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イレールの宝石店~アナスタシアの聖女~  作者: 幽玄
第三章 囚われた白百合
14/17

①恋人達は花園で生きていた

ざわ、さわぁ……っ!



冷たい夜風が木々の葉を揺らす、ある夜。真っ暗に閉ざされた森の奥でのこと。怪しくたたずむ古城の一室で―――クロードヴァルド・ザシェールは、深紅の大きなソファにどっかりと、座り込んだ。



手には、紅い液体の注がれたグラスがある。

赤ワインであろうか。


しかし、それにしては、紅すぎる―――ような。




――ごくん……


それを口に含んで、彼は目をつぶった。闇夜に光っていたコバルトブルーと深紅の瞳が、その最奥に隠れる。



――「………イヴ、おいで」



口の中の液体と夜の沈黙。

それを、しばし味わって、彼は穏やかに言った。


「はい……」


僅かに開いていたドアの隙間から、少女の顔が垣間見える。

その少女――イヴは、嬉しそうに彼にすり寄った。自らの隣に幼い少女を座らせて、ザシェールは、柔らかいその髪を撫でる。少女も心地よさそうに、目を細めた。


「あぁ、そうだ……」


頭から手が離れて、その手は胸ポケットから何かを取り出す。



「君にプレゼントだ。大切になさい」


「プレゼント……?」



不思議そうなイヴの視線を受けて、ザシェールは微笑む。と、その小さな手を取って、その右中指に―――ダイヤモンドの指輪を通した。


「きれい……」


イヴはうっとりとした表情で、自分の指に光るリングを見つめる。

しかし、その表情が突如として―――



「お父さまっ!これ……っ!」



ひどく、曇りきった。



「そうだよ……………」



―――寂しそうな、微笑

ザシェールはこっくりと頷いた。





――「それはラミーナの物。私が………彼女に、贈った物」





彼のオッドアイの視線が動いた。


その先には、蜘蛛の巣のように細かく表面の割れた


―――写真立てがあった。


仲睦まじい男女が映っていることは分かるのだが、ひび割れがひどい。人物それぞれの顔までは、確認できない状態だ。





――――――――「ああッッ!!!!!!」





突然ザシェールは呻いて、ソファの隣に置いたグラスに腕を振り上げた。



――ガチャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!




――――――――「お父さまっ!!?」



地面に落ちたグラスは無残に砕け散って、紅い絨毯に破片が飛散した。




――「彼女の優しい瞳は偽りだったのだ!あんなに清らかに澄んで、美しかったというのに!!それだけしゃない……。愛していると言っていた言葉さえも……!その裏には終始付きまとっていたのだ、軽薄な強欲というものが…………ッ!!!!」




美しい金髪を振り乱しながら、ザシェールは罵りの言葉を吐いた。



「…………。」



イヴは寂しそうに、もう一度自分の指を見た。

きらり。ダイヤが無垢に輝く。



「私は、ずっと二人を見てたよ……お行儀よく、棚の上に座って。……気持ちの良いあのリビング。外には薔薇園の匂い。ラミーナはときどき私の手に、その薔薇を握らせてくれるの。


……でも、もう戻れない。ラミーナは悪い人だった。

私はラミーナが嫌い。お父さまを傷つけたから」



瞳がキリリと吊り上がる――――



「―――――とっても嫌な思い出!!!



だから、私は忘れたの。


………忘れたことに、しておくの。



どうしてお父さまは、ラミーナの思い出を捨てないの……?


―――殺されかけた相手なのに」




「………イヴ」


たしなめるような口調で言って、ザシェールは首をふるふると横に振った。



「君が大人になったら、きっと分かるよ……」



「………。」



リングの先、セッティングされたダイヤモンドが、愛おしむように撫でられる。

―――イヴはなぜか、自分の指や手のひらをじっと、交互に見つめていた。


しかし、



――「あぁ……!そうか!――瞳、あの瞳だ!!


ラミーナの優しい瞳……!

――――――――篠原しのはら百合ゆりっ!アナスタシアの聖女……っ!!!」



穏やかな表情は、一変した。



「あの方は裏切らない……!お迎えしましょう、この城に!!」




肩を震えさせて口角を上げるその表情は、さっきまでここに居た彼とは、まるで別人だ。



「ハハハハッ!そうです!あのイレールが愛するのも無理もない。


彼女は全ての種族に愛され、導きをもたらす存在

―――アナスタシアの聖女なのですから……!


そこに特別な愛はない!

イレールの彼女への愛は、特別なものではない!


愛される存在をその道理に従い、愛しただけ!別のアナスタシアの聖女が現れれば、そちらにも愛を傾ける!――篠原百合である必要はない!


あぁ!そうだ……!そのはずだ………っ!!


篠原百合を、本当に特別愛しているのは、どうやらこの私だけのようだ!!ラミーナの優しい瞳を、篠原百合に見つけたのだから!!フフフフ……、ハハハハハ……!」



―――狂ったように笑う彼は、イヴに言い放った。



「聖女を迎えに行きましょう……!彼女は私のものです!!」



「は……っ!」



スカートの端をほんの少し持ち上げて丁寧なお辞儀をすると、イヴはザシェールが手を振り上げて出現させた魔法陣に、ザシェールともども消え失せた。


その刹那、

頭を下げたその下で、イヴが口元を


ぎりりッ!


と悔しげに噛みしめた――のを、ザシェールは知らない。




―――――――



ふわ……っ!



 晴天の空のもと、風が頬を撫でる。


「行ってきます……」


百合はエウラリアと、自分の家の屋根の上に立っていた。紺とグレーを基調とした、燕尾服のような制服のスカートが風に揺らされて、彼女は少し寂しそうな顔で、その街並みを見つめていたのだが、その視線は――固い決意とともにそこから離される。



「もう大丈夫です。永遠にお別れじゃありませんから……」



決心を固めた彼女は、エウラリアにそう言った。



「あぁ。さっさと終わらせて、戻らなければ。ワタシはオマエの担任をこの一年、受け持つ約束だ……」



頷いた彼は、説明しながらレーヴァテインを腰から引き抜いた。


「これから、オマエに対し呪術(ツァウバー)を使う……それは黒魔術族にしか使えない高度なものだ。この世界、つまり人間界全体で、篠原百合という存在を封印する。オマエに関する人々の記憶は封じられ、その存在の痕跡さえも、世界に呑み込まれる……。


人間界からオマエの記憶を封印するのだ。

再び、こちらの世界に戻る日が来れば、その封印は解かれるが………


――覚悟はいいか?」



「はい!!」


百合はエウラリアの目を見て、しっかりと頷いた。

エウラリアはニヤリとする。



「危険な世界に恋人ともども、自ら進んで飛び込む!フンっ!なんともおめでたいことだな!もっとも、オマエ達はそうでなくては面白くない……ッ!!」



レーヴァの切っ先が天に掲げられる。

晴天の空を――――巨大な暗雲が包んだ。




―――――――





――「(ことわり)を正せ。ここに咲き誇る異界の花を散らし、


この世界の真理を引きもどせ。


育む根を休ませ、花をその奥底に秘めよ。


我は、系譜を守る者。


互いに寄り添いし、二つの世界の、制裁者であり、調停者」




カドゥケウスを両手で横に持ったイレールの純白のローブに、



―――ふわぁーーーーあああああん………っ!!!



淡いピンクの花吹雪が舞い散った。

その花吹雪は白い大聖堂の堂内を、宙一面桜色に染める。


「………。」


イレール達幼馴染――クラウン、ミカエラの三人は、少し寂しそうな表情で、巨木の桜が散っていくのを見つめていた。


羽ヶ矢はいるのだが、

何かあったのか。そこにジョルジュの姿はない。


ひら……


ほのかに桜の香、香る聖堂の床に、


――ぐわんっ!


と、漆黒の魔法陣が広がった。




―――「お帰りなさい」



イレールは背中に流れる美しい飴色の髪を、優美に風にのせて、

その穏やかな微笑を、背後へと傾ける。



「これでコイツは人間界を離れることができる。感謝しろ……」

「ただいまです、イレールさん」



エウラリアと百合がそこに立つ。

彼らはたった今、人間界から、戻って来たところらしい。百合は手に必要最小限の荷物を手にしていた。



「力が戻ったようだな……?ワタシと互角にやり合えるほどには、魔力を感じる」



イレールの聖職者然とした姿、そして、彼らの魔力の強さを確認して、エウラリアは口角を上げた。

そう不敵に笑う彼も、身に纏っているのは、袖口に金の刺繍が走る漆黒のコート型のローブだ。


「No,2は嫌なのでしょう?お望みなら、張り合ってみせますよ……?」

「言うな…?毛頭、そのつもりだが……?」


白魔術師イレール

黒魔術師エウラリア


凛とした気品漂う、”白”と“黒”の聖なる姿で、二人は不敵に視線を合わせる。

だが、その様子は楽しげだ。




――「あれ……?陛下さんはまだ来てないんですか?」




その場にジョルジュがいないことに気づいて、百合がキョロキョロと周囲を見回す。ミカエラが頷いた。



「そうなのよぅ……。リュシーの桜は……。……散らせたから、陛下ちゃんにも魔力は戻っているはずなのだけど、来ないのよねぇ……」



リュシーに捧げている魔法界には咲かない、桜という、彼女が好きだった花。その花を自分たちの魔力を犠牲にして咲かせ、彼女に捧げていた彼ら。ミカエラは、その花を散らせてしまった寂しさを押し殺しながら、ジョルジュを心配する。



「陛下、無理してる感じだったからね………。少し心配になるよ」



クラウンもそう、心配そうに言った。



「どうしよう…?探しに行ってみる?陛下さん、デンファレ姫様が着いていたから、元気を取り戻してるとは思うけど……」


 探しに行こうか、ここでしばらく待つか、彼らの中で相談が始まった。

そのときだった―――




パッリィイイイイイイイーーーーーンッ!!!




―――「うおぉおおおおおおーーーーーーーーっ!!!!」




「あ、あれっ!!!!!??えぇーーーーーーーーっ!!!?」



百合が天上を指さす。

イレール達は、ほぼ同時に叫んだ。





――――――――「陛下っ!!!!!」





パラパラパラ………スタ……ッ!



「悪ぃな!身支度してたら、遅れそうになっちまってよ!一か八か、デンファレにブン投げてもらったんだ!……ちっとイテェけど、大成功だな!!!」



聖堂のステンドグラスを突き抜けて現れたジョルジュ。

彼は華麗に地に降り立つと、ニヤッとフランクに笑った。




「おや?―――いやに、かっこいいじゃないかい!!!」




クラウンが冷やかし交じりに、ニヤケる。


「だっろ~?」


ジョルジュは、両腕を大げさに広げてみせた。


なぜなら、その姿はいつもの夜会服姿ではなくて、王族が式典で身に着けていそうな、豪奢な式典服だったからだ。将校を思わせるようなその服は、アメジストのブローチと共に、沢山の勲章が胸に光って、彼が過去にどれほどの功績を上げたのか、一目にして分かる。



ジョルジュは誓いを立てるように、こぶしを握って胸に当てた。



「残念だがよ!恨まれるなんてことは、王族には付き物だ!だけど……、オレはそれさえも受け止めなきゃな!逃げるなんてしねぇーーーぜ!!!恨みを買ったとしても……その人々と真摯に向き合って、国民として大切に治める。これは、王族にしかできないことだからな!!!!オレは、誇りをもってやり遂げるぜっ!!」



普段の彼が奥底に秘めている王族の気高さが、一気に開花した瞬間だった。






今現在、忙殺されています……。帰宅時間も遅く、課題も山積み……そして、今月いっぱい土曜日も、講義が入っています。資格取得のための(学芸員)授業なのですが、それで土曜日が一日つぶれてしまいます……。


OH……


なるだけ、三日以内に一話ずつは投稿していこうと思います。六月に入ったら、スケジュールが落ち着いてくると思いますので……


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