~14.おれ は めをさました!~
「ん…」
ふと俺の顔を優しい風がなぞった。
それに気づくと自分の意識がゆっくりと覚醒する。
閉じていた瞳をひらくと、目に入ったのは白い天井と少し開いている窓からひらひらと舞い上がるカーテン。
先程の青空と違う…今は何処かの建物の中にいるのだろう。
「ここ…は…?」
そうつぶやきながらゆっくりと上体を起こした。
起こすときに触れた床からは軽く反発があり、身体には薄い布がかけられていた。
よくみると天井やベッドの仕切りに使われているカーテンなど、どれも汚れのない美しい真っ白に統一されている…ここは病院みたいだな。
自分の服装も制服ではなく、バスローブのようなものを着ている。
おそらくここで寝ていたのは数時間とかではなさそうだ。
戦闘を終えてから一体どれくらい時間が経過しているのだろうか。
今の状況を知る必要がありそうだな。
「さて、…くっ!」
起き上がろうと身体を動かすが、急に鈍い痛みが駆け巡った。
突然の出来事に思わずその場でうずくまった。
一旦落ち着いて自分の状態を確認することにした。
…痛みは身体のいたるところから感じる。
特に痛いのは右肩…やはり無茶をしすぎたようだ。
(久しぶりに剣をふるったんだ。こうなるのは仕方ないよな)
むしろこれだけの代償で済んだのは僥倖だろう。
全身の痛みもそんなに酷くはないし、右肩も今回のように無理をしなければ大丈夫そうだ。
「よし、いける。」
今度はゆっくりと身体を起こした。
そして床にあるスリッパを履いて立ち上がると、仕切りのカーテンをゆっくり開けた。
するとそこには白衣を着て眼鏡をかけている女性がいた…ルヴィアだ。
元々美人である彼女に白衣姿は似合っている。
知性の中に大人の色気のようなものを感じる。男なら一度は考える「保健室の美人な先生」というイメージにぴったり当てはまる…まあ見た目はだが。
彼女は俺が起きたことに気づいていないらしく、「う~ん」と様々な色が付いた薬品を見比べている。
周囲にはビーカーやフラスコの中に色とりどりの液体が入っている。
そのほかにはバーナーなどで熱せられてぶくぶくと泡を出しているものや、二色の液体が投下されて別の色へと変化しているものもあった。
見たことも無い機器が所狭しとひしめき合い、それぞれがせわしなく動いている。
…どうやら予想は外れたようだ。
これは病院というよりも実験室といったほうが正しい。
というか、俺は実験されていたわけじゃないよな?
相手が相手なだけに嫌な予感がしてきたぞ。
「お、おはよう!ルヴィア。」
いつもよりも若干声を大きくして俺はルヴィアに声をかけた。
嫌な予感を払拭するかのように明るい声で話しかけたのは…まあ、気にしない。
「ん~…、えっ!燈矢様?」
よほど集中しているらしく返事をするだけで顔を向けなかった。
しかし何かに気づいた様子で急に振り向くと俺の顔を確認すると大きな声で俺の名前を叫ぶと、座っていた椅子を盛大に倒した。
「…生きて、る?」
「ん?普通に生きてるけど。」
なんだ?この生存確認…
まさか嫌な予感が的中したわけじゃないよな。
俺はとっさに両腕を前に出し、注射等の痕跡がないかを確認した。
どうやらそういうものはされていないようだ。
「しんじ…られない…」
一方のルヴィアはそうつぶやいた後、俺の顔を呆然と見つめたまま固まっていた。
どうやら息をするのを忘れているようだ。
「え~と…どうしてそんなに驚いているか説明してもらえる?」
とりあえず状況がわからないので、俺は彼女に説明してもらおうを現状を尋ねることにした。
すると彼女は目を覚ましたらしく、大きく深呼吸をして自分を落ち着かせた。
「…燈矢様が意識を失われてから、すぐにわたくしは回復の魔技を施しました。しかしなにも反応がありませんでした…その後ここに連れて来てから様々な医療のエキスパートにお願いしましたがいずれも回復せず、源炉が壊れたと判断されました。」
…やはり俺に効果がある魔技は攻撃関係だけか。
(回復もできないのかよ…少し期待してたのに)
俺は右肩を見ながら小さなため息をついた。
「源炉が壊れるとどうなるんだ?」
「そうなると二度と目覚めません。ですが身体が死んだわけではありません…ようするに心臓だけが動いている状態になります。」
(なるほど、植物状態といったところか)
その理由ならルヴィアが驚くのも無理はない。
誰だってその状態から復活することなんて夢にも思わないだろう。
…ん?なんか前に聞いたのと違うような気がするぞ。
「でも源炉の機能が停止すると魔技が使えなくなるだけじゃないのか?」
「ど、どうしてそのことを知ってるのですか?」
さらっと気になったことを言ったつもりだけど、彼女は驚いたらしく大きな声をあげた。
「ウィンから聞いたんだよ。」
「な、なるほど…そうですか。」
「ああ。」
「…ウィン様はこの男にこんな大事なことまで教えていたなんて…やはりこの害虫は生かしておかなければよかった…」
「ちょっと待て!今なんか物騒なことつぶやいたよな?小さな声で凄いこと言ったよな?」
「やはりこの害虫は生かしておかなければよかった!」
「大声で言い直すな!」
なんだろう、うん。この殺意は冗談ではない気がする。
やはりなにか実験されてるんじゃないのか?…こう、人体の発展のための尊い犠牲みたいな体で。
「…まあ、それは決定事項だとしまして…そのことはかなりの機密事項です。他言しないでください。」
「決定なのかよ…わかった。約束する。」
「えっ、生かさなくていいと約束してくれるのですか?」
「そっちじゃねぇよ!」
「まあ知ってましたけど。」
こいつ…戦ってた時も思ったが俺のこと相当嫌いだよな。
「しかし…ウィン様のおっしゃられたとおりでしたね。」
「ウィンがどうかしたのか?」
「いえ、源炉が壊れたと判断されたとき、みんなが落胆する中ウィン様だけが「いずれ目を覚ますわ」とおっしゃられていたので…」
「まあ、そうだよな。」
なんせウィンは俺を異世界から呼んだ張本人だ。
元々源炉なんてものは無い事を知っているからな。
「あの冥竜も倒すほどの能力に、源炉が壊れても動けるって…本当にあなたは何者なのですか?」
「ごめん、それはまだ秘密だ。」
「…わかりました。ウィン様にも秘密といわれましたし。詮索はもうしません。」
「すまない。」
「ほんとうですよ…わたくしががんばっていた意味が無いじゃありませんか…。」
謝った後に彼女はうつむいたまま視線をそらし、俺に聞こえないような声でつぶやいた。
(…聞こえているぞ、ルヴィア)
まあルヴィアをみれば一目瞭然だ。
よく見ると髪はボサボサで艶がなくなっている。
それに目の下にはくまが出来ている…これじゃせっかくの美人が台無しだ。
おそらくこの部屋にずっと引きこもっていたのだろう。
「ありがとう。」
「な、なにがですか?」
「俺のために色々頑張ってくれたんだろう?それに対してお礼が言いたくてな。」
「な、なななんのことですか?わたくしは燈矢様を監視するためにここに置いていただけですから!」
どうやら嘘は苦手のようだな…素直じゃないやつ。
俺はそんな彼女を見ながら嬉しくなった。
「そういえば、あいつは大丈夫なのか?」
「あいつ?」
「リムだよ、リム。」
「あっ、リムリス・ハドイース様のことですね?元気にしていますよ。」
「はぁ。よかったぁ~…」
俺は安堵して息を大きくはいた。
どうやらウィンが約束を守ってくれたみたいだ。
「そうですね、色々ありますし一旦お二人にお会いしたほうがいいでしょう。」
そういうとルヴィアは席を立ち、奥の部屋へと向かった。
ものの数十秒で戻ってくると、彼女の手には見覚えのある服が置いてあった。
それは俺が着ていた制服だ。
「これを着て、あちらから出て一番奥の部屋へと進んでください。」
「わかった。」
俺は彼女から制服を受け取ると、着替えるために一旦寝ていた場所へと戻った。
着ていた服を脱いで制服へと袖を通すと、ある違和感に気づいた。
(破けたところが全部元に戻っている?…)
あれほどの激しい戦闘をしていたのだ。服は様々な汚れがあり、破けている箇所も少なくなかった。
それが全てなくなっていて、アイロンもかけたようにしわも伸びている。
よく見ると所々に縫い目があり、修繕された箇所がいくつもある。
俺はそれに気づいたときに一瞬彼女のほうを見た。
彼女は俺の視線には気づかずに分厚い本を読んでいた。
耳の付近で、見たことのある光が発せられているところから誰かと念話しているのだろう。
その机の片隅にはソーイングセットと制服によく似た色の生地が置かれていた。
「へぇ~…」
俺はそうつぶやくと再び視線を戻して着替えを再開した。
着慣れた服なので一分もかからずに身支度を整えると、先程教えられたドアへと向かった。
彼女はこちらを気にする様子も無く、本に視線を落としたままだ。
「じゃあ、いってきます。」
「どうぞ。お二人に粗相が無いようにお願いしますね。」
「はいよ。…あ、そうそう…この制服を直してくれた人に言っておいてくれ。」
「…なにをですか?」
「直してくれてありがとう…それと心配してくれて嬉しかったよ。金髪美人さんって」
「えっ!と…燈矢様?気づい…て…お、お待ちください!」
顔が一瞬で真っ赤になった彼女を見て笑いながら、反撃を受ける前にそそくさと部屋を後にした。
いつも読んでいただきありがとうございます!
大変お待たせいたしました…ようやく私生活が落ち着いてきました。
まだネット環境が整っていないので、いままでよりも更新するのが遅れますが
なんとか更新していこうと思います。
次回の更新は5/14 21:00を予定しています。
次回も宜しくお願い致します。