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イレールの宝石店~アナスタシアの聖女~  作者: 幽玄
第二章 少年狼はヴァンパイアに牙を向く
13/17

⑤宝石色の”想い” 後編

 城の庭園に広がる噴水広場で、クラウンは月明かりのもと、大理石の噴水に腰を下ろしていた。手には一枚のタロット・カード。彼は先ほどからずっと、この一枚を仮面の奥の銀の瞳で、眺め続けているのだった。



「何だそれは?」



突然話しかけられて、クラウンは顔を上げる。そしてニヤリとした。


「エウラリア、お前なら分かるはずさ……。――――ほらっ!」



――ヒュンッ!


その一枚はきれいに、エウラリアの指の間におさまった。



「『タロットNo,17 星』か………」


「分かるだろう?私がなぜこれを手にしているのか」



クラウンの問いに、「あぁ」とエウラリアは短く頷いた。



「タロットの図像学上、星は希望の象徴だ。そして、オマエにとっては別の意味もある。


“暁の星”とも呼ばれることもあったオマエの恋人

――リュシーのことだな?」



「その通りさ……」

クラウンの口調が優しくなる。


「それは世界にとって希望の星であったSanta(サンタ)-Lucia(ルチア)、私にとっては最愛のリュシー……を思わせる、一枚さ……」



彼は愛おしげに夜空を見上げた―――が、その口元が引き下がった。



「今リュシーは、ザシェールによって動きを封じられている。こうやって…何もできない自分が歯がゆくてならないな………」


エウラリアはクラウンにカードを投げて返すと、素っ気なく言った。



「正確にはリュシーの魂だが……。おそらく、手に取られ、傷つけられる心配はないだろう。ザシェールとはいえ、『天上の魂を消滅させる』ことはできないはずだ。物理法則が異なるからな」


「ちょっと待て!その言い方はないだろう!!」



クラウンは声を張り上げて、エウラリアの首根っこを掴んだ。



「なんだ……?ワタシは正論を言ったまでだが?」



シャツを掴まれたまま、エウラリアは鋭く睨み返した。クラウンは彼に食って掛かる。



「まるで“物”に言うような言い方じゃないか!!リュシーは確かに魂だけの存在となってしまった!だが、天上で彼女は“生きている”んじゃないか!!!!!


お前はリュシーが心配じゃないっていうのか!!!!!?」




――ぐいっ!


クラウンの手から、シャツが強引に引き戻される。



「ワタシがリュシーを心配していないだとっ!!?ふざけるなッ!!!!次、ザシェールが姿を見せたとする……!!あぁ!ワタシは確実に好機を伺うだろうな!!ヤツの喉元を切り裂き、呪縛からリュシーを解放するという、絶好の機会をなッ!!!!」


感情のこもった一斉に、クラウンはハッとなった。



「すまない……。頭に血が上ってしまったのさ……」



エウラリアの表情は怒りで満ちて、口元からは尖った犬歯がのぞく。彼は「まぁいい…お互い様だ」と、踵を返してそこを立ち去ろうとした。


それを、クラウンの一言が引き留める。




――「なぁ、エウラリア。もしよかったら教えてくれるかい?お前はリュシーのために自分の命すら捧げようとした……。そこまでするんだ。


結局お前は――――リュシーのことを愛していたのかい?」




エウラリアは背を向けたまま、立ち止まった。しばし、彼は返答に悩んでいるようだったが、


――「さぁ………?」


と、僅かに振り返って言って、行ってしまった。





 その背中に、クラウンはクスッと口を押さえた。



「見てるかいリュシー?どうやら私もアイツと仲良くなってきたらしいよ


あんな顔で言われちゃあ………バレバレなのさ、エウラリア」




―――――――



――「ねぇ、羽ヶ矢くん。聞いてもいいかしらぁ?」


「何かな、ミカエラさん?」


城の屋根の上に座った二人は、広大に広がる城下町の夜をゆったりと、眺めていた。



ミカエラは気になっていたことを、思い切って尋ねてみる。



「百合ちゃんのこと……今はどう思っているの?」


「あは…痛いとこつくな~」



苦笑いした羽ヶ矢だったが、切なそうな顔をして、水干の袖からクッキーを取り出した。



――「これは僕と百合さんの思い出が詰まったお菓子だって、前に話したよね?」


ミカエラは頷く。



「えぇ……。あなたが、ゆりちゃんの心の欠片が溶け込んだブラック・オニキスから目覚めたら、毎日作ってくれるって約束してくれたのよね?」


「うん……。だから、こうやって、いつも忘れずにくれるんだ。僕のために作ってくれて……とっても嬉しいよ。―――でも」


「でも………?」



羽ヶ矢は、本当に寂しそうに、言葉を紡いだ。



「このクッキーを食べるたび、どうして僕じゃダメなんだろうって思うよ。どうして百合さんの隣で、彼女が愛おしげに見つめるのが僕じゃないんだろうって………。その視線を一身に集めるイレールさんが妬ましくなる――そんなときも……ほんとうに時々だけど…ある、よ」


「……。そうなの………ごめんなさい。やっぱり聞くべきじゃなかったわ」



純粋な心配から聞いたことだったが、ミカエラは謝った。



「気にしないで。切ない気持ち以上に、今僕は幸せなんだ」



羽ヶ矢は柔らかく微笑んだ。



「百合さんが……幸せそうに笑う瞬間が、本当に、たまらなく好きなんだ。例えそれが、イレールさんに向けられたものでも、好きな人の最上の微笑みってだけで……何でか分からないけど、僕は嬉しくなって、切なさがどこかに行ってしまうんだよ!!


それに、

イレールさんにだって、幸せになって欲しいんだ。

僕が今ここに居るのは、イレールさんのおかげだから……


それで、その思いがまとまったからかな……?

――僕の夢は、百合さんとイレールさんが幸せになるのを、見届けることなんだ!!」




ミカエラもフッと優しく笑った。



「わたしも同じ気持ちだわぁ………」


いつの間にか、彼女の手には、ハープが握られている。



「わたしにはもう一つ夢があるのぅ。いつか芸術を司る大天使になって……二人の結婚式で、このハープを演奏するの。祝福を芸術の調べにのせて、届けるのよぅ……」


「わぁ……!素敵な夢だね」


「うふふ…一曲いかがかしらぁ?このハープは、古代ケルトの三位一体神、エスス、タラニス、トゥタテスっていう、再生と豊穣の神の加護が宿った聖なる弦楽器。心が癒されるわよぅ……?」


「ぜひお願いするよ!」



―――その瞬間、美しい指先が弦の上を滑って、優しい夜を歌う旋律が、クラースの歌に混じって辺りを優しく包んだ。




―――――――



「さ、できたよ!がんばれーーー!玉砕覚悟だイレール!!」

「玉砕はしたくないですが……フフ……特攻はしますよ。ありがとう、ロイ」



 イレールは城の一角で、ロイから何かを、受け取った。

それはイレールの手の平でチャリン…と、音を立てる。



「じゃ、ボクは今夜中にここを立つから。――次は、ぜひとも、エンゲージリングを作らせてくれよ~~!!」


「……っ!!い、言われずとも!!!」



去って行くロイの背中に、イレールは強がって叫ぶ。完全に姿が見えなくなって、イレールは歩きながら、頬を染めた。



(結婚、ですか……)



それを考えるだけで、心が華やぐ。



(彼女は今、18を迎えたばかり……。まださすがに結婚は早いですよね……確か、彼女の国では20歳が成人の歳だったはず……)



イレールは微笑を浮かべたまま、百合の部屋のドアノブに手をかけた。



(彼女が成人を迎えたら………申し込んでもよろしいでしょうか?左薬指に、誓いの指輪を捧げることを………)




――「ニヤニヤと気持ち悪いな」


「ニヤケてるんじゃありません。これは幸せの微笑み―――って、エウラリアーーー!!1」



いつの間にか背後に立っていたエウラリアに、イレールは飛び上がった。




「百合に会う前に、オマエに話がある」


エウラリアは真剣そのもので、


「何でしょう……?」


イレールもグッと表情を引き締めた。




「旅に百合を連れて行くのだな……?」

「はい、あの子とともに時を歩むのです。それが互いにとっての、望みですから」


「なら一言忠告する。ワタシは別にオマエたちと慣れ合うためにここに居るのではない!」



エウラリアの口調が鋭くなった。



「すべて、白百合。百合のためだ……!アイツには恩義がある。もしもだ………。アイツが命の危機を迎えるような目に合わせてみろ……?ワタシはキサマを恨み、再び憎しみを持って刃をその喉元へ向けるだろう……!」


「………この身に刻みつけておきましょう。その言葉……」



誠意を持って、イレールは頷いた。



「それにな……。もう一つ、どうしても言っておきたいことがある……!」


「何でも言ってください……!“黒”である貴方の言葉は、私の短所をさらけ出してくれますから……!」



イライラと不満そうに眉を寄せるエウラリアに、イレールの身がさらに引き締まる。



「では、この際はっきり宣告しておいてやる。ワタシはこの一か月、キサマの行動を傍観していた。あまり口を挟まず、大人しくな……?その結果、ワタシの中である思いが騒めきはじめた……」


「えぇ……」



イレールは緊張しながら、言葉の先を待つ。


突然、


エウラリアは流暢にだが、苦々しくつらつらと吐き捨てた。




「昔から密かに思っていた!


やはりワタシは



――――――キサマのような八方美人が大っ嫌いだ!


あぁ、思い出すだけでイライラする!!黒魔術族であるがゆえ、あまり目立ったことはできんと耐えてはいたが……!!


なぜ、ワタシが学校でナンバー2に甘んじなければならなかったのだ……!


別に成績にこだわっていた訳ではないが!


八方美人イレールの下というのが、いやに―――――腹立つのだッ!!!」




―――(えええええええーーーーーっ!!?)



 イレールは、理不尽な悪口に身をのけぞらせた。



「何ですかそれ!!?確かにこの一か月……『エウラリアって時々毒を吐くけど、子どもの頃のイメージ通り、基本は大人しくて閉鎖的なんだな』って思っていたんですよ!!?それなのに、私に対して、こっそりそんな、情熱的な鬱憤を溜めてたんですか!!?」


「あぁ!!ワタシはキサマの下に見られるのがともかく嫌いだ!よって、キサマをいじってこの鬱憤を晴らそうと思う!ハハ…!覚悟するがいい!!」


「ド、ドS発言です!酷い!!」



二人が廊下で騒いでいたのを聞きつけて、百合は、こっそり部屋のドアを開けた。隙間から、ばれないように、二人の様子を窺う。




―――「もしかして……あの時…!」



イレールが目を吊り上げた。


「百合さんが手につまんでいたクッキーを、その手から直接口で奪ったあの時!うらやまし――ではなく。貴方、ニヤッとして、私のほうを見ましたよね?あれはもしかして、私への嫌がらせですか!?」


エウラリアが意地悪く笑う。


「あぁ。それ以外に何があるというのだ……?」


「エウラリアーーーーーーッ!!!!とうとう、本性見せましたねーーー!」




ガチャ!




――「仲良くなったんですね、二人とも!私、二人がこうして仲好くしてる瞬間が見たかったんですよ~~~!!」



そこへ百合が乱入してきた。二人は大人しくなって、言い争いを止める。エウラリアはニヤリとした。



「ワタシは邪魔だな……ここは身を引こう」


「あ、お休みなさいです!エウラリアさん」


「あぁ……」



二人に背を向けて、エウラリアは憑き物が落ちたような顔をして去って行った。



――「ふぅ……えらい目に合いました」


気を取り直して、イレールは百合の手を取る。



「少しお話ししませんか?渡したいものがあるんです……」



―――――――


 城の五階に割り当てられた彼女の部屋。

そこには、広いテラスがあって、二人はどこかから聞こえるハープの旋律を聴きながら、肌寒い月夜を見上げた。



「何ですか?渡したい物って……?」

「はい、こちらです……」



イレールは百合の後ろに回ると、


「少し、失礼しますね……」


――カチャ……


何かを、百合の首にかけた。



―――「わぁ……っ!これ、ロケット・ペンダント……!」


百合は首にかかったそれを、手に取った。そのロケット・ペンダントは、円形で、アカンサス文様に、ユリ、鳩の模様が、細緻に彫り込まれている。

ふたを開けると、いつの間に撮られたのか、自分とイレールが笑い合っている写真が入っていた。



「お揃いですよ」


照れくさそうに、イレールは首元から同じペンダントを取り出す。


「貴女が以前、こっそり持ち歩いてくれていましたよね……だから、今度は、“二人”で、持ちましょう」


「あはは、恥ずかしですけど、嬉しい……です。大切にしますね……!」



百合は両手の中に、そのペンダントを閉じ込めた。すると――



――ぎゅ……


「きゃ……!」



後ろからイレールの腕が回ってきて、百合は後ろから抱きしめられる。



「すみません……本当に、貴女が愛おしすぎて……」


「………っ!」



耳元で言われて、百合はますます頬を染めた。



「それは誕生日プレゼントなんです……。遅くなりましたが、誕生日おめでとうございます。今、貴女とともに生きていること……本当に、幸せですよ」


「……私も、例えようがないくらい…幸せですよ……!」



百合は心が温かくなるのを感じながら、イレールの腕に両手を沿えた。抱擁が強まる。二人とも入浴後のシャボンの匂いがして、イレールは心地よさから、百合の横顔に顔を寄せた。



「改めて伝えておこうと思います。私は魔法族で、しかも、この世界の調停者として生きています……。つまりは、“普通”ではありません。そんな私を…貴女は選んでくれました。


本当に、感謝しきれません


……選んでくれて


愛してくれて…………ありがとう、百合さん」




「イレールさん……!」



耳に優しく伝えられたその言葉は、幸福が過ぎて、

百合は体を動かして、彼の正面からその胸に飛び込んだ。



「私、イレールさんとともに生きていきたいんです……!イレールさんがどんな種族で、どんな立場にあったっていいんです!好きになったその瞬間から、そう思っていたんですよ………!!自然と、全く苦痛にも感じなくて………!」



イレールは微笑んで、百合の左手を持ち上げて――――



その左薬指に口づけた。



優しく、甘いその口づけを、月が神秘的に映し出す――――





(これは黙っておきますが……


そのロケット・ペンダントの模様……。アカンサスは“永遠”を、ユリは言いようもなく、“貴女”を、鳩は“愛”をそれぞれ意味しています。


このロケットが意味するのは“永遠の愛”。


きっと、いつか貴女のこの指に、指輪を贈る日が来る

―――そうなる日を、今は少しずつ、手繰り寄せていきましょう………)




唇が離れて行くその刹那―――


イレールはそう、目の前の少女に誓って、火照った彼女を再び、優しく抱擁で包んだ。




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