~5.この世界は結構大変そうだ~
メインストリートだと思われる大きな通りを二人で歩く。
呼び込みの声や電車の音、それに店から聞こえてくる機会の音などが聞こえ町全体に活気がある印象を受ける。
店は食料を扱っている店が多くほとんどが屋台で販売している。置かれている野菜や果実はみずみずしさがあり、どれも新鮮だ。
建物の中にあるのは宝石などの装飾品や洋服などの雑貨が多い。そこで売られている衣装は男性はフォーマルなスタイルが多く、女性はワンピースのような一枚のドレススタイルが多い。
運よくそ俺の着ている制服に近いので、そのままでいても目立つ格好ではなかった。
ここまでは俺の世界とよく似た光景だった。あまりここも変わらないのかもしれないな。
だがある店に目を向けるとその感想は一気に逆のものとなった。
それは…恐ろしいほどに鋭い刀身を持った剣や槍、重々しく頑丈に作られた盾や鎧、青や赤といった原色を彩る液体が入っているガラスの小瓶など、怪しげな雰囲気が漂っている店だ。
他の種類の店よりもダントツで多く、武器一つとっても剣や槍、杖、斧、鞭、短剣など多種類にわたって揃えられている。
不思議に思い周囲を見渡すと、服装は多種多様だが老若男女問わず、何らかの武器を携えている。
「ここでは武器を持つのが当たり前なのか…?」
自分の世界とは大きく違う光景に俺は思わずつぶやいた。
「ええ、魔武具のことね。わたし達はみんなそれぞれ持っているわ。」
「どうして持っているんだ?」
「それはわたし達の性質が影響しているわ。」
「性質?」
「わたし達は…戦闘種族なのよ。」
「…どこかで聞いたことあるフレーズだな。」
(ここの世界の人は尻尾が生えたり怒りに目覚めると髪が金色にでもなるのか?)
一瞬そんな事を考えてしまった。
「この世界に種族は、わたし達大地を司る『人族』の他に、天を司る『空族』、海を司る『清族』、光を司る『明族』、そして闇を司る『冥族』に分類されているわ。どの種族も生まれたときに体内に源炉と呼ばれる核が出来るのよ。その場所は人によって異なるけどね。」
(そういえばここにワープするときにウィンの胸の辺りから光が生まれていたな。)
「ウィンは胸のあたりにあるんだな。」
「なっ!なんで知ってるのよ!み、見たの?いやらしい目で見たのね?」
そう言うとウィンは両手で自分の胸を隠した。なにやら大きく勘違いされているようだ。
「違うって!さっき魔技使うときその辺が光ってたからそうかなって。」
「そ、そうね。たしかに瞬間移動のような大きな魔技を使うときは共鳴して光るわね。」
俺は慌てて説明するとなんとか伝わったみたいだ…助かった。
ウィンは「こほん」と一度咳払いすると話を元に戻した。
「それでその源炉を媒体として始源をエネルギーとして利用することで魔技が使えるわ。でも源炉は生まれてから十五年をピークに機能が維持できなくなっていくのよ。それは普通に食事するだけでは源炉を保つほどのエネルギーまでは補えなくなるのよ。がそのままだと源炉は完全に機能を停止して魔技が使えなくなるわ…それはこの世界の人にとって手足を失うのと同じだわ。」
「…そうかもしれないな。」
「そのため源炉の機能を停止させない方法が世界中で研究されたわ。それで数年を費やしてついに源炉に食事以外でエネルギーを供給する方法が見つかった…その方法が異種族との戦争すること…」
「戦争…だとっ!」
俺は思いもしなかった残酷な結論に道端にもかかわらず声を上げた。
おかげで周囲にいる人は何事かと俺達の方を見ていたが、俺にはそんなことを気にする余裕はなかった。
ウィンは慌てて俺を路地裏のほうへ押しやった。
そこでようやく気づいた俺は自ら奥のほうへと足早に向かった。
「ちょっと。目立つことしないでよ!」
「ごめん。」
「まあいいわ。わたしも軽率だったわ。」
素直に頭を下げて謝罪すると、ウィンは怒った様子もなく許してくれた。
そのまま裏路地を歩きながら話は続いた。
「戦争と言うとかなり物騒に聞こえるんだけど、実際には少し違うわ。戦闘などによって致命傷といえるダメージ…そうね戦闘が続行できないくらいのものを受けると、わたし達は強制的に自分達の領地へと転送されるわ。このときに赤い光が生まれるの。それが源炉を回復させるエネルギーになるのよ。勝者はこの光を自分の源炉に取り込むことができるわ。」
「…じゃあ敗者は死ぬわけじゃないんだ?」
「ええ。そればかり転送された方は調地へ到着すると、それまで受けていたダメージはなくなっているのよ…そのかわり一週間ほど戦争することを禁止させられるけどね。でも敗者にも少しエネルギーが補給されて源炉の機能低下を防ぐことは出来るわ。だから戦争することはお互いにメリットがあることだったのよ。今ではこの戦争のことを『聖なる光を求める決闘』という意味で聖戦と呼ばれているわ」
「なるほど…戦闘をしなくちゃいけないから戦闘種族ってわけか。」
「そうよ…で、そしてここが転送される場所よ。」
細い裏路地を抜けて広い道にでると、目の前には大きな建物がそびえ立っていた。
そこは一際目立っていた大きな教会だ。
近くで見ると、鮮やかな色のステンドガラスが中心に飾ってある。
開放されたままの本堂からは多くの人が参列できるような広さがありな奥行きを感じる。
そして教会にある広場は公園の言っても差し支えないほどに広く、中心には噴水が出来ている。
そこにはたくさんの人が集まっていて待ち合わせているようだ。それぞれが四、五人で構成されている。
ときおり教会の中から出てくる人はそのまま家族や友人と合流して教会を後にしていた。
「ここでみんな数人で待ち合わせをしたり、聖戦を終えた人を迎えに来たりしているわ。」
「なんか、人数多くないか。」
「そうね。生活に必要なものだけれど、これを職業としている人も多くいるわ」
「職業?」
「勝者が光を多く得られるのは説明したけど実はそれだけじゃないの。その光を多く取り込むことによって源炉の能力が強化されるのよ。」
「強化されるとどうなるんだ。」
「そうすると始源をもっと大量に使えて効率もよくなるわ。すると元々の魔技の威力が上がったり効果が長時間持続したりするのよ。さっきわたしが使った移動の魔技も移動できる距離が伸びていくわ。そしてその源炉の強さは国によってレベルが定められているの。最高でレベル7までなんだけど、4から国から報奨金が受け取れるのよ。それに聖戦以外でも、国が大々的に企画して大規模なイベントなんかも行われていたわ。」
そう説明していたウィンは当時を懐かしむような顔をしている。
戦争と聞いて嫌な感じがしたが、中身はそんなに悲惨なものではなかった。
(聖戦してレベルが上がる…負けてもペナルティがあるだけで死ぬわけじゃない…まるでゲームの世界だな)
俺は話を聞いてこの世界がどういうものか大体想像がついた。
この世界…シンビオシスは、ロールプレイングゲームの世界とよく似ている。
聖戦は戦闘。源炉の光は経験値。死んだら教会で復活。レベルが上がれば強力な魔法が使える…どれをとってもほとんど一緒だ。
しかしここまで話を聞いて一つの疑問が浮かんだ。
(どうしてウィンはこの世界に俺を召喚しだんだ…?)
聞いている限りならこの世界は平和だ。
懸念していた聖戦も、ここではスポーツのようなものなのだろう。
こんな世界で俺が召喚される理由がない。
ましてや俺は魔技が使えない…頭のいい彼女ならそのことは予想できていただろう。
でなければ初めて会った際に魔技について実演も交えて説明はしない。
…まあ移動の魔技をい使ったとき気が動転して忘れていたようだが。
俺ではせいぜい身体能力を使った力仕事くらいしか出来ないだろう。
だがそれも偶然の産物であって、ウィン自身も知らなかったことだ。
本来なら俺はここで何も出来ない役立たずだ…ならどうして?
理由を考えようとウィンとの会話を思い返した。
「まてよ…どうして過去形なんだ?」
俺は会話の中で引っかかった所を思い出した。
「聖戦することはメリットがあった…イベントが行われていた…じゃあ今は違うのか?」
そこを指摘するとウィンはうつむき、苦悶の表情を浮かべた。
「そうよ…。三年前の事件を境に中止せざるをえなくなったわ。」
「…俺が聞いてもいいのか?」
悲しそうな声で話すウィンを見ているとそこまで踏み込んでいいのかわからなかった。
「ええ。むしろトウヤに知ってもらわないと駄目なのよ。だってトウヤをこの世界に召喚したことに関係があることなんだから。」
「そうなのか!…わかった、続けてくれ。」
「ありがとう…それは聖戦中に起きたわ。ある二つの種族が戦っていると突然割り込むようにもう一つの種族が乱入した。聖戦にもルールがあって乱入などは認められていないわ。当然参加者はそれを注意した。しかしその瞬間に全員が急に身体に力が入らなくなりその場から動けなくなった……そして、そこにいた全員はその乱入者に一人残らず殺害されたわ。」
「殺害だって?致命傷を受けたら転送されるんじゃ…」
「本来ならそうなるはずだった。わたし達は源炉の力で自然から加護を受けているのよ。でも裏を返せば源炉の力が弱くなった時に致命傷を受けたら死んでしまうわ。」
「そうだったのか…じゃあ聖戦も危ないんじゃ…」
「でも弱くなる時って長期間エネルギーを供給しなかったり、聖戦に負けたときくらいしかならないのよ。負けたときなら一週間もあれば充分に元に戻るわ…これが一週間聖戦を禁止させられる理由よ。」
「なるほど…なら、戦ってるときは弱くなっていないよな?なのにどうして…」
「それは…」
ウィンが話の続きを話そうとした――そのとき
ドオォォォォン!
「なんだ?」「なに?」
二人は突如鳴り響いた爆発音に驚き、その音の先へ目を向けた。
すると教会の近くにあった城壁が一気に吹き飛んでいた。
飛び散った城壁の破片の中に木片も混じっている。おそらく門があった場所だろう。
「まさか、町にまで冥族が?」
「冥族…?さっき話していた種族の一つか…?」
俺はウィンに確認を取ろうと思ったが、彼女はそんな言葉は聞こえていないようだ。
ウィンは破壊されたところをずっと見ていたが、そこから出てきた乱入者の姿を目撃すると凍りついた。
「ま、まさか冥竜種…冥族最高位の種族じゃない!」
俺も釣られてその方向を見る。うん、なるほど…凍りついた理由も分かる。
「…竜までいるのかよ。ほんとゲームの世界だな…っておい!」
ちょっと待て!この世界には実在するのかよ!
体長は約五メートル…建物と比べてもあまり遜色が無い。全長はその倍になりそうだ。
その両手には鋭い爪を持っている…おそらく城壁を壊したのはこれで間違いないだろう。
その体躯は漆黒に染まり筋肉がかなり発達している、簡単な攻撃ではかすり傷ひとつつけることは困難だろう。
そして左右には黒曜石のような角、その中心には黄金色の角が生えており、大きな口からは鋭利な牙をちらつかせている。
瞳は血のように赤くに染まり、怪しく光を放っている。
そんな反則的な存在が町に侵入して暴れている…これはとんでもなくまずいじゃないか?
いきなり現れた招かれざる客に一瞬にして周囲は大混乱となった。
美しかった建物は爪によって引き裂かれ、無残な瓦礫へと変貌していく。
周囲の人たちは闇雲に逃げ惑うことしか出来なかった。
様々な光が交錯しているところをみると、魔技による攻防が繰り広げられているようだが状況は芳しくないようだ。
俺はこの現実離れした状況を見てなにもできずにその場で震えてることしかできなかった。
絶望とも思えるこの状況でウィンは不意に走り出した。
「そっちは危ない!すぐに避難しないと!」
慌てて俺は現場に行こうとする彼女を止めようと叫ぶ。
「私には民衆を助ける義務があるわ!あなたは先に逃げて!」
そう叫び返すとこちらを一度も振り返らずに走って、どんどん小さくなっていく。
その背中に感じる強い意志を感じ、それ以上は言葉をかけられなかった。
「はぁ~~~~~~。」
その姿が消えると、これ以上ないくらい大きなため息をついた。
「……まったく、勘弁してくれよ!」
俺はそうつぶやくと路地裏へと走っていった。