②マリオネットの少女
――「わぁ~~~~!!」
百合は思わず歓声を挙げた。
まず視界に入ったのは、仮面をつけてはしゃぐ大勢の人々。
耳には陽気な音楽が聞こえてくる。町娘たちは祝いの花を投げ合い、笑顔を振りまく。
通りにはたくさんの出店――そのほとんどが仮面を売っている――が並んでいる。
彼女はいつの間にか、盛大な祭りにわいた大通りに立っていたのだ。
町中に水路が走る西洋風の港町。そして仮面をつけて踊り合う人々。まるでヴェネツィアの謝肉祭に遊びに来てしまったかのような気分だ。
「“船”には乗るからな」
さっそく、一匹狼エウラリアは離れて行った。
それを見た羽ヶ矢も、気を利かせて離れて行く。
「“出航時刻”には港に行くからね」
二人が人ごみに消えてしまうと、イレールは二人に感謝しつつ、百合の手を引いて歩き出した。もっとも、エウラリアが気を利かせたのかどうかは、謎、である。
「ここがイレールさん達の故郷――水の都ロレイユですか?」
楽しそうに歩く百合の横目に、背中に羽を生やした子どもたちが風船を空に放ったのが映った。
「はい!商人と職人の町として栄えている町なんですが、春の訪れを祝って、このように年に一度謝肉祭を催すんです。小さい頃は…姉さん達とよく参加して、夜遅くまで騒ぎ合ったものです」
イレールも懐かしそうに、アコーディオンを引き鳴らす一団を眺めた。
「あ……」
突然、百合が小さく声をあげた。イレールが指を絡めてきたのだ。
繋いだ手は、恋人つなぎに変わる。
イレールは微笑を浮かべて見せた。
「嬉しいです。今日は貴女と来ることができて……」
「わ、私も……イレールさんがこっちの世界に連れて来てくれるってことは、すごく特別なことなんだなって分かってるから……嬉しいです」
イレールは絡めた百合の華奢な手に、力がこもったのを感じた。
「そう言っていただけると、ますます嬉しいです……」
二人は初々しく笑い合いながら、“ある場所”を目指して歩みを進める。
「でも仕事が絡んでいるので、ちょっと複雑なんですよね。
今だって―――仕事仲間を迎えに行くために、歩いているわけですし……」
イレールが目じりを下げる。
「お得意様が集まる船旅で、さらに顧客をゲットするためですよね?一昨日この招待状を私にくれたとき、珍しくしょんぼりしてましたから、よく覚えてますよ」
そうなのだ。
今回、イレールが魔法界に来たのは、百合とお祭りデートをするためではない。
第一目的は―――仕事、なのである。
魔法界には、彼がデザインを担うジュエリーブランドがある。一応のところ、人間界では心を救う宝石商をやっているが、彼が生業だと思っている『宝石による心の救済魔法』は、お金が絡まない。
生計はジュエリーデザインと、贔屓にしてくれる商売相手――いわゆるパトロンで立てられているのだ。
二人が祭りに沸く街を歩いているのも、イレールの仕事仲間を迎えに行くためだった。
つまり、
宝石商人としての仕事をするため、イレールは魔法界に来たのである。
百合がイレールを励ます。
「でも、イレールさんが招待状を手配してくれたおかげで、私達も船旅が楽しめるんですよ!しかも豪華客船なんですよね!楽しみです!」
「……そうですね!空いた時間は貴女と船旅が楽しめるわけですし!」
頭を切り替えたイレールは、続けて言う。
「あ!見えてきましたよ。あそこが、うちの宝飾職人の工房です!」
「店に並んでいる宝飾品は、あそこで作られてるんですね!」
「はい。私がデザインしたものは、あそこで形を得て、店に並ぶんです」
百合は、イレールが示す街角のレンガ造りの建物を目にした。
仕事仲間とは、宝飾職人のことだったらしい。
二人は人ごみをかき分けて入り口へ向かったのだが――
「失礼……」
ブルネットの髪をした幼い少女が、百合の横を通り過ぎて行った。
ぞくっ!
「きゃ…っ!?」
百合は――背中に寒気が走ったのを、感じた。
少女は、小柄な体に纏った真っ赤なドレスを翻しながら、百合たちを振り向く。
「聖者Saint-Hilaire………」
射抜くような視線が向かった先は――――イレール。
「……っ!?」
仮面越しだったが、百合の目にはそう、はっきりと映った。
「大丈夫ですか?この辺りは人が集中していますね」
「あ、ありがとうございます……」
イレールが肩を支えてくれる頃には、ブルネットの少女は人ごみに紛れて消える。イレールは気付かなかったようだ。
百合はなんとなく不安になる。
「早く工房に入って落ち着きたいです」と、言うと、イレールを引っ張るようにして、工房のドアにつかつかと向かって行った。
――人ごみの中で、ブルネットの幼い少女は、たった一人でポツンと突っ立っていた。
仮面を付けているというのに、その表情にはなんの起伏も起こっていないと分かる。それほどに無機質な感じのする少女だ。道行く大勢の人々は、彼女の存在に気づいていないかのように、視線を注ぎもしない。
カクリと、少女の首がぎこちなく上がった。その視線の先には、イレールと百合が消えていった工房のドアがある。
「お父さま………ザシェールさまの、敵……。消す。あれは、壊していい……」
機械仕掛けの人形に似た、唇の動きを見た者は、誰一人としていなかった。
この作品も引き続き『みんな幸せにする!』つもりで書いていきます。辛い局面もあるけれど、和気あいあいとしている……。そんな雰囲気を創っていけたら……。と思っています。また暇なときにでも読んでやってくれると嬉しいです!!