表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イレールの宝石店~アナスタシアの聖女~  作者: 幽玄
第二章 少年狼はヴァンパイアに牙を向く
10/17

③獣の牙と、竜の牙

どこかの研究室。



錬金術師クロードヴァルド・ザシェールは、肘掛椅子に足を組んで座って、手の平サイズの“エメラルド”を目の前に、まじまじとそれを眺めていた。



「美しい……―――貴方もそう思いませんか?」



卓上のランプが、たった一つだけ、ユラユラと部屋を照らし出している。

ザシェールが共感を求めた相手は、壁に背を預けて、腕を組んでいた。



深めに被ったローブと顔に付けた仮面で、顔つきは分からない。

しかし、背丈と体つきから子どもであることが、何となく察しが付く。




「グルルゥ………」



仮面の下から覗いた口元が紡いだのは、唸り声だった。


あどけない子どもが出すような、高い声ではない。




それどころか――低い、狼が獲物を見つけたときに上げるような声だった。





ザシェールは、エメラルド越しにニヤリとした。



「そう怒らなくても、約束は守りますよ。


それよりも、私の話を聞いて行きませんか?


錬金術の極意を記した碑文――エメラルド碑文という石が、人間界にはありましてね……。“哲学者の石”の作り方もそこに刻まれていたのですよ……。私がこの奇妙な人生を歩むに至ったのは、この碑文との出会いがあってこそなのですが……


私が手にしたエレメント・コアの記念すべき一つ目が、エメラルドというのは……

―――運命を感じませんか?」




――――「そんなご託はいいッ!!」



ガシャンッ!


少年らしい声がして、ローブがめくれ上がった。

スカーレットの髪が露わになって――鋭く立った二つの獣の耳が、暗闇に浮かび上がる。



「オレはあの二人とは違うッ!!アンタの操り人形になり下がった覚えはないッ!」



――彼は、仮面を乱暴に顔からはぎ取った。



「さァ、さっさとオレの望みを叶えさせろよッ!!!」



喉元に食らいつきそうな勢いで、彼はザシェールに迫る。

黄色い双眼は、ザシェールのオッドアイを射抜くように捉え続けた。



ニヤリ……



「王子への仇討ちと、“育ての親”との再会か……。後者は私が“哲学者の石”を手にする必要があるが、前者はすぐにでも果たせますな………」



ザシェールは椅子に座ったまま、壁の方へと片手を向けた。


ぐわん……



空間が歪んで、壁に――森の奥へと歩みを進めるジョルジュ達の姿が映った。




「行け……親の仇を討ちなさい。“神龍の森”です」



「ここは……母さんと父さんの死に場所じゃないかッ!?」



少年はキッと、瞳を吊り上げる。



「いいよ……。あのヴァンパイアに仇討ちする場所として最高だ……!」


彼の口元には、喜びともとれる含み笑いが広がった。



――シュン……



少年の影は、そのビジョンが浮かび上がった場所へと飛び上がって――消える。



 ザシェールはその後ろ姿に言い捨てた。




「どいつもこいつもッ!だから嫌いだ!人間も魔法族もッ!


私の言葉に耳を貸そうともしない!特に魔法族は、錬金術を人間のいかれたオカルトだと思いやがってッ!!―――ゴホッ!ゴホ…ッ!!」




ザシェールは突然、せき込んだ。



「お父さま……っ!」


ブルネットの髪をした幼い少女が駆けつけて、彼の肩を支える。



――「ハァ…ハァ……ありがとう、イヴ。

君だけだよ……私に優しくしてくれるのは。



あぁ早く……―――――“哲学者の石”を作らないとね……」



ザシェールは苦しそうに胸を押さえながら、少女に優しく微笑んだ。

少女――イヴは、愛おしそうに頬を染めてそれに応える。



「でも、ダメなんだ……君は、人間でも、魔法族でもないから……」



「………。」



イヴは寂しそうな顔をしたが、ザシェールは気にもとめていなかった。



「やっぱり……あの子が欲しい。アナスタシアの聖女が………」




―――ギリリ……



 人形のような端正な顔をしたイヴ。彼女は苦々しげに、唇を噛んだ。




――――「あの子………キライ」




―――――――




「百合さん。そこ、滑りやすくなっていますから、気を付けてください」

「きゃっ!は、はい!」


 百合たち一行は、のどかな小川が流れる美しい森を歩き続けていた。

木々の間には時々、ドラゴンが身を休める姿が垣間見えて、歩いているだけでも楽しい。



「懐かしいな……。この剣、アスカロンを賜ったのはこの場所だった」



ジョルジュが、木立の間からのぞく日の光に、アスカロンをかざしながら言う。



「そうなんですか?」



「あぁ」と、ジョルジュは百合に、短く答える。




「あれは、オレが学校を卒業した頃だったな……。


アスカロン継承式。


あれは、オレにとっての通過儀礼だった。これはクロイツ王国の宝刀だからな……。この剣を得るにふさわしい者か、王位継承者として試されたんだ。


襲いかかる龍たちを退けて、

この森の最奥――神龍アーイウルのもとへたどり着くこと。


それが試練だった」




「デンファレ姫も最奥で待っててね。最奥にたどり着いた時の陛下は、デンファレ姫の抱擁を受け……まるで………っ!王子様だったのさ!」


「いや!オレ正真正銘、本物の王子だから!!」



クラウンにジョルジュがつっこむ。

そんな和やかな空気を保ちつつ、一行が森の奥を目指していると――



バリバリッ!!!




突然、


巨木が折れて、ジョルジュ目がけて天から降り落ちようとした――




「ちッ!――あっぶね――」


ジョルジュがアスカロンを振り上げた。その時だった。



―――「危ないですわぁーーーーーーーーーーっ!!」




ボカーーーーーーーーーーンッ!!!!




一同は、唖然とした。

目の前で、ピンクの物体が巨木に突っ込んでいき、その太い幹を、真っ二つにへし折ったのである。




――「ふ……なんのその、ですわ!」


――「デンファレ!!」



煙の中から現れたのは、デンファレ姫だった。

今日も、ピンクのツインテールと、クラシカルロリータ・ファッションが良く似合っている。



「お前!自分の国に戻ったんじゃなかったのかよ!?」



彼女はジョルジュのもとへ、ニコッと笑って、駆け寄って行った。



「ジョ~ルジュ~~!心配で来てしまいましたわ~~!

あ!―――イレール様もお久しぶりですわ~~!!」



「ど、ど……どうも。こんにちは。はい、ご無沙汰しております」



百合の後ろに回って、イレールは身を震わせている。

(あはは…逃げるタイミングを逃したんですね……)

百合は、珍しくどもっているイレールを微笑ましく思う。




―――――――




 デンファレ姫を加え、しばらく歩くと、ミカエラが声をあげた。



「まぁ~~綺麗ねぇ~~!!」



――「わぁ!ほんとです!すっごく綺麗!!」



百合は、野道を歩いた疲れが、一気にふき飛んでいくのを感じた。


 沢山の滝が交差するように流れ落ち、それに伴って、青空には虹が、幾重にも広がっていたのだった。





――「あの先だぜ!神龍アーイウルが居るのはよ!」



ジョルジュが一際大きな滝を指さす。その時だった。



――「ここで、アンタを地獄に落としてあげるよ!」



「―――きゃっ!」



―――ギャアアーーーウッ!!!バサッ!タタタッ!!



 デンファレを不気味な姿をした龍と、虎が取り囲んだ。


その二体は、体の骨がところどころむき出しになっていて、体中が影でできているかのように真っ黒い。



「デンファレ!!―――っ!?」



ジョルジュが駆け寄ろうとするものの、何者かが斧を振り上げた。彼はすかさず後ろへ飛びのいて、かわす。



ガンッ!!


標的を失った斧は、まっすぐに地面に突き刺さった。



「貴方は!ザシェールの配下に居た!!」


イレールが百合を背にかばいつつ、声をあげる。




―――丈の長いフード付きのローブが、乱暴に脱ぎ捨てられた。


彼らの目の前に、スカーレッドの小さな狼が立ちふさがる。



「アンタたちは関係ないけど……ここで消えてもらうよ!!」



イレール達を、漆黒にうごめく獣たちが、ぐるりと威圧的に取り囲んだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ