表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イレールの宝石店~アナスタシアの聖女~  作者: 幽玄
第三章 囚われた白百合
15/17

②絡まった糸

 みんなは、リュシーが眠る聖堂から宝石店へ戻ると、宝石店の長い廊下にある、オーク材製の古びたドアの前に立った。



「ここから行くんですか?」



百合が尋ねる。制服姿に戻ったイレールはドアに手をかけながら、答えた。


「はい。このドアは魔法界のいくつかの場所に繋がっています。私が魔力で繋げた場所に限られますが…」


イレールはそう言うと、百合の手を握る。



「……大丈夫ですよ。私がついています」


「え?あ……!」



その言葉で、自分の表情が緊張で固くなっていることに気づいて、彼女は表情を緩めた。

パチン!と気分を変えるよう、空いた手で頬を叩いて、握られた右手をぎゅっと握り返す。


「大丈夫です!」


「フフ……それで良しです」


(……自分でも気づかなかったのに)


百合はそう思いながら、イレールの背中を見つめて頬を染める。




――「では、行きましょうか」



 みんなの方に向き直ったイレールは百合の手を握ったまま、ドアを開いた。




―――ギィ………


開かれていくドアからは、あふれんばかりに光が零れていく―――



「きゃ……!」



百合は眩しさで目をつぶった。




――聖…なる………かな、聖…なるかな……



(歌声……?)



百合の五感が、あたたかい微風と美しい歌声をつかんだ。

彼女は恐る恐る目を開けてみる。



「わぁーーーーーーーっ!!!」



そこは、風に花びら舞う、美しい街だった。

白レンガで統一された家々には、色とりどりの花々がベランダに華やぎ、薫風がその花びらをさらっていく。


町を行きかうのは、背中に純白の翼をもった天使たち。

耳におのずと入ってくる讃美歌は、路上で歌う天使の合唱団の仕業だった。



「ソプラノが弱い。まぁ……悪くはないが」



エウラリアはどことなく、機嫌が良さそうだ。




―――それはさておき



ここは一体どこなのだろう……?

百合が小首をかしげていると、それを察したのか、ミカエラの声が後ろから聞こえた。




「ここは天界よぅ、百合ちゃん」



「天界!!?」



歩きながら、百合はその言葉に、目を丸くする。ミカエラは「いい反応ねぇ」と笑って、ここに来た理由を説明し始めた。


「まず、ペリドット・コアのある地獄へ向かうってことになったわよねぇ?でも、地獄は悪魔の本拠地であるとともに、罪を犯した人間が死後落ちる場所でもあるの。だから、亡者が逃げ出さないように、閉鎖的にしてあってねぇ。私達、悪魔以外の魔法族でも、出入りするには許可証がいるのよぅ。」


そこへクラウンが口を挟んだ。


「昔、天使と悪魔は対立していたんだ。それは何となく知っているだろう?」

「はい。天使と悪魔っていうと仲が悪いイメージがあります」


百合は頷く。クラウンは口角を上げた。


「でも今はもう、和解ずみ!地獄へ行くために必要な許可証は、天使の本拠地である天界でしか発行していないのさ!仲直りした何よりの証拠だよ!」


「確かに、街にも悪魔が普通に歩いていますね!」


天使の他に、強面の悪魔らしい者もときたま目に入る。喜ぶ百合の隣で、イレールはこっそりとその首元を伺った。



(ロイは一体、どんな加護を施したのでしょうか?結局、『いずれ分かるよ~♪』とか言って、教えてくれなかったんですよね……)



百合の首元にキラリと輝く、自分とお揃いのロケット・ペンダント。宝飾職人の守護聖人、聖Eroi(エロワ)こと、ロイはそれに何かしらの加護を施したと言っていたのだ。



――「あ、ほらぁ!あそこよぅ、見えて来たわぁ!」



 突然、ミカエラが声をあげて、役所らしい荘厳な白い建物を指さした。どうやら、そこで許可証はもらえるようだ。


「さっそく行きましょう。この分だと、今日中には地獄のサタン様に謁見できそうです」


イレールは頭を切り替えると、百合の手を引いてそこへ向かおうとする。が、そこへクラースが手紙をくわえて肩にとまった。



()天使(てんし)セラフィム殿から手紙だ」


「何事だよ?」



ジョルジュが首を傾げる。イレールは「何かあったのでしょうか?」と同意しながら、手紙を開封した。そして、ちょっと驚いた顔をしてみんなに報告する。


「バルタザール王がサタン様に話を通して下さったようです。通常、コアは秘密裏に保管されるべきものですから、取りあってくださるか怪しいところでしたが……。なんと、ここ――役所で、ペリドット・コアとともにサタン様が私達をお待ちしてくださっているとか」



「マジか。親父やるぅ~~!」

「話が早いね!」



ジョルジュと羽ヶ矢がそう言い、みんなは意気揚々と役所の入り口に歩き出した。クラースは留守中の宝石店を守るべく天高く飛び立っていく。そのとき。


――――「あ、あれっ!」


ダッ!


「百合さん!?どちらへ?」


百合が声をあげて、イレールの手から離れた。


「馬鹿者!勝手な行動は慎め!」


エウラリアが素早く諌め、みんなも慌てて後を追いかける。百合は役所の、長方形に長い入り口の端へと駆けて、そこに腰かけた。


彼女の隣には―――泣きじゃくるブルネットの幼い少女。


「どうしたの……?」


その少女のことが気になって、百合は思わず駆け寄ったのだった。


「……う……えぐ…っ」


少女は嗚咽をもらすだけだったが、百合に真っ赤に泣きはらした(すい)(ぎょく)の目を向けて、


「パパと…はぐれちゃったの………」


と、小さく言う。


「そう……」


百合は目じりを下げると、イレール達に訊ねた。



「この子を送ってあげてもいいですか?ちゃんとここに戻ってきますから……」



エウラリアが首を振った。


「ダメだ。ここが魔法界だということを忘れるな。単独で行動されては困る。放っておけ」


「でも…っ!」


「じゃ、僕が着いて行くよ。護衛も兼ねてね。それならいいでしょ?」


すかさず羽ヶ矢が助け舟を出して、百合に駆け寄った。イレール達も、じーっとエウラリアに何か言いたげな視線を集中させる。彼は渋々了承した。




―――「……変な視線を向けるな。――いいか?必ず夕刻までには、ここに戻れ!」




「はい!ちゃんとご飯までには戻ります!―――じゃあ、行こっか!」

「……うん」


百合は、少女の手を取るとさっさと歩きだす。その後に羽ヶ矢も楽しそうに続いた。



――「夕刻…つまりは、“夕飯までには帰って来なさい”ということ……っ!」


エウラリアは、イレールの声にハッとする。


「いいねぇ~~!保護者だねぇ~!エウラリア!」


クラウンたちもエウラリアの保護者っぷりに、ニヤニヤが止まらない。




「…………。」



ズモモモ………



――チャキ…………ッ!



不服に眉を寄せたエウラリアは漆黒のオーラを放ちながら、ゆらりと、レーヴァテインの(つば)を親指で持ちあげた。


「アァッ!!!」


ギラッ!!


「うっわ!暴力反対だぜ!」


「問答無用ッ!!」


ゴゥッ!!


「あっ、危な…っ!」


迫りくる黒い炎の嵐を避けながら、イレール達は文字通り、逃げるように役所の入り口をくぐった。




―――――――




「名前は何て言うの?」


「………イヴ」


「そっか!イヴちゃんは、この道に見覚えがあるんだね?」


「……うん」



町はずれの道を百合と羽ヶ矢は、イヴという幼い少女の父親を探して歩く。三人は寂れた風貌のアーチをくぐった。



「羽ヶ矢くん、道覚えてる?」

「うん、たぶん……」



二人はだんだんと人通りの少ない、街の外れまで来てしまっていて、何となく役所まで戻れるか不安になる。



「次は、あっちの道……あの家、知ってる気がするから……」



イヴはそんな二人にはお構いなし。先ほどから細い裏路地を



「こっち……」



右へ



「次は、こっち……」



左へ


指さした先へと、二人を誘う―――

だんだんと日もかげってくる。そして、白いレンガも薄暗く染まっていき、夕刻が迫ったころ



――「あっ!お父さま……っ!」


「わっ!」


不意にイヴの手が離れ、彼女は路地の奥へと駆けて行った。


「イヴちゃん!」


百合と羽ヶ矢も後を追う。

三人が駆けた先は行き止まりで、イヴは少し離れた所で、金髪の男性に抱き着いて甘えていた。その男性も二人に気づいたようで、こちらに顔を向ける。



「ここまでイヴを送って下さったんですね。ありがとう………」



薄暗くて顔はしっかりと見えないが、穏やかな声だった。



「いえ、見つかって良かったです。じゃあね、イヴちゃん……」



百合は別れの挨拶を言おうと、イヴのもとへ歩き出す。しかし、それは、




――「ダメだ!百合さんッ!!」




羽ヶ矢の一声で妨害される。


彼の表情は険しく変わって、薄闇の奥の男性をギリリと睨み、手にした弓矢の矢じりは真っ直ぐに男へと、差し向けられていた。


「羽ヶ矢くん………?」


百合は彼のただならぬ雰囲気に、息を飲んだ。無言になった二人は、薄闇の奥に気を張り続ける。



――クク……ハハッ!



その緊張を破ったのは、不気味な笑い声だった。



「……平和的にお迎えしたかったのですがね。どうしても貴方には、邪魔な信者が付きまとう。でも、それもさすがと言うべきか」


「あなた……変な気配だ。つかみどころがなくて不安定な…(よど)んだ気配がするよ」



冷淡に威嚇するように、羽ヶ矢も言い返す。





――コツ……





薄闇の中で、男性は一歩前に歩み出た。



「ある意味正解です。私に残された時間は残り僅か………」



コツ……コツ…―――コツ。




歩みが止まった、その、刹那―――――





「だから―――――貴方が、欲しいのですッ!!!」




――シュルッ!!ザザッ!!!



細い糸が路地の様々な方向から二人を襲って、茨のように二人を襲った。



「きゃっ!!」


「百合さん!―――くッ!!」



矢じりで百合の体に絡んだ幾重の糸を断ち切る。しかし、羽ヶ矢も迫りくる、怒涛の糸に、あっという間に動きを封じられた。



「このままじゃ……ッ!」



胸を締め付けられる痛みに耐えながら、羽ヶ矢は天に数本の矢を一緒に放った。



ザザザッ!!!



それは、百合に絡みついた糸を断ち切り、彼女の身を救う。しかし、その隙に―――


―――斬ッ!

羽ヶ矢を銀に光る、鋭利な糸が鋭くかすめた。



「ぐあッ!!!」


「は………ばや……く…ん……」


羽ヶ矢の肩から胸の水干が赤く染まっていくのを、消耗した百合はうすっらと見る。



――「きゃ……あ…ッ!」


ギリリッ!!!


再び、体に痛みが走る。羽ヶ矢と百合の体は完全に捕らわれ、二人は抵抗する力を失って、地に投げ出された。



コツ……



男性は無機質な音を立てて、百合のもとへ立った。



「イヴ………よくやりましたね」


「はい。光栄です……」



「あ、あなた……はッ!!」



羽ヶ矢は叫んだ。





――――「クロードヴァルド・ザシェールッ!!」



暗闇から現れたのは、ザシェールと、感情をまるで感じさせない表情に変わったイヴだった。イヴの両手には、何重もの糸束の先が握られている。




 ザシェールは気を失って地に倒れた百合を抱き上げて、体を拘束した糸束を解いた。



「やはり美しい………」



目を閉じた百合の額に顔を近づけて、彼は愛おしそうに言う。



「く……ッ!彼女に触るなッ!!――ぐあぁッ!!」



体を拘束する糸が、再び、羽ヶ矢の体をギリリときつく引き締めた。羽ヶ矢も気を失い、傷は開いて、ますます深手を負う。



「イヴ、もう放っておきなさい。無駄な殺生ごとは好きではない」



ザシェールは百合を横抱きにしたまま、タッ!と靴音をさせて、屋根の上に跳び乗る。



「はい」


タンッ!


イヴも屋根の上に跳び乗った。その場を後にしようとした二人だったが、


――「おや……」


キラキラ……


突然、百合が首にかけたロケット・ペンダントが―――光り始めた。ザシェールは「ほぅ…」と言って、眼下の羽ヶ矢に視線を下ろす。


「お父さま……これは?」


「聖人の加護を感じる……あとは、この方自身の癒したいという想い。このペンダントは想いの受け皿となって、その想いを魔力に変えている。どうやら、この方は癒しの力を自由にコントロールできるようになったようだ……」


「では、あいつが目覚める前に」


羽ヶ矢を拘束していた糸束の先を放り出すと、イヴはザシェールを急かした。



「そうだね。あぁ…!この方のこの力さえも、今はもう私のもの……っ!」



羽ヶ矢を冷たく一瞥すると、二人は月が輝きを増し始めた天界の屋根から屋根へ、その姿を溶け込ませていった。




今月は、資格取得で特に忙しいので、更新遅れ気味となります……。それに加え、私生活でかなりショックなことがありまして……ここ数日しょんぼりしてました。だいぶ元気になりましたので、ここまで停滞することはもうないと思います。本当にすみませんでした……!


そういう訳で、ずっとログインしてなかったわけですが……ブックマークしてくださった方、ありがとうございます…!!すごく、心がほっこりしました……!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ