④神龍アーイウルの忠告
スカーレッドの髪の少年は、犬歯をむき出しにして、
「ウォーーーーーーーーーーーーーン!!」
と、吠えた。
それを合図に、
「グォオオオーーーーーゥ!!」
不気味に骨をむき出しにした獣と龍の群れが、一斉にジョルジュ達へと牙を振りかざす。
ある龍は炎を、ある獣は闇の瘴気を、その口からふき出した。
――「百合さんは魔法を使ってはいけませんよ!体がまだ安定していませんから!」
「はいっ!分かりました!」
イレールが聖槍カドゥケウスを、羽ヶ矢が破魔の矢を、クラウンが逆刃の死神の鎌を、ミカエラが三位一体神のハープを、それぞれ取り出し、百合を守ろうとかばい合いながら、歯牙をはじく。
「チッ!デンファレ!」
――ガチャッ!
ジョルジュはアスカロンで、デンファレを捕らえた虎と龍に切りかかった。
「あ……あぁ……!」
デンファレは、恐怖でその場にしゃがみ込んでしまっている。
――「アンタの相手はこのオレだよ!」
すかさず、紅い狼を思わせるその少年が、体格以上の斧でそれを受け止める。
そこへ――
漆黒のコートを翻し、エウラリアが駆けて来た。彼が手にしたレーヴァテインの漆黒の刃が、黒く炎を帯びて、その足元には魔法陣が広がる――
「下がれ!オマエもイレールたち同様、本来の力を発揮できていない状態だろう!?リュシーの桜を咲かせるために魔力を捧げている!ここはワタシに任せ、大人しく身をしりぞくがいい!!」
「くっそ…!」
その通りだった。
力が思うように発揮できず、魔法をほとんど使うことができない。
ジョルジュは悔しげに下唇を噛むと、素早くエウラリアに場を任せる。
イレール達も、ジョルジュと同じような表情を浮かべて、悔しさを押し殺していた。
「覚悟するがいいッ!!」
エウラリアの瞳が吊り上がる――
「まずい!―――この場を離れろ、みんなッ!!!」
少年が危険を察して、獣たちに指示を放ったその時、
―――「闇夜に咲く、夜薔薇よ……!レーヴァの炎にその身を焼き焦がすがいい!!!」
エウラリアの詠唱と共に、巨大な魔法陣が獣たちをぐるりと捕らえ、漆黒の炎をまとった茨が縦横無尽に獣たちを襲った。
ギャアアーーーーーーーッ!!
「くっそ…!コイツ…つ、強い!術の展開に追いつけない!」
少年は、エウラリアの炎に染まった刃を防ぎながら、獣たちの断末魔を聞く。その間を狙い、ジョルジュは素早くデンファレの手を引いた。
「良かった!無事だな!!」
「はい!なんとか大丈夫ですわ!」
「チッ!」
今度は少年が下唇を噛んだ番だった。
と、エウラリアはすかさずレーヴァを突き出す。
「よそ見をする余裕があるのか?」
ギギッ!
「―――ッ!!」
間一髪、少年は、エウラリアの刃を押しのける。くるりと向きを素早く変えて、彼はジョルジュに獣のような牙をむき出しにして、威嚇した。
「オレの相手はお前だ!!一対一で勝負しろ!!」
「では、ワタシから逃げられるとでも!?」
再び刃が交わって、エウラリアがレーヴァに力を込める。「ぐ…ッ!」と、少年の顔がゆがむ。
「なんだってんだよ、お前!オレに何の恨みがあるってんだ!?」
デンファレを下がらせたジョルジュが叫ぶ。彼はエウラリアと刃を交える少年のもとへ駆ける。
「だろうな……っ!お前にとっては…英雄伝とも言える出来事だったんだからな…っ!!アンタがそんな反応することぐらい分かってた!」
少年の肩が、ふるふると打ち震え、
そして、キッとその瞳が憎しみに燃えて吊り上がった。
「アスカロン就任式後……っ!この森を襲った神霊龍族の中に、アンタに命乞いした龍のつがいがいただろ………!?」
ジョルジュはハッとした顔をした。
「その二匹は……子どもが家で待ってるからと言って…『命だけは……』と、恥を捨てアンタに命乞いしたはずだ……!
忘れたとは…………言わせない!」
ジョルジュは首を、まるで現実を拒絶するかのように、ゆっくりと横に振った。
「あの龍たちと……お前がどう関係あるってんだよ……!第一オレは龍一匹殺したことはない!そのつがいだって…!もう森に立ち入らないことを約束させて、命までは取ってねぇーよ!」
少年は首を激しく横に振った。
その瞬間――
「―――っ!これは……ッ!!」
エウラリアは、少年の魔力が一気に跳ね上がるのを感じて、素早く彼から跳び退いた。少年の周囲を巨大な魔法陣が取り囲む――
――「それはオレの育ての両親だったんだ!!でも本当の両親じゃない!
オレは人狼族だ!
人狼族はクロイツ王国と対立し、本当の両親は、アンタの父親バルタザールの出兵によって殺された!
だからオレにとって……!
戦争で親を亡くしたオレにとって…本当の両親だったのに……!!
アンタの刃……――アスカロンは龍にとって毒牙だ!
アンタは急所を外して自分の手が汚れてないって思ってんのかもしれない!
けど、オレの両親は死んだんだ!!
それは間違いなく!アンタの凶刃が原因なんだよ!!!」
少年が叫び終えたそのとき―――
ジョルジュを、深紅の炎で形作られた龍の首が、幾頭も襲いかかった。
「………な、何なんだよ………そんなん……」
ドサ……
ジョルジュはその場に、喪失してしゃがみ込んだ。
炎の龍たちは互いにもつれ、絡み合いながら、彼を中心にとぐろを巻いて、にらみを利かせている。
まるで-――火力が最大にまで上りつめるのを、待っているかのよう
「陛下っ!!」
イレール達が走る。しかし、
―――ゴォオオオオッ!!
燃え盛る炎と、活気を取り戻した獣たちがそれを遮った。
「――――っ!」
間に合わない。誰もがそう思ったとき。
――「ジョルジューーーーーーっ!!!!!!」
距離を取って見守っていたデンファレが、翼を広げて飛び立った。
「こんな炎……っ!!―――きゃっ!」
ドレスが焦げ、羽には火傷が広がった。でも、彼女は炎の中に勇敢に飛び込んで行く。
「デンファレ……」
「大丈夫ですわよ…!ジョルジュ……!」
力のない表情のジョルジュに、デンファレは肩をかけた。
だが、
「二人仲良くおさらばだよ………!」
少年は魔力を凝縮させ、火炎の龍の首が二人に迫る。
「―――っ!!」
一か八か、デンファレが翼を広げ、イレール達が獣たちを退け、駆けた。
しかし、その一瞬のやり取りを、ある一声が遮った。
―――「やめるのじゃ!」
その一声と共に、
「ギュアアアアアアアーーーーーーーゥ!!!!」
龍の咆哮が場を貫き、ザザァ……!と、雨が降り注いだ。
雨粒は天からの救済の一滴となって、燃え盛る炎を弱め、
やがて―――鎮火させた。
――ビュウウウ……!
降りやんだ雨のもと、一匹の巨大なドラゴンが降り立った。その龍はジョルジュとデンファレを背にかばい、少年たちを睨む。
――「チッ!!」
少年は舌打ちをして、そのドラゴンを睨み返した。
「………わっ…!」
百合は、かばってくれているイレールとエウラリアの背中の向こうから、美しいドラゴンの容姿を見た。
その一体は――――
全身がエメラルドでできた、美しいドラゴン。
「去るのじゃ……。ワシら自然龍族の森を荒らす神霊龍族の者たちよ……」
威厳たっぷりに、エメラルドの翼が広がった。
「くっそ…!次は逃がさないからな……っ!」
捨て台詞を吐き、少年は悔しげに牙を向いた。
――「ギャアアアアゥッ!!!」
一匹の龍が背中を差し出して、彼はそこに飛び乗り―――
「……………チッ!!」
気力を失ったジョルジュに向かって、もう一度舌打ちをする。
と、彼は、獣たちを引き連れて、彼は森の外へと飛び立った。
訪れた沈黙に、イレール達は武器を下ろした。
歯が立たなかった自分達への歯がゆさ、
それ以上に、ジョルジュが心配で、それぞれがジョルジュへと視線を飛ばした。
――「まぁの……。ここじゃあ、落ち着いて話も出来ん。ワシのねぐらへ来てはどうかの?」
その沈黙を破ったのは、彼らの前に現れたエメラルドのドラゴンだった。
「歩けるぜ大丈夫だ……ありがとな、デンファレ」
「ジョルジュ………あの…“あの事”ですわよね?あの子がジョルジュを恨むきっかけになった出来事は………。それだったら――――」
「いいんだ…こんなこともあんよ……。オレらの立場は…知らない内に恨みを買っちまってることの多い………。そんな立場なんだ……王族ってのはな」
デンファレが何か言いかけたのを、ジョルジュは遮った。
彼は、無理をして笑って振舞っているのが明白。
という顔をしていた。
彼は何でもないように、すくっと立ち上がると、そのドラゴンに願い出る。
「もう耳に入ってると思うけどよ。エメラルド・コアが、ザシェール侯爵によって盗み出されたんだ。聞くところによると、他のコアを狙ってるらしい……。オレらはそれに対処しようとしてる………。他のコアの所在について知ってることがあれば、教えてくれ。
―――神龍アーイウル」
ドラゴンはエメラルドの体をきらりとさせて、こっくりと頷いた。
―――――――
滝の裏にある鍾乳洞の奥。
「そうか……。それは大変だったのう……」
百合たちはアーイウルと向き合って、真剣に話をしていた。彼らの真横では、清らかな湖が、乳白色の鍾乳洞を映して、せせらぎの歌を歌っている。
(陛下さん……)
「ねぇねぇ、お姉さんどこから来たの~?」
「ねぇ、あそぼ~?」
百合は、小さなドラゴンの子どもたちに、甘えられながらも、ジョルジュのことが心配だった。
――「もともとここにエメラルド・コアがあったのじゃ。ここの鍾乳洞の清水は、エメラルド・コアより生み出された魔法界、人間界、双方にとって始まりの水……」
アーイウルは、湖を横目で見ながらそう話す。
「あれですね」と、イレールは相槌を打つ。
湖の中央には、何かがはまっていたであろう、穴の空いた鍾乳洞の主柱が、天上から伸びていた。
アーイウルは頷き返しながら、その視線を、一瞬だけ百合のほうへと飛ばす。
何か―――気づいたかのような表情をした。
「エメラルドは太古より、水の力を宿しておる……。人間界ではもとより船乗りの守り石とされ、船旅に重宝された……」
「あぁ…だから、親父がたまには一般公開しようってんで、『プリンセス・デンファレ号』に乗せたって聞いたぜ」
ジョルジュがそう付け足すと、アーイウルは真剣な面持ちになって続けた。少し――ジョルジュに、心配するかのような視線を向けながら。
「コアの場所は、それぞれの種族が守秘義務と共に外部から守っておる……。ワシの記憶は古いものじゃがの。きっと今も変わらずそこにあるじゃろうて………」
アーイウルは、改まって翼を動かし、イレール達を見つめ返した。
「おそらくじゃが、
『土』のコア…ダイヤモンドは妖精族の国に。
『空気』のコア…サファイアは白魔術師の里に。
『火』のコア…ペリドットは地獄の奥底に………あるじゃろう」
(白魔術族の里……ですか)
イレールは心の中でひとりごちて、胸に輝くスター・サファイアのブローチを切なげに、人知れずなでた。
アーイウルはみんなにそう教えると、優しく言った。
「このような場所にあっては、ザシェール侯爵も手こずるはずじゃ……。
しかし、イレール殿たちはちがう。この世界の、全種族が味方に付いておると思ってよい………。
ワシはこの森を治めねばならんため、自由に動けん身じゃが……また、困ったことがあれば構わず言うのじゃぞ……?」
「はい、ありがとうございます」
イレール達はお辞儀をすると、日の落ちる前にこの森を抜けるために、足早に鍾乳洞を跡にしようとした。
そして、鍾乳洞の入り口。
――「…………百合殿だったかのう?」
「は、はい……?」
子龍たちに手を振っていた百合を、アーイウルが呼び止めた。彼は言うか言うまいか――迷っているとでも言いたげな顔をしていたが、まっすぐに彼女を見つめて言った。
「これは百合殿へのお守りの言葉じゃ……。もしも…、じゃ。何か自分の存在について、迷い、傷つき、誰も信じられないような状況に陥ってしまったら、思い出してほしいのう……」
「は、はい……」
アーイウルはこっそり、百合に耳打ちした。
その言葉を聞いた百合はびっくりしたような顔をしたが、
「秘密じゃぞう…?必要ないかもしれんからのう……」
「はい。良く分からないですけど……大切に心にしまっておきますね」
すぐににっこりとお礼を言って、彼と別れた。
「何を話していたんですか?」
イレールが尋ねて来たが、「秘密です」と、返す。アーイウルはつぎに、ジョルジュに優しく声をかけた。
「あの少年のことじゃが……。お前さんは王族として当然のことをしたのじゃ……。『あの時』、ワシら自然龍族を守ってくれたのじゃから。本当は誰も……お前さんを責めることはできんのだよ」
「あぁ……ありがとな、アーイウル。へへっ!オレは大丈夫だからよ!」
(……それは、無理してるときの愛想笑い………なのですわ)
一人、彼の心を深く知る彼女は、寂しそうにその背中を見つめた。
そしてもう一人―――
百合は、アーイウルからもらった言葉を、心の中で思い返していた。
―――どういうことなんだろう?
そう、考えながら。
(お前さんは、如何なる魔法生物や魔法族にも……無条件に好かれたりしてはいないかのう…?
例えば……ワシらのような者達と会って、すぐに心を許されるのではないか………?)
(え?う……ん。確かに、みんな優しくしてくれますけど……)
(そうか………う、む……)
(な、なにか……?)
(………例えるなら。お前さんは温かくて優しい“光”、なのじゃ。
そんな居心地の良い陽だまりには、誰もが居座りたくなってしまう………
しかし、じゃ
それはお前さんの、本質の成すもの。
決して―――宿命や系譜の成すものではない。
ということを、しっかりと理解しておきなさい)
―――――――
神龍の森から戻ったイレール達は、城の応接室で、再び卓上に会していた。時刻はすでに夕闇が迫ったころ。窓の外では、ひんやりした風が凪いで、夜の幕開けを知らせようとしていた。
「ザシェールとともに居たニコライ先生のことですが………」
バルタザール王のもとに届いていた手紙を広げて、イレールがその内容をみなに告げた。
「やはり……リュミエール修道院の地下牢獄から、彼の魂が消失していたようです。あのニコライ先生は間違いなく……私達の因縁の相手。ルイーズが、謝罪と共に、その不可解な消失を結論付けています。死神たちの厳正なる裁判で決定し、ルイーズが受け負うことになった彼の魂ですが……知らせを受け、確認したところ……。全く別の魂にすり替わっていたということです……」
イレール達の表情に焦りの色が滲む。
「しかし、おかしい」
疑問の声をあげたのは、エウラリアだった。
「ワタシが所持するレーヴァテインに、ヤツはひどく執着していた。だが、先日会ったヤツはまるで別人だった。レーヴァを目にしても、顔色一つ変えん………」
「確かにそうです……。私もニコライ先生からは……生気というものを全く感じなかった」
「この件に関しては、慎重に……。もう少し、先を見定める必要がありそうだね」
クラウンの言葉に一同は頷いた。
その後も話し合いは続く。そして、話は次のようにまとまったのだった。
『明日の早朝出発し、本来の力を取り戻すため、一度リュシーの桜のもとへ寄る。
最初に向かうのは、ここから最も近い地獄。
地獄王サタンへ謁見を求め、ペリドットを守護のため、しばらく借り受けることを願い出る』
行き先は決まった。
でも、ジョルジュは、どこか浮かない顔で、思いつめているような――
――(ジョルジュ……)
デンファレは、みんなが彼に見せている以上の心配の気持ちを込めて、会議の間中ずっと、彼を心配そうに見つめ続けていた。