~8.状況は絶望…だが、それがいい…わけがないだろ!~
まさに間一髪だった。
教えてもらった裏路地を抜けて飛び出したらウィンが火球を喰らう寸前だった。
もし武器屋の人にこの道を教えてもらわなかったら間に合わなかった。
(助かったぜ、武器屋の主人!)
俺は主人に心から感謝した。後でもう一度挨拶しに行こう。
(それにしても、すげぇなこれ!)
俺は握りしめた剣を見つめた。
ウィンに迫る火球を見て危ないと思ったときにはすでに体が動いていた。
電光石火でウィンの前に移動すると迫り来る火球目掛けて斬りつけていた。
…いくら斬れ味がいいとはいえ、火球が斬れるとは思わなかった。
なんとか戦える気がしてきたぞ。
「ねぇトウヤ。よく聞いて」
俺が手ごたえを感じているとウィンが真剣な眼差しで俺に声をかけてきた。
まだ強い瞳は健在だ。
「あれは冥族の最高位、冥竜種よ。」
「じゃあ、人族で言うとウィンと同じってことか?」
「ほぇ?そ、そうだけど…どこでそれを?」
その切り替えは予想外だったらしく戦いの場とは思えない可愛らしい声が聞こえた。
「まあ今はいいとして。それがどうした?」
「そ、そうね…こほん。実は彼らが三年前の事件の犯人とされているわ。」
「なんだって!」
「彼ら冥族は「フィジレス」という宝石を造った…これを使うとフィジで作られた全ての事象、魔技を消滅させることが出来るわ。それは源炉自身の持つエネルギーも例外ではないわ。」
「…!なるほど。それで源炉の力が弱くなったのか。」
「ええ。そして最悪なことにあの冥竜はそれ所持しているわ。」
「…道理で苦戦するわけだ。」
それを聞いて俺はウィンが以前に言っていたことを思い出した。
(手や足がなくなるのと同じ…か)
それは生活だけではなく戦闘などでも同じことが言えるのだろう。
そうなれば残されるのは魔技を一切使わない接近戦をするしかない。
しかし相手は冥族最高位の冥竜種…かなり厳しい。
追い討ちをかけるように、冥竜に近づけばエネルギーを失い体が満足に戦えなくなる。
それなのに相手は魔技を使い放題。まさにチートである。
フィジレスを持っているということはこの世界の人にとって絶望と同義である。
……この世界の人にとっては。
「とりあえずあいつを倒せばいいのか?」
「間単に言うわね…でもそれしかないわ。致命傷を与えれば転送されるはずだから。」
「竜もありなのかよ…まあそれなら思いっきり戦えるな。」
俺は剣を左手に持ち、冥竜の方向へと歩いていく。
「トウヤ。このままじゃ死ぬわよ!…なにか勝算はあるの?」
そんな俺にウィンは後ろから不安そうな声で叫ぶ。
「正直俺の居る世界では竜なんて出てこない。戦ったことがあるのは人間とだけだ。でも、なんとかしてみるさ!」
「なんとかって…」
「それにな。」
「それに…?」
「ウィンからここに俺を連れて来た理由を聞いてないし、第一ウィンを悲しませることなんて絶対しない。」
「トウヤ…」
「だから待ってろよ!」
俺はそう言葉を伝えると一気に冥竜へと飛んでいった。
後方から「約束よ」とかすかに聞こえた…ああ、必ず守るさ。
すごい勢いで接近してくる俺に気づいた冥竜は火球を吐いた。
俺は衝突する瞬間に左手の剣で鋭い横薙ぎを放つ。
すると火球は先程同様に二つに切断され、空中で爆発する。
その様子を見て冥竜は俺が火球を斬ったと瞬時に理解した。
それを裏付けるように冥竜は攻撃を一旦止め俺を睨みつけている…どうやら様子を窺っているようだ。
俺も剣を構えたまま冥竜から目をそらさずにいた。
(あっちは致命傷を与えるまで大丈夫。こっちは一撃で死亡…どんだけ不利なんだよ!)
俺はこんな不利な状況を経験したことがなかった。
先程から何度も考えているが正直まったく勝つ方法がみつからない。
むしろ負けるビジョンしか出てこない。
しかし俺はこの困難な状況でも俺は逃げようとは微塵も思わなかった。
――逃げてしまった罪は一生消えない
そのことを俺はよく知っている。
自然と右肩が疼く…この右肩もそんな罪の代償だ。
どうやらこの世界でも右肩だけは動いてくれない…まあ予想はしていたけど。
「仕方ない。とりあえずやるしかないか!」
俺は一息つくと、再び冥竜の元へと走った。