~3.俺にも変化があった(両方の意味で)~
しばらくするとウィンは頭を撫でていた俺の手を両手で握った。
そして俺の胸の前まで持っていくと少し名残惜しそうに俺の手を解放した。
「取り乱してごめんなさい。それと…頭、撫でててくれてありがとう。」
まだ俺の顔を直視することはできず、ちらちらを様子を窺っているようだ。
まだ目が少し赤いが、声はしっかりしていた…もう大丈夫だろう。
「まあ、なんだ…俺はおまえのこと嫌いじゃないから安心してほしい。」
「うん。…でもさっき…」
「それなんだけど!」
ウィンがまた落ち込みそうだったので、俺は慌てて言葉をさえぎった。
「俺はさっき魔技を知ったんだ。使い方も知らないのに魔技を打ち消すことなんて、そんなことできるわけないさ。」
「あ…。そうだったわ。」
どうやら忘れていたらしい。
ウィンは恥ずかしそうに下を向いてしまった。
そんなことも考えられないくらいに動揺していた…俺はそれが嬉しかった。
「と、とにかく!一体どうしてなのかしら?」
「ん~…」
少し強引に話を戻すと、俺達はお互いに原因を考えた。
どうやら俺はウィンの魔技を何らかの原因で打ち消してしまったらしい。
俺が見た感じでは、あのとき始源は俺の周囲に集まっていただけだ。
こっちにウィンが戻ってきたとき、彼女は青い光を放っていたことを考えると魔技を使用する際には始源を体内に取り入れる必要があるようだ。
しかし、どうして俺の中にはいっていかなかったのか。特別な方法でもあるのだろうか…
なんにしても俺にはまったく魔技の知識がないため何もわかるはずがなかった。
しばらく経つとため息を吐きながらウィンは両手を前に合わせた。
「ごめんなさい。わたしにもよくわからないわ。」
「とりあえず今は後回しにしよう。」
「そうね。でもそうなると…歩いていくしかないわよね。」
そういったウィンは明らかに顔が引きつっている。
…なんか嫌な予感がするぞ。
「なあウィン…あそこまでどれくらいあるの?」
「え~っと……歩いて一日くらい…かな?」
「うわぁ~…もしかして魔技以外の移動手段って…」
「…ここにはないわね。」
「デスヨネ~…」
その言葉を聞いて深くため息をついた。
一日歩くって、どれだけ遠いんだよ!
普通に考えれば大体数十キロはあるだろう…道理で顔が引きつるわけだ。
(考えてても始まらないよな…がんばれ俺!)
俺は自分自身を励ましながらゆっくりと歩き始めた。
「この道をまっすぐ行けばいいのか?」
「それで大丈夫だけど…」
「仕方ないな。俺は歩いて向かうからウィンは先に行って待っていてくれ。」
「えっ?ちょっと…」
ウィンは再び悲しそうな顔になった。先程のことを思い出したらしい。
「大丈夫、必ず行くから。」
俺はまたウィンの頭に手を置き、軽く撫でる。
さすがに彼女にこんな長距離を歩かせるわけにはいかない。
「…じゃあ、これを渡しておくわ。」
撫でられて気持ちが落ち着いたのか、ウィンは俺に銀のネックレスを渡した。
その中心には公園で目撃したものと同じ魔方陣と中心にエメラルドのような色をした宝石がついている。
「これは…?」
「魔法石よ。これを持っていればトウヤがどこにいるか分かるし、宝石の部分を押せば私と話をすることもできるわ。」
「なるほど…GPSのついた携帯電話か。」
「GP…?携帯…?」
「いや、なんでもない。とりあえず使ってみるか」
試しにウィンと少しだけ距離を取き、近くにあった木の裏に行ってから宝石を押した。
『わたしの声聞こえる?』
「おわっ!」
俺は経験したことのないところから声が聞こえてきて思わず驚いた。
耳から聞こえてくるのではなく、直接脳に響いているみたいだ。
(もしかして…声に出さなくても会話できるんじゃ…)
『そうよ。直接脳に言葉が届くから黙っていても会話はできるわ。』
「なるほど…切るにはどうしたらいいんだ?」
『宝石を軽く二回叩けば大丈夫よ』
「了解。」
言われたとおりに宝石を二回叩くと、ウィンの声は聞こえなくなった。
「よかった…これは使えるみたいね。」
安心した顔をしてウィンはこちらに近づいてきた。
「ああ。これで寂しがり屋なお嬢さんを泣かせずに済みそうだな。」
「なっ!ななななな…わたしは寂しがり屋じゃないわよ!」
図星をつかれたのか、否定している言葉とは裏腹に顔が真っ赤になっていた。
「はいはい。じゃあそろそろ向かうな」
俺はそういって再び自分のかばんを肩に引っ掛けた。
「もぅ!…分からないことがあったら連絡しなさいよね!」
「ああ。」
「それと、近くなったときも連絡してよね。」
「わかったよ。」
「それと…ちょっと心配になったり、不安だったりしたら…」
「いつでも連絡してきていいぞ!」
「うん。ありがとう…ってわたしが連絡するんじゃないわよ!」
「はいはい。」
俺は顔をニヤつかせながら手を振って丘の下へと歩き始めた。
ウィンは「本当かしら…?」とジト目で俺を見ていたが、やがて魔技をつかってその場から姿を消した。
振り返らなくても、青い光が見えたし気配が消えたのが分かった。
(まったく、本当に可愛いやつだな)
出会って少ししか経っていないのに何度彼女を可愛いと思ったことだろうか。
「さて、あんまり待たせちゃ泣いちまうからな」
俺は彼女の拗ねている顔を想像しながらなるべく早くいけるように走り出したのだが…
再び俺の身に信じられない事が起こったのだ。
――ちょっと待て!
今起きたことがわからない俺は走った勢いをすぐに止めて……着地した。
そう、それは比喩でもなんでもない。言葉の意味どおり着地したのだ。
それは一瞬の出来事だった。
俺は走ろうと足に力を入れ大地を蹴った。
すると信じられないような加速が生まれ俺の身体は宙に浮いた。
そしてまるで弓から放たれたように、俺の身体は矢の如く風を切っていく。
なんとか勢いを止めようと足を伸ばした。多少の怪我は逃れられないだろうと覚悟した。
地面に足をつけると、地面は削れて砂煙を撒き散らす。
数メートルほど後に砂煙は消え、俺は勢いを殺すことに成功した。
予想よりもはるかに身体に負担がない…どうやら怪我すらしていないようだ。
振り返ってみると、先程いた地点から数十メートルは離れていた。
(一体どういうことなんだ?)
この後、二回ほど同じ事をしたが結果は変わらず凄まじい速度で移動することができた。
(もしかしてこれは魔技か?)
こんな超常現象は俺の知っている中では魔技くらいなものだ。
しかし俺がそれを使えるわけがない。
ではウィンが俺に移動速度が上がる魔技でも使ったのか?
それは理由は分からないが俺はウィンの魔技を打ち消したのだ。それは考えられない。
(ちょっと試してみるか)
俺はその場でしゃがむと、垂直にジャンプした。
すると先程と同じように俺の身体は一気に加速して空へ舞い上がった。
自分の飛ぼうとした距離から約十倍ほどの高さまでいくと、勢いはなくなりそのまま地面へと戻される。
なんなく着地すると、今度は近くにあった岩のほうへ歩いていく。
大きさは大体普通のダンボールくらいか。
見た目から判断して成人男性一人分くらいの重さがありそうだ。
俺はそれを両手で持ち、持ち上げようと試みる。
すると思っていたよりも容易に岩は持ち上がった。
見た目よりもかなり軽く感じる…だいたい五キロくらいか。
慎重に岩を元の場所へと戻すと、俺の中にあるひとつの仮説が生まれた。
(ここは地球と重力が違うのか…?)
以前に重力が異なるとものの重さが変わると聞いたことがある。
おそらく地球よりも重力が小さいのだろう。地球の一割ほどくらいか。
それならば俺の身体能力が高くなったのも説明がつく。
とりあえずはその考えでいまのところ間違いないようだ。
(これはラッキーだな!これであんまり待たせずに済みそうだ)
自分の中で結論がでたところで、俺は再び足に力をいれる。
そして車のような速度で一気に丘を下りだした。
走り出してから数十分くらい経っただろうか、自分の移動速度にもすっかり慣れた。
その間ずっと走り続けているのに疲労感はほとんどない。
(そろそろかな。)
町の全体が見えてきたところで俺は胸のネックレスを握りしめて宝石に触れた。
すると数秒もかからずに応答があった。
『どうしたのトウヤ?な、なにかあった…の?』
つながるとすぐにウィンは不安そうな声で出た。
「いや、特に何か起きたわけじゃないんだ。寂しいじゃないかなって連絡したんだ。」
「ば、ばかじゃないの!寂しくなんかちょっとくらいしかないわよ!」
「ちょっとあるのかよ。」
「う…ち、ちょっとだけよ。一人で居るのつまらないんだもの。」
「ごめんごめん。…そんなウィンに朗報だ。」
『なに?』
「もうすぐ町に着くよ。」
「…はっ?なにいってるの?」
案の定ウィンは冗談だと思っている。まあ無理もないだろう。
「嘘のようだけど、本当なんだ。いまどこにいる?」
「…今は正門の前にいるわ。」
「ラッキー!分かりやすい。えっと……見えた!」
「えっ見えたって?ちょ、ちょっと……って、きゃあ!」
町の入り口付近の芝生に座っているウィンを見つけると俺は一気にジャンプして目の前に着地した。
思いのほか着地の際の衝撃が大きかったのか、俺を中心にして、円状に風が巻き起こった。
いきなり発生した風に驚いているウィンを尻目に着ているドレスのスカートが一斉に膨れ上がった。
慌てて手で押さえるがそれでも完全にはできず、端の部分はバタバタと音を立てている。
「もう、なんなの…」
「よう!水色なんて結構可愛いものはいてるんだな。」
「えっ!と、トウヤ?どうしてここに?それに水色って…?え、あ、にゃ……」
どうやら俺がここにいるので動揺したのか、言葉の意味を理解するのに時間がかかっだようだ。
羞恥心で顔が真っ赤になって身体が小刻みに震えているが、右手には強い力が宿っているようだ。
…まあいいもの見せてもらったんだ、ビンタくらいは甘んじて受けるか。
「この、バカぁぁぁ!」
「ぐはぁ!」
予想に反してウィンはその右手を閉じて拳を作り構えると、そこから鋭い一撃が俺の腹に突き刺さった。
まるでお手本のようなボディーブロー。俺は想像以上の衝撃にその場にうずくまった。
「い、いいものをお持ちで…」
「ふん。女の子の下着をみたんだから当然の報いよ。」
ウィンは両手を交差させて、うずくまる俺を見下すような視線で見ていた。
「…わるかったよ。」
俺は腹をさすりながら立ち上がると、手のひらを合わせて謝罪した。
「次はないわよ!肝に銘じなさい!」
「了解しました。」
「なら許してあげる…それでトウヤ。なんでこんなに早く着いたのよ?もしかして魔技が使えたの?」
「別に魔技は使ってない。ただ走ってきただけだよ。」
「は、走ってきたって…こんなに早く着くわけないじゃない!一時間も経ってないわよ。」
ウィンは信じられないような表情をしている。まあ普通に考えたらその反応は当然だろう。
「俺にも正確には分からないけど…どうやらここは俺のいた世界とは重力が違うらしい。」
「ジュウリョク?なにそれ?」
どうやらここには重力という概念がないらしい。
俺はとりあえず自分が知っている重力の説明をした。
どうやらそれはウィンにとって驚愕の事実だったらしい。
説明を聞いている間、何度も大げさに頷いたり、分からなければ首をかしげ分かるまで質問をしてきた。
「…というわけで、俺との世界より重力が小さいから速く動いたり、高く飛んだりできるんじゃないかと思う。」
一通り説明しおえると、ウィンは両手を叩いて拍手をした。
「すごいね!分かりやすかったわ。トウヤって説明が上手なのね。」
「そ、そうかな?」
素直に褒められてなんだか恥ずかしかった。
俺は指で頬をかきながらあさっての方向をむいた。
(…やっぱり昔から道場で教える機会が多かったからかな)
俺の家は元々道場をやっていて住んでいる地区では結構有名である。
その道場に中学まで通っていたので後輩の門下生に指導することが多かったため、教えるのは得意なほうだ。
「それよりも早く入ろうぜ!」
「あっ、待ちなさいよ!」
照れ隠しにさっさと先に行くと、ウィンは後ろから慌てて走ってきて俺の横に並んだ。
横目で見たがウィンはなんだかとても嬉しそうだ。
いくら身体能力が高くなったとはいえ一時間も走るのは結構疲れた。
でもおかげでこんな笑顔を見ることができた…急いだ甲斐はあったな。
自分の中で達成感に浸りながら歩く速度を少し緩めて町の門へと足を運んだ。