愚か者の独白
4年ぶりに会った妹はまるで別人のように変っていた。
正確にいうのならば4年前の
魔力洗礼のあの日から妹は変ったのだ。
貴族を絵にかいたような母に似て、幼いながらキラキラ光るものが大好きだった妹。頻繁に我儘をいっては高級なピンク色のドレスや髪飾りやパンプスをねだり、好んで身につけていた。だんだんと我儘や言動も母に似てきて、やっぱりこの妹もあの救いようのないクソみたいな両親のようになってしまうのだろうと
あの日のあの時までは思っていた。
◇◆◇◆◇◆◇
セレスティア家次期当主として私は貴族の嫡男たちがこぞって通う貴族学園へ通わされていた。
でも私はどうしても魔術を勉強したかった。
7年制のあの学園でも簡単な魔術を勉強することはできた。父は卒業後は魔術ではなく帝王学を学ぶために高等科へ進むことを望んでいた。しかしセレスティア家は他の貴族より魔術に特化している血筋だ。それなのに魔術ではなく貴族としての帝王学を学べという父の考えに私は同意することが出来なかった。私はもっと高度な魔術を勉強したかった。学園に通っている間、私は隠れながらいくつもの魔道書を集め魔術を勉強した。
それでも魔術を学ぶことは独学では限度があった。
死に物狂いで勉強をし7年過程の勉強を4年間で終わらせた。この4年間は忙しくは一度も家には帰らなかった。妹との手紙のやりとりは続けていたが、私には一分一秒が惜しかったのだ。そして父の反対を押し切り私はソフィア魔術高等学院へ入学した。
そしてやっと勉強が落ちつき家に帰ることが出来たのは、その年の夏季休業だった。
「お兄様お久しぶりです」
4年ぶりにあった妹は別人だった。
質素な白いワンピースを着て、私の持ってきた魔道書と学園の教科書にのめり込む様に集中していた。とんだ本の虫だ。ピンクの高級なフリルのドレスをこのんで着ていた妹はいったいどこへ行ってしまったのだろう。
それでも無邪気な笑顔は今までと少しも変わらなかった。
ふっくらとしていた体つきも細くすっきりしていて、痩せすぎなくらいだ。加えて幼かった顔つきも成長し、色素の薄い白い肌や私と同じ銀色の髪も相まって見た目だけはまるで深窓の令嬢のようだ。
依然として父や母には魔術のことを黙ってひとり勉強をしているようだった。嬉しそうに私に披露してくれた魔術はどれも高度なもので、それをまるで呼吸をするかの様に簡単に魔術を操る妹のその技術は素晴らしいものだった。その中でも感じた魔力の質は私が通っているソフィア魔術高等学院の中でトップを争うレベルだ。
それはひとりで地道にコツコツと魔術を練習し、努力したその結果なのだろう。
「そうだ、アリスにプレゼントがあるんだ」
「えっ魔道書以外にもプレゼントが、嬉しいです」
にこりと笑顔を浮かべ小さな身長でぴょこぴょことはねる。その姿がとても愛らしかった。
「そんなに喜ぶことでもないだろう
じゃあ目をつぶってくれるかい」
「だってとっても嬉しいんです、お兄様」
腰を少し落としてしゃがみながら銀色の髪に触れる。ポケットから取り出した2本の黒いリボンでその髪を高めの位置でふたつに結って、それを結び付ける。
「できたよ、アリス」
「素敵なリボンですね、ありがとうございます」
「気にいってくれてよかったよ」
鏡を見ながら嬉しそうにリボンに触れて、その笑顔をまた私に向ける。
「アリス、このリボンは絶対にはずしてはいけないよ
ひとりでいるときははずしてもいいけれど、
父上に会ったりどこかへ出かけるときは必ず身につけるんだ、わかったかい」
「えっわかりました」
「いい子だね
これはきっとアリスのことを守ってくれる」
一瞬困ったようにリボンに触れた妹だったが、ぽんぽんと頭をなでると何かひらめいたように口元を緩めた。
「じゃあこれはお守りなんですね
じゃあ絶対に大切にしないと」
嬉しそうに、あの日から変わらない偽りのない笑顔でリボンに触れる。
そうこのリボンは普通のリボンではない。
アリスの魔力全般を外からは認識できなくする、私のもっとも得意な攻撃系妨害型の闇属性の魔法陣を組み込んだ特別なリボンだ。
これで父上やアリスの魔術の才能を狙うものからこの子を守ることが出来る。もっとも魔術をいっさい勉強していないあの人がアリスのこの才能に気がついているはずもないだろう。何も知らない者から見たらこの子はただの貴族の令嬢にしか見えないだろう。
「そうだ、父上が最近まったくアリシアが可愛いドレスを着てくれないし、我儘をいってくれないって寂しがっていたよ」
「でもしょうがないんですよ、お兄様
私まったくドレスになんて興味がわかないんです
フリルがたっぷりつた流行のドレスよりも、苦しいコルセットなんて必要のない動きやすいワンピースの方が魅力的だし、どこかへ連れて行ってもらって何かを鑑賞したりお買いものするよりも、お家の中で美しい形の魔法陣をみたり魔術の勉強をしていた方が楽しいんです」
その点お兄様が下さったこのリボンの魔法陣は美しくていくらみても飽きません、といたずらな笑みを浮かべた妹。どうやらこのお嬢様はとんでもないひきこもりになってしまったようだ。
まぁ少しは変っている子だけれども。よっぽどのことがない限りリボンの魔法陣によってこの子はこの魔術の才能で危ない目には遭わず、あの人たちに利用されることなく、この先他の令嬢と同じように学園に通い、誰かと結婚をして令嬢としての幸せな生活が送れることだろう。
「お兄様、これは二人だけの秘密ですよ」
「なんだい、そんなあらたまって」
顔を赤らめてそしてもったいぶった様子で、妹は話を切り出した。―――悪戯そうな笑みを浮かべて。
「私来年からはヴィオン女学園へ通うことになるんです。お父様は私を体のいい箱入り令嬢にしたいようなので、これは決定事項なんです
でも私卒業後は高等科には進まないつもりです
3年間の中でお父様が望むような令嬢としての勉強をして、卒業後はお兄様と同じソフィア魔術高等学院に進めるようにお父様に我儘をいう計画なんです
これは、お願いじゃなくて我儘なんですよ」
「はは、そうか、それは壮大な計画だな」
あの日あの時この子は消えてしまいそうな
儚い笑顔で確かに僕に"はなさないで"と言った。
あの時僕はこの子をこの貴族たちから
絶対に守らなければと感じた。
そして私は今日あらゆる魔術師から
アリスを守らなければと心に決めた。
お兄様萌え。
これでアリシア幼少期編は終了です。
次からはやっと学園編に入れるぞ、わーい。
私事ですが最近りんごを箱買いしました。