④黒い天使は歌う
スランプとは、このことを言うんですね……。現在、盛大にスランプ状態で迷走しています。本当に、辛いです……。書いてるときは楽しいんですが、いざ読み返してみると、「うーーーん……。書きたいのはこんな雰囲気の話じゃないよなぁ……」って悲しくなります。とりあえず、一話だけ置いていきます……。
書くのはやめません……!ただ…優しく見守ってやってください。大事に書きたいのです。至らない点が多くて、本当に申し訳ないのですが……このように小説として公開している以上、ある一定以上の努力とこだわりは必要だと思うのです…。
「……呆れたものだな」
ギリシャ神殿のような建築様式をした役所の入り口をくぐって、エウラリアは眉をひそめた。その後には、彼とは正反対に、機嫌の良さそうなイレール達が続く。
「ここまでしてくださるのは、私達を信頼してくださってのことです。嬉しい限りではありませんか」
イレールはミカエラが手にした頑丈そうな宝石箱を、チラリと一瞥した。エウラリアは、フン…と、鼻を鳴らす。
「この中に鎮座しているのは、エレメント・コアの一つ、ペリドット・コア。このコアは、世界中の、“炎”の原点だわぁ。大切に守らなくてはねぇ……」
「そうだな。世界を守護する者として、これがオレらの使命だ」
そっとミカエラが宝箱を撫で、ジョルジュも歩みを進めながら、凛とつぶやく。
彼らはたった今、地獄の王サタンと最高位の天使であるセラフィムと面会を終え、ペリドット・コアを預かったところ。地獄に安置されていた、世界の構成要素である“火”を司る“それ”を、いともたやすく彼らに託したのだ。エウラリアが呆れるのも無理もない。
「……さて、まだ百合と羽ヶ矢は戻っていないようだね?」
オレンジ色に染まり始めた空を見上げて、クラウンは心配そうに言った。
「どこまで行ってしまったのでしょうか……?羽ヶ矢が一緒ですから、安心はしていますが……」
そう言いつつも、イレールは心配そうに、首元の、彼女とお揃いのロケットを握りしめる。魔法族らしく、彼女の気配を近くに感じることはできないかと、気を周囲に集中させてみるが、愛おしいその気配を見つけることはできなかった。
それは、皆も同じだったらしい。
―――「嫌な予感しかしないな。探すぞ」
コツ……
エウラリアは冷淡に言って、歩く速度をあげる。
「………はい」
背中が一気に冷えこむのを感じながら、イレール達は彼の後に続いて街角へと入った。
―――――――
「………ッ…か…は……」
人気のない路地裏に美しい星の光が落ち始めた頃。羽ヶ矢は薄暗い路地の一角で目を開けた。やっとのことで体を支えて、冷たい地面から立ち上がる。
(体は痛くない……そっか、治してくれたんだね)
鋭い刃のような糸による、イヴからの攻撃のせいで負ってしまった傷は、何事もなかったかのように癒えていた。一瞬だけゆるやかな微笑みが現れたものの、彼は辛そうな表情で胸を押さえる。
(僕は君を守れなかった……!!)
ぎゅッ!!
悔しさで、苦しいのを我慢する。
――――(これは……!)
遠くに、よく見知った者の気配がある。彼は頭を切り替えると、そちらへと急いだ。だんだんとそれは近づいてくる。向こうも羽ヶ矢の気配に気づいたようで、彼らはすぐに落ち合うことができた。
―――「みんなっ!!」
「羽ヶ矢っ!!!」
街角から飛び出してきた羽ヶ矢を、イレール達は安堵の声で出迎える。しかし、そこに百合の姿がないことは、イレール達に絶望に似た感情を起こさせた。
「……百合さんは…どこです……?」
イレールの声は、僅かに震えていた。羽ヶ矢は、「く…っ!」と、悔しそうに瞳を伏せて、先ほどの出来事を彼らに話す。黙って聞いていた彼らだったが、こちらに歩み寄って来る“異様な気配”に気づいて、キッと瞳を吊り上げた。
――「……百合さんを返しなさい」
冷たく、イレールはその人物へと告げる。
コツ…コツ……
さら……
暗闇に浮かび上がる、ブルネットの髪。
コツ……
小さな繻子の靴音が止まる。
そこに居たのは―――――イヴ。
彼女は無表情で、戦闘態勢に入るイレール達をじっと見つめた。
「……次は負けないよ」
羽ヶ矢は弓を構える。
「………」
イヴは興味もなさそうに、視線さえ動かさない。
その代わりに、彼女はイレールへと試すように言う。
「チャンスをあげる……。お父様の世界…薔薇園の時を刻んだ世界が……明後日の深夜零時に、たまゆらに開く。場所はこの場所。――――交換したければ、来い」
「交換条件というわけですか……」
コクリ……と、イヴの首が頷いた。
「……ペリドット・コアと交換…あの子を返してあげる。……偽物はすぐ分かる。絶対に、本物を渡して……?」
「く……ッ!」
イレール達は下唇を噛んだ。イヴは薄らと口角を上げる。
「ふふっ、みんなあの子のことが好き……。このままだと、あの子帰れない」
そう言うとイヴは、後を追う暇さえ与えずに、地面に出現した魔法陣から姿を消した。ぶわんと風が起こって、イレール達はそれから顔を守ると、悔しそうに互いを見合った。
「くっそ!どうすんだよ、これっ!!?」
ジョルジュがギュッと拳を握る。
「皆さん……」
イレールが、やっとのことで口を開く。
「ザシェールはどうやら、私の宝石店がある場所のような、空間の狭間に作った自分だけの世界に居るようです。
―――宣戦布告と行きましょう。
ただし、百合さんの身の安全が第一です……!!
世界の調停者が、最愛の人を守りきれないままでなんていられません。
ペリドット・コアも、百合さんも、守ってみせましょう!!私達に味方してくれているのは、この世界に生きる全ての者なのですよ!!!」
天に輝いていた星々はその時、美しく瞬いた。
―――――――
「うぅ……っ!…ぐす……!」
百合は、捕らわれた部屋の中で、ひっそりと泣いていた。
ザシェールに囚われて迎えた、三回目の夜。あれから、ザシェールは百合を一歩も部屋から出そうとはしない。
(……怖い…よ。私…これからどうなってしまうのかな……?それに……)
百合は瞳を伏せた。
(私が神って……どういうことなの………?イレールさんが愛してくれるのは…それが理由…?)
―――「もし、貴方が万人に愛される神として生まれ、それが故に、イレールの愛を得ているとしたら……貴方はそれで満足ですか?」
百合の頭に、ザシェールの言葉が響く。
(イレールさんの愛が…本物で、誠実で、心の奥底から私に差し向けられたものだってことは分かるよ。信じてる……でも、でも。やっぱりどこかで……真実を知るのが怖い)
ベッドに座り込んだ彼女は、手の中に広げたロケットの写真へと視線を落とした。そこには、彼女とイレールが微笑み合った微笑ましい光景の写真が入っている。
――ポタ……ポタ…ッ
涙が手の平へ、写真へと落ちる。
――――その時、歌が聴こえた。
―――かがやく、海…… かがやく、星空……
波は穏やかに 風は軽やかに
その歌声は、とても優しくて――――でも、どこか寂しくて
(窓の向こうから、聴こえてくる……?)
百合は何となく気になって、涙をふいて窓へと視線をやった。
そこには――――優しそうに微笑んだ、百合と同い年くらいの、黒髪の少女が立っていた。
ただ、夜に冴えるその髪は、毛先だけ水色に染められて、肩につくほどの長さ。百合と目が合うと、少女はニコッと微笑んだ。
(……あ!)
パチン…
窓の錠が開いた音がした。少女は「おいで」とでもいうように背を向けると、歌いながら窓枠から離れて行く。
―――「待って……!」
ガチャンッ!!
ハッとした百合は窓枠を超えて、草原の上を走り始める。少女の姿はもうすでに小さくなりかけて、見失ってしまいそう。
(待って………!)
黒い木々の林を越えて、星屑の光る小川のほとりを駆けて、百合は視界の隅に消えていきそうな少女の姿を追いかける。どれほど駆けたのか分からない。ただ、いつのまにか、百合はそこに立っていたのだった。
(ここは………?)
~~~♪
わたしの小舟よ…… 軽快に進め……
サンタ・ルチア サンタ・ルチ…ア………
目の前に立つ少女は、ゆったりと歌い上げた。二人が立っていたのは、月夜に照らされている、海に面した切り立った崖の上。
ザザ…ァ…ザザ…ァ……
波は穏やか。
美しいその場所は、不思議と心が解きほぐされていくよう。
(……気持ちのいい場所だな。月も、星も、きれい……)
百合は、風に揺れる黒髪を押さえて、目を細めた。
―――ふわ……
不意に、少女は百合の目の前へと、歩み寄った。それとともに、月を背にして立つ少女の、幻想的な姿が百合の目に映りこんだ。
――――――――「泣かないで……?」
少女は慰めるように言った。
身に着けた漆黒のローブが海風に揺れて、深紅の瞳は優しそうに細められる。毛先を水色に染めた黒髪。深紅の瞳に、陶器のような白い頬をした、不気味さと、神秘的な雰囲気をもち合わせた、美少女。
“漆黒の”、美少女。
そう表現するのが相応しい、少女だった。
でも―――
(この子……どこかで……?)
その容姿には、見覚えがあるような。
「あなたは誰……?」
やっと、それだけ言う。
少女は「そう言えば、名乗ってないね」と、照れくさそうに手を組んで、答えた。
―――「……私は、アリシエラ。天使の名を得た“黒”。よろしく……!」
「そうだ………!あ、あなたは……っ!!」
彼女から差し延ばされた手を、百合は握り返すことができなかった。
なぜなら―――彼女とは以前にも、“会ったことがあった”から。
それも、二度。
その内の一つは、
完全なる“黒”の記憶の中で見かけた、というのが正しいのだが。
百合の反応に、アリシエラは嬉しそうな顔をしてみせた。
「覚えててくれたんだ。嬉しい……!会ったよね?船の上で
――――私が、私でいられていない時間にも……きっと、会ってるんだろうけど……」
最後の言葉たちはあまりにも小さくて、百合の耳には届かない。百合はアリシエラの顔つきをまじまじと見つめた。
(確かに………似てる……!!!
―――――エウラリアさんに!!!!)