと、そして三人のフードを被った人物たちと、戦闘を繰り広げていた。
船の舳先部分に百合の視線が飛ぶ―――クロードヴァルド・ザシェールが、人形のように無表情なブルネットの少女を抱き寄せて――その視線に気づいて不気味に微笑んだ。
――「キサマ何者かッ!!?」
エウラリアがザシェールに切りかかった。
素早く、その速さは死神さえもしのぐ。しかし、それは――
――ギギギッ!!
フードを被り、仮面を付けた女性の短剣ではじかれてしまった。
―――フードの隙間から、水の色をした毛先がのぞいた。
「昨日の女かッ!」
エウラリアは投げられた短剣をかわしながら、後退する。
「はぁーーーーッ!!!」
真っ赤に燃え上がる炎の海のなか――クラウン、羽ヶ矢、ミカエラ、ジョルジュたちも、無数のドラゴンと、大小二つのフードを被った人物と刃を交え続けている。
――「おや、やっとご登場のようだ」
こちらに駆けて来た百合とイレール、ロイの三人に気づいて、ザシェールは口角を上げた。
――「やめろ」
彼は紫のマントを翻し、部下たちに言い放つ。
ピタ……
すると、無数のドラゴンもろとも、フードを被った三人は攻撃の手を引いた。
「もどれ」
――タッ!!
再び受けた指示。
彼らはザシェールを背に、イレール達の前に立ちふさがった。
緊張が、走る―――
ザシェールは、ブルネットの少女の髪を撫でながら、懐から“エメラルド”を取り出した。
その態度は完全に落ち着き払っていて、イレール達には怯えもしないといった余裕が垣間見える。
「君たち調停者は……きっと邪魔をしてくる
だからこれは―――――宣戦布告なのです」
狂気的な瞳。イレール達は武器を構える。
「錬金術の四元素――『土』、『水』、『火』、そして、『空気』……これらを生み出してくれるのは、エレメント・コアと呼ばれている美しい宝石たち………。今この手にあるのは『水』を司りし、エメラルド………。
これはもう――――私のものです
でも、これだけでは足りない。すべてこの手におさめなければ……」
――「エレメント・コアを手にしてどうしようというのです……?」
イレールが冷たく睨む。ザシェールは「ハッ!」と鼻で笑った。
「それは―――私が錬金術師として成したい大義のため……とだけ言っておきましょう」
「魔法族で錬金術なんかに凝っているのかい……?それはもう……理論も立証も何もない。まやかしの世界の学問だ……」
クラウンが冷淡に言い捨てる。すると、ザシェールの表情が厳しく歪んだ。
「崇高なる錬金術をまやかしと言うかッ!!?
錬金術は決して、幻想やまやかしの学問ではないッ!!」
キッとクラウンを睨み、言い返すと、ザシェールは「まぁいい……いずれ分かるだろう」と、口角を上げる。
彼は何かを合図するように、サッと手を天に掲げた。
フードを被った三人のうち、最も背の高い一人が仮面に手をやり、ブルネットの少女は大きな鏡を宙に出現させた。
「聞いてくれ、Santa-Luciaの意志を継ぐ者達よ。
手ごわい君たちを抑えるため、良いマリオネットをたくさん見つけたんだ。そして、私は、邪魔をしようとしてきた天上の“彼女”を見事、抑えつけることに成功した………」
恍惚の表情を浮かべて紡がれるザシェールの言葉のもと――
カチャン…
長身のその人物の仮面が解かれて、地に落ちた―――
「あ、あれは…………!」
イレール達の瞳が見開かれる。
そこに立っていたのは――――
彼らの人生に、そして心に、冷酷な傷を負わせた人物。
ニコライ――――だった
しかし、様子がおかしい。
無表情のままで、その壮年の顔つきには、一欠けらの感情もないのだ。
――「それだけじゃない……」
ゆら……っ
ブルネットの少女が出現させた鏡の表面に、波紋が広がって―――
――「リュシーッ!!!」
クラウンとエウラリアの声が、双方同時にあがった。
天上に召された彼女は、ザシェールの牢獄の中に囚われてしまったのだ―――
彼女を愛する全ての者が、ザシェールをキリリと睨んだ。
――「ハハハッ!こんな風に、私は君たちの弱みを握っているのです!!教えてあげましょう!ここに居る残り三人もあなた方と縁の深い方々なのですよ!!
さぁ?どんな方々でしょうね!?傷つけたくない人物かも?はたまた、あなた方のいずれかに恨みを持っている人物でしょうか?
それは出会ってみてからのお楽しみ……
さて、あなた方は、『この人たちの心の闇』に打ち勝てるでしょうかねぇ……」
ピクリとも動かないブルネットの少女に、仮面をつけたままの、残り三人のザシェールの手下。イレール達は下唇を噛みながら、苦悶の表情を浮かべる。
ゴォ……ッ!!
炎がはぜる音が響く。こうしている間にも、火の手は彼らに迫って、逃げ惑う人々の助けを求める悲鳴が聞こえるのだった。
――「さて、そろそろおいとましましょう……
ザシェールは余裕たっぷりに笑うと、マントを翻した。
ぐわんッ!!
彼を中心に魔法陣が時計回りに描き出されて、それに伴って炎がイレール達に迫った――
ザシェールたちは“エメラルド”ともども、魔法陣の中へと消える。
「―――くッ!!間に合いません!逃げてください!!」
イレールは素早く百合を抱き上げる。他の者も悔しげに駆け出した。
百合は痛む肩を押さえて思う。
ニコライが再び彼らの前に立ちふさがったときの、みんなの表情が頭に焼き付いて離れない―――
(みんな……また苦しめられるの……っ!?
酷い!!
酷いよ!みんなの弱みを利用して、自分の利益を追求して!!)
キラッ!!!
「百合さん……?」
イレールは感じたことのある魔力の波動を感じて、腕の中の百合に視線を落とした。
その瞬間――――
「―――っ!!?」
純白の光が、イレール達を、豪華客船全体を―――包んだ。
フワァア…………!!!
いつの間にか、百合はイレールの腕から離れていて、甲板に一人で立っていた。
そこは純白の光の世界。
彼女は凛として―――自然の癒しに満ちた杖を、手にする。
「ありがとう、リュシーさん………また…来てくれたんですね
この力……ちゃんと受け取りましたよ………!!!」
百合は杖を抱き寄せた。
フワァ……!!
光りは強さを増し、業火までも呑み込んで浄化する。
光がシュン……と、消えた頃―――
炎は消え失せて、焦げた残り香さえもない。破壊された天井も、壁も、甲板も、何事もなかったかのように、平然としている。
パタ……
――「百合さん……!!」
イレールは焦りと困惑の入り混じった表情で、倒れた白百合を抱き留めた。
―――――――
ザシェールは、研究室に一人降り立って、ニヤリとした。
「あの麗しい方は、アナスタシアの聖女ですか………
―――――――――欲しい」