~2.この世界には魔法があるらしい~
数分後、彼女はなんとか話が出来るくらいに落ち着いたようだ。まだ顔は少し赤かったけど。
「大丈夫か?」
「うん。すこし待たせちゃってごめんなさい。」
「いや、俺の方こそすまなかった。」
「ううん私の方こそ動揺しちゃって……ってやめましょう。話が進まなくなるわ。」
「そうだな、この話はもうやめるとして…色々聞かせてもらっていいか?」
俺はそういうと再び立ち上がり近づくと、彼女と正面から向き合うような形になった。
彼女はそれだけで意図を察したのか彼女も正面から向き合った。
なるほど…彼女は可愛いだけではないようだ。
「話を始める前に自己紹介をするわね…わたしの名はウィンヒール・アロウント。あなたを案内するように国から派遣されてきました。よろしくお願いします。」
「そうなのか…俺は蒼井燈矢。よろしくなアロウントさん?」
「ウィンでいいわ。」
「わかったウィン。俺も燈矢でいい。」
「ええ。わかったわトウヤ。」
お互いに遅い自己紹介をして、俺とウィンは互いに笑った。
「…なんかトウヤとこうして話すの初めてじゃない気がする。」
「ウィンもなのか?俺もそんな気がする」
お互いに同じ事を感じているとは思ってなかったのか、俺達は目を丸くして見つめ合った。
俺もウィンと話すのは今日が初めてでないような気がしていた。
話すとなにか安心する…まるで古くからの友達と話すような、そんな不思議な感覚だ。
(そういえば初対面で敬語を使ってなかったのってウィンが初めてだな)
昔から祖父の道場で稽古をしていた俺は、初対面の人と話すときは必ず敬語で話すようしつけられている。
今ではそれが習慣化しているのにも関わらずウィンには敬語を使いたくなかったのだ。
「まあいいわ。とりあえず…この世界…シンビオシスについて説明するわね。」
「シンビオシス…ここはどこなんだ?」
「ここはトウヤがいた世界とは別の次元に存在する世界。詳しくはわたしも分からないんだけど…基本的な生活習慣はトウヤの世界とあまり変わらないみたい。それに生きていくのに必要なもの…食糧とか酸素とかはここも同じだから大丈夫。」
「それはよかった…。」
どうやらこの世界にいるだけで死ぬような事態にはならないようだ。
とりあえずはそれが知れたので続きの説明をしてもらうことにした。
「でもトウヤの世界と違うところも色々あるのよ…一番、違うのは私達シンビオシスの生き物は「魔技」…トウヤの世界で言えば「魔法」が使えるのよ。」
「あぁ~…なるほどね。」
「あら?あまり驚かないのね。」
どうやらウィンは驚くと思ったらしく、ちょっと意外そうな顔をしていた。
「あれを見てれば、ね。」
俺はそういうとおもむろに空を指さした…その指の先には浮かんでいる島があった。
「俺の世界じゃ浮かぶ島なんて見れないからな。あんな大きな島を浮かす事なんて百年後でもまず無理だと思うし。」
「そうね。ちょっと驚くの期待してたんだけど…残念。」
そういうとウィンは可愛らしく舌を見せた。
…なんつう破壊力だ。心臓が高鳴ったじゃないか。
俺は一旦呼吸を整えて自分自身を落ち着かせた。
「その「魔技」ってのは一体どういうものなんだ?」
「う~ん見てもらったほうが早いかも。トウヤちょっとこれを見て」
ウィンはしゃがんで大地に手を置くとそっと目を閉じた。
すると地面からゆらゆらと緑色の球体がいくつも浮かび上がり、ウィンの周りを飛んでいる。
「これは「始源」といって、この世界に存在する自然に生み出されたエネルギーよ。それで…」
ウィンは立ち上がり人差し指を立てると、始源がその場所へ一気に集まった。
やがて全てが指に集まると軽くくるっと回した。
すると指先から光の玉が生まれて発光し、白く輝きだした。
「おおっ!」
俺は思わず声を上げた。
こ、これは面白いな。なんかすっごくワクワクしてきた!
好奇心の塊である俺にとってこの現象を目撃して興奮が抑えきれるわけがなかった。
「まったく、キラキラした目しちゃって…ちょっと可愛いわね。」
その様子をみてウィンは優しく微笑んでいたのだが、俺はそのことに気がついていなかった。
「と、このように魔技はこの始源を活用する技法のことよ。」
「なるほど。これはすごいな…他になにができるんだ?」
「そうねぇ…他にも火や水を作ったり、雷や風を起こしたり、怪我や病気を回復させたり…色々できるわ。」
「うわっ!なにそれすげぇ便利だな。」
「そうね。わたし達の生活には欠かせないものよ。」
「俺も使いてぇな…できるかな?」
「えっと、呼吸するのと同じように誰かに教わらなくても使い方がわかるというか…う~ん感覚に近いから難しいかもしれないわ。」
ん~もしかしたら俺も使えるかもしれないな…もっと魔技について詳しく聞きたいけど今は後にしよう。
今はそれよりも聞きたいことがあったので好奇心を無理やり抑えた。
…後でウィンに教えてもらおう。
「ごめんなさい。話を脱線させちゃったわ。」
「大丈夫。俺もかなり興味があったから。」
「そう?それじゃ詳しいことはまたあとでね。」
「わかった、あとで魔技について百時間ほど頼むな。」
「ええ。後で百時間…って長っ!わたしそんなに語れないわよ!」
「わるい。じゃあ四日間くらいでいいよ。」
「四日間ね。まあ、それならなんとかいけるわ…ってほとんど変わってないじゃない!」
「ノリツッコミか…やるな、ウィン。」
「嬉しくもなんともないわよ!もうっ」
ウィンはそういうと頬を膨らました。どうやら怒っているようだ。
やばい、ウィンをからかうのすごく面白いしコロコロ表情が変わるウィンは可愛い。
はやくも癖になってしまったかもしれない。
(まずい。また話が脱線しそうだ)
俺は自分の左拳を胸の中心に置き目をつぶり、そのままの状態のままじっとする。
数秒の後、置いた左拳で胸を二回叩くとゆっくりと目を開けた。
「えっ、どうして…?」
ウィンは信じられないといった表情で俺を見ている。
「これは昔から俺が集中するときの癖なんだ。自分流の精神統一という感じだな。」
これをするとなぜか心が落ち着き、気持ちを切り替えられるのだ。
よく大会などの前には必ずこれをしている。
「そ、そう。偶然…よね。」
ウィンはそうつぶやくとなにやらブツブツと独り言を言って、やがて小さく頷いた。
俺にはどういう意味かあるのかわからないが、とりあえず今はほうっておくことにした。
「本題に入ろうか。」
「は、はい…」
ウィンはいきなり雰囲気が変わった俺に驚いたのか目をまんまるにしている。
戸惑うのも仕方ない。集中している俺は別人のようだとよく言われる。
そのせいでまじめにやってないのがばれて、部長によく怒られているが…
「聞きたいことがある。」
「ええ。大丈夫よ?」
どうやら彼女は適応能力が高いらしく、早くも落ち着いたらしい。
…せっかく落ち着いたウィンには申し訳ない。
俺は確信を持って彼女に尋ねた。
「ウィン。……どうしてきみは俺をこの世界に呼んだんだ?」
…その言葉を発した瞬間、彼女の顔から光が消えた。
「なっ!なんでわかっ…」
ウィンは動揺したのだろう。思わず声をあげてしまった。
慌てて口をふさいだがもう遅かった。
俺はそれをみておもむろに空を見上げた。
(やはり予想していたとおりだったか…)
そう、判断できる材料はいくらでもあった。
いくら魔技があるとはいえ、こんな人気がない高い丘の上ですぐに人にあえるわけがない。
さらに言うならこんな場所にドレス姿のような軽装の女の人がいるわけない。
それに俺の世界のこともある程度知っていたのもおかしい。案内するだけなら異世界のことを知る必要なんてないのだ。
ウィンを見ると身体は硬直し、なにかを堪えているようなそんな苦痛の表情が見て取れる。
よくみると身体が震えていた…が、それでも彼女は俺から目を離さそうとはしなかった。
「…そうよ。私がトウヤをこの世界に召喚したわ。」
そしてその弱々しくもどこか強さを感じさせる瞳を向けながら、彼女は肯定した。
「…理由聞かせてもらえないか。」
「ええ、ちゃんと話すわ。でもここじゃだめよ。」
「そうなのか?」
「ここはわたしたちにとって神聖な場所なのよ。こんなところにいるってバレたら色々面倒だわ…そうね。見てもらったほうが早いし、あそこへ移動しましょう。」
ウィンは丘の先に目を向けた。
つられて俺もその方向をみると、丘のふもとに町があるのがわかった。
遠目からではよく見えないがかなり大きい。中央に白い西洋の城に似た建造物があり、その周囲に建物がひしめいている。
そしてその全体を守るかのように壁が町全体を覆っている。
中世のヨーロッパを感じさせる、美しい町並みである。
再びウィンを見ると目を閉じて祈るように両手を握り目を閉じていた。
すると始源はウィンの胸のあたりに集まり、全体に広がるように青く輝きだした。
その幻想的な光景はまるで一枚の絵のように感じるほどで…俺は思わず見とれてしまった。
不意にウィンが目を開き両手を広げると俺の方にも光が飛び交い、やがて俺達の周囲は青い光で覆われていった。
この現象は俺がここに来たときと似ている… これであの町までワープするということなのだろう。
俺は慌てて横にあった自分のかばんを背負った。
「それじゃ、行きましょう。」
ウィンが天に手をかざすと、光は輝きを増して一帯に広がると、身体が一瞬にしてその場から消えた。
――ウィンだけ。
「うおぉい!」
予想外すぎる出来事に、俺は思わず大声で叫んだ。
(今、流れ的にワープするよね?しなきゃおかしいよね?)
この状況でまさかの置いてけぼりである。さすがにそれはありえないだろう!
「こんなの絶対おかしいよ…」
俺はこの理不尽な仕打ちにブツブツと独り言を言いながらその場に崩れ落ちた…しばらく立ち直れないかもしれない。
それからしばらくすると俺の周囲に再び青い光が出現した。
そして光が集まると人の形となり、収束するとそこにはウィンの姿があった。
(助かった!)
内心、かなり嬉しくなってすぐにウィンの元へと駆けつけた。
しかし笑顔で駆けつけた俺とは裏腹にウィンの表情はすごく悲しそうだった。
「…私のことが嫌いなの?」
小さく声を震わせながら、ウィンは俺の顔を上目遣いで見ている。
よく見るとウィンの瞳にはうっすら涙が溜まっていた。
なんだか分からないが、ものすごい罪悪感が俺を襲ってきた。
「はっ?ちょっとまて!…どうしてそうなる?」
「だってぇ…私の魔技を打ち消したじゃない…一緒に来るの嫌なんでしょ…そうよね、勝手にこっちの世界に呼んじゃったんだもんね…」
「まてまてまてまて!ちょっとウィン。落ち着いてくれ!」
「わたしは落ち着いてるわよ~…ぐすっ」
「だぁ!泣くなよ。なっ?」
俺はどうしていいか分からず、こどもをあやすようにウィンの頭を優しく撫でた。
「な、泣いて、ないわよ!」
本人は泣いていないと抵抗してきたが、撫でている行為にはなんの抵抗を示さなかった。
(さっきはあんなに強い瞳をしていたのに…ほんとに同一人物かよ)
人のことは言えた義理ではないが、先程とのギャップが激しすぎる。
でも、まあ…容姿を見てもまだ幼さが残っている。
この姿が本当の彼女かもしれない。
(…色々と抱えているのかもしれないな)
異世界の人間を召喚するほどだ。まだ聞いていないがよほどの理由があるのだろう。
その理由は俺にとって不利益なことばかりかもしれない。
しかしどんな理由であっても彼女のことは嫌いにはならないだろう。
そう確信しながら俺は彼女の頭を撫で続けた。