~12.ここにきてまさかの新(?)キャラ登場~
二人の無事を確認した後も冥竜と戦い続けているが、戦況は一向に変わらない。
俺の方は何度も攻撃を与えているものの、威力が足りずに瞬時に回復されてしまう。
冥竜の方は爪や牙、尻尾といった物理攻撃に加え、火球での魔法攻撃を行うも全て攻撃は回避され一撃も与えられない。
互いに決定打に欠けたまま時間だけが過ぎていく。
「くっ…まずいな。」
このままだとどう考えても持久戦になる。
こっちはまだ体力に余裕があるが、問題は右肩だ。
おそらく初めの一撃が引き金になったのだろう…激しく動くたびに痛みが増してきているようだ。
一方の相手もまだ源炉は健在で、火球と回復の魔技に衰えは感じられない。
今の状態なら確実にこちらが先に動けなくなるだろうな…って
「うわっマジかよ。」
考え事をしていたら、いつの間にか数個の火球が俺目掛けて飛んできていた。
「節約していかないとな。」
俺は剣を構えた状態のまま、火球が接近してきてもその場から動かなかった。
そして着弾寸前に火球が一列に並ぶ瞬間を見極め、横一線に大きく剣で斬りつける。
するとたった一撃で数個の火球は見事に切断され、数メートル後方で連続して爆発した。
「ったく。考え事しているときの攻撃はマナー違反だろ?」
火球を放った本人を指差して忠告した。
しかし冥竜はそんなことは知らないとばかりに一気に俺との間合いを詰めると、左腕を勢いよく振り下ろしてきた。
「だからさっきみたいに空気読めよ!」
俺はその攻撃を身体を回転させて避けると、その回転と遠心力を利用して伸びきった腕を鋭い一撃をお見舞いする。
切断とまではいかないがかなりの深手を負わせた…手ごたえありだ。
俺はチャンスとばかりにその勢いを保ったまま、息をもつかせぬ連続攻撃を浴びせる…が、三撃ほど与えたところで再び火球の嵐が襲い掛かってきた。
とっさに右手で冥竜の腕に掌底を当ててその場から離れ、連続攻撃の対象を火球に変更した。
全て消滅させた頃にはやはり傷は癒えてしまい左腕は完全に元通りになってしまった。
「ちっ。ズルイにも程があるよな!」
このパターンは先程から多く見られていた。
相手の攻撃を利用してカウンターを繰り出すも、追撃は火球の連発によって潰される。
もしかしたら俺には魔技が効かないのならあの火球は効かないのでは…?
などと一回考えてもみたが、火球を斬る際に火傷しそうなくらいの熱量を感じているため、大丈夫だったとしてもそんな自爆に近いようなこと試したくない。
まったくあの火球は厄介だ…ん?火球だけ?
「そういえば何で防御魔法を使わないんだ?」
俺は冥竜が火球しか使わないことに疑問を覚えた。
普通に考えて相手からの攻撃を防御するためにバリアみたいなのを使うんじゃないのか?
見たことは無いが、まあそういう魔技は間違いなく存在するだろう。
たしかあいつは…ウィンは冥族で最上位の種族とか言ってたよな。
そんだけ優秀な種族ならできると思うけど…
「それに、あいつは何で話したりしないんだろう。」
最上位なら確実に多種族と交流する機会は多かっただろう。
そう考えると口であれ念話であれ必ず共通の言語が必要となる。
でもあいつは「ぐおお!」とおたけびしかあげていない。
あんな感じどっかで見たことあるような…
「まさか、暴走?」
…いやいや、さすがにそれはないって。シンクロ率とかそんなの関係ないだろ。
変な独り言が出たな…俺、疲れてきてるのかな?
――おね…。あた…のこ…いて。
ん?なんか変な音まで聞こえるな。
俺は軽くこめかみあたりを二、三度叩いた。
――おねが…。あた…のこ…どいて。
どうやら叩いても治らないみたいだ。
しかも悪化しているのか、なんだか女性の声にも聞こえてきた。
……っておい!もしかしてあれか?
俺はとっさにウィンからもらった魔法石を取り出して見ると、淡く緑色に光っていた。
(…もしかしてウィンからの電話か?)
とりあえず習ったとおりに一度宝石を叩いて出てみることにした。
『お願い。あたしの声、届いて!』
「はい、もしもし?」
『やったぁ!つながったよ!』
聞こえてきたのは可愛らしい声だった。
だが俺はそんな声の持ち主に会ったことがないな…とりあえず聞いてみるか。
「えっと、どちら様ですか?」
『あっ、ごめんね。あたしはあなたの前にいる人だよ。あと敬語じゃなくてオッケーね!』
このお嬢さん(仮)、随分フランクに話しかけてくるなぁ。
まあこっちも敬語じゃない方が話しやすそうだな。
そう言いながら軽く周りを見たが誰もいなかった。
「…じゃあ、えっと。俺の前に誰もいないけど?」
『え~、ちゃんと見てよ!ほらぁ』
俺は逃げ遅れたのではないかと考え、今度はもっと注意深く周囲を観察した。
それでもウィンとルヴィアが遠くにいるだけで他に誰も見当たらなかった…まあルヴィアが全員を避難させた後なので当然といえば当然か。
「よく見たけど誰もいないぞ。」
『ここにいるよぉ!こんなに近くにいるじゃん!なんでわからないかなぁ?』
すまん、お嬢さん(仮)。これ以上付き合っている暇はない。
「ごめん。今俺ちょっと戦闘中だから後にしてもらっていいか?」
『だから、その相手があたしだって!』
「…はっ?」
このお嬢さん(仮)、さらっととんでもないこと言ってないか?
…聞き間違いだよな。
「もしかして…そういう設定とか?」
『ちがうよ!あたしそんな痛い子じゃないよ!』
「もしかして…透明人間とか?」
『ちゃんと見えるよ!透けてなんかいないもん!』
「もしかして…だれ?」
『もぉ~!あなたと戦っている竜があたしだよ!』
「……マジ?」
『マジもマジ。大マジだよぉ!』
聞き間違いじゃなかった…だと?
「俺の知ってる竜がこんなに可愛い声なわけがない!」
『なんかのタイトルっぽいねっ!』
「んなこといいから、話しながら攻撃してくるの止めろよ!」
俺はつい苛立ちを隠せずに、大声を出した。
実はこの冥竜…お嬢さん(仮)は、会話してる間も休みなく攻撃をしてきているのだ。
おかげでこっちは避けながら返事しながらで大変だっての!
『ごめんね。それ無理なんだ。』
「なんでだよ?」
『だって…殺したいほどあなたが大好きなんだもん!』
「ちょっ…ヤンデレじゃねぇか!」
ほんとそれシャレにならない…って言ったそばから火球を連射してくるなよ!
もしかして本気なのか?俺どこかでフラグ立てたか?
「ま、ままままあ、あれだ。一旦落ち着こうぜ」
『まあヤンデレは嘘だけどね。』
「性質が悪い!」
『あはは、君と話すの面白くってつい。誰も気づいてくれなかったから。』
「勘弁してくれよ…」
『どうして君にだけ繋がったのか分からないんだけど…ほんとうによかったよ。』
さっきまで人をからかっていた彼女から発せられたその言葉は、俺を一瞬沈黙させるには充分な想いが込められていた。。
『でも本当にあたしの意思じゃ止められないんだ…』
その間にも冥竜からは両手にある鋭い爪をぎらつかせ、俺を目掛けて何度も切り裂いてくる。
俺は「清流」を使いながら受け流しつつ、冥竜との距離をあけた。
「どうしても出来ないのか?自分の体なんだろ?」
なんとか間合いが取れたところで俺はお嬢さん(仮)に再び話しかけた。
『うん…何度やっても駄目なんだよ。自分の意思とは関係なく動いちゃうの。』
「そうか…」
『みんなに迷惑かけちゃってるよね…本当にごめんね。』
口調こそそのままであったが声が震えているのを隠しきれていなかった。おそらく泣いているのだろう。
そんなことに気づいたら黙ってなんかいられないよな。
「ちょっと、冥竜種のお嬢さん。」
『そ、その呼び方は嫌だよぉ、ちゃんとリムリス・ハドイースって名前あるもん!』
「リムリス…リムでいいか?あ、いまさらだけど俺は蒼井燈矢。呼び捨てでいいよ。」
『オッケーだよ。あたしはトウって呼ぶね』
「ああ。それでいいよ。話は戻すけど、リム。俺は何を手伝ったらいいんだ?」
『へっ?どういうこと?』
どうやらお嬢さん(仮)…改めリムは俺の言っていることが分かっていないようだ。
「だってリムは誰かに自分の声を伝えたかったんだろ?」
『そうだよ。』
「だったらそんなの状況見たら「自分を助けてほしい」ってことに決まってるだろ。それで何したらいいんだ?」
『ほ、ほんと?手伝ってくれるの?』
リムは先程とはまったく違って不安そうな声でびくびくしながら話した。
小動物っぽくて可愛いな…まあ、あの体格を見たら一瞬で前言撤回したが。
「ああ。この戦闘も終わるし俺にとっても都合がいいからな。」
『ありがとう!お願いしたいのは、あた…ま……の……』
「お、おい!どうした?」
いきなり電波(なのか?)が悪くなったのか、急にリムの声が聞こえなくなった。
グオォォォォ!
それに反比例するかのように冥竜は、右手を天にかかげてながら大声量のおたけびをあげた。
その間に俺は何度もリムの名を呼んだが、一向に返事は返ってこなかった。
「…どういうことだ?」
今の状況が分からない。とりあえず俺は後方へ飛び退き、冥竜との距離を先程の倍くらいに取った。
…一旦、状況を整理しよう。
まずリムの話を信じていいのかどうかだ。
彼女の言うとおりなら彼女は自分を制御出来ない状態である。
その間にハムアンレイス内への侵入、街の建物を次々に瓦礫へ変貌させる破壊活動、警備隊を中心に人族への襲撃…もし意図的に彼女がしていたのなら絶対に許されない。
もしかしてそういうことにして言い逃れるつもりではないのだろうか?
(いや、それはありえないだろうな)
現状の戦闘では俺とほぼ互角、もしくはあっちが少し優勢であるだろう。
負けがはっきりと見えていないのにそういうことを話すとは思えない。
なによりリムが嘘を言っているように思えない。
するとどうして彼女は自分の身体を制御できないのだろうか。
どうやらリム本人では解決できないことだろう。皆にメッセージを配信していたことから間違いない。
そしてどうして俺にしか繋がらなかったのか…
俺なんか魔技が使えない男だ。奇跡的に魔法石を持っていたから受信できたが、他の人は彼女のメッセージを余裕で受信できるだろう。
にもかかわらず、受信できていなかった。
それにどうして急に聞こえなくなったんだ?
…わからねぇ。なにかきっかけがあれば…
『もしもし、トウヤ、聞こえる?」
不意にリムとは違う声が俺の耳に入った…その声には聞き覚えがある。
「ようウィン。寂しくなったから連絡してきたのか?」
『そ、そんなことないわよ!』
つい先程までに似たやり取りだが、なんだか少し嬉しかった。
なんか少ししか経っていないのにその声が懐かしい…もしかして俺のほうが寂しかったのかな。
『そんなことより、今冥竜と戦ってるわね?』
「ああ。随分情熱的な愛情表現をされているよ。」
『愛情表現?』
「なんか俺のこと殺したいほど好きなんだと。」
『バ、バカじゃないの!』
先程のリムとのやり取りを話したら何故か怒られた。
まあこの状況でこんなのやってたら普通怒られるよな。
『それで、どんな状況なの?』
「とりあえず攻撃しても致命傷は与えられないな。こっちもパターン入ってるからダメージを与えられることもほとんど無いだろう…完全に持久戦だな。」
『パターン入ってる?』
「物理攻撃と火球だけだ。それの組み合わせだから回避するのは楽って事だ。」
『やっぱりね…』
「やっぱり?」
ウィンはこの状況になっていたことを想定していたかのような口ぶりだった。
あっちからはほとんど見えないはずなのにどうして分かるんだ?
その疑問はすぐに解決した。
『トウヤ、よく聞いて…冥竜は操られているわ!』
「操られている?」
『そう。冥竜種は冥族のトップよ?火球しか使わないなんてありえないわ!』
「ああ、それは俺もおかしいって感じてた。」
どうやら俺の疑問は正しかったようだ。
『その理由は冥竜は火球しか「使わない」んじゃない、火球しか「使えない」のよ。』
「使えない?」
『そう。「フィジレス」の効果は冥竜自身にも例外じゃないわ。』
「そうなのか。」
『わたし達が交戦したときに火球と同時にフィジレスの効果を使わなかったわ。本当に相手だけなら「フィジレス」を使って防御できない状態のまま火球を当てれば間違いなく致命傷を与えられるじゃない?』
なるほど、言われてみればその通りだ。
俺と戦っている場面でも、「フィジレス」を使った後に物理攻撃をしてきた。その間に回復や火球を使ってこなかった。回復をしているときは「フィジレス」を使わずに火球を連発して時間稼ぎをしていた。
その背景にはそういう理由があったのか。
「でもなんでそれが操られていることに繋がるんだ?」
『それは、あの火球は冥竜が発動したものじゃないからよ。』
「なっ、なんだと!」
俺は予想もしていない事実に驚愕した。
『わたしが昔、国同士のイベントで見た冥族の火球は赤だったわ。それも鮮やかな色をしていて、あんな黒っぽくなかったわ。』
「色なんて人それぞれじゃないのか?」
『たしかに炎系の魔技は術者によって多少色が異なるわ。でも冥竜種が自分の意思で火球を発動していたら黒…燃焼できていない不完全な色になるのはありえないわ。』
「なるほど。」
つまりあの火球は冥竜が放ったように見せかけたものだった。
実際、冥竜は口を開けているだけで火球は別の誰かが発動させているのだ。
こうすれば冥竜が暴れているように仕向ける事が出来る。
全ての罪は冥竜種…すなわち冥族になる。なんて残忍な事を…
でも幸いにもリムは意識があった。
そのため、俺に魔技を使ってSOSを送ることが出来た。
おそらく俺でなければ「フィジレス」の影響を恐れ、受信はおろか近づくことさえできなかっただろう…ふざけやがって
俺はその黒幕を絶対に許さない。
「あの火球を出していた張本人は誰だ…?」
『あんな不完全な火球しか出せないほど魔技が使えないのに、あれほどの威力と熱量を出すとなると、膨大な量のエネルギーを持っている…多分、可能性は一つしかないわ。』
「…まさか!」
俺にもひとつ思い当たった…しかし俺のいた世界ではありえない。
でも、今までの説明であてはまるのはそれしかない。
冥竜…リムの周りで膨大なエネルギーを持っているもの。
たとえエネルギーが他人から奪ったものであってもかまわない。
『ええ、多分トウヤの予想通りよ。――操っているのは「フィジレス」よ。』
「マジかよ…。」
悪い予感は的中してしまったようだ。
さすがに宝石が人間(今回は冥竜種)を操るなんて思ってもみなかった。
俺はそれを聞かされた後しばらく黙っていた。
『ごめんなさい。わたしが早く気づいていれば…』
ウィンは唇をかみ締めるように謝罪した。
もし気づいていれば、始源を奪われないような対策が出来たであろう。
しかしそれは後の祭だ。現在相手はレベルの高い魔技使いの始源を大量に持ちあわせている。おそらく無尽蔵といっても過言ではないくらいだ。
こんな状況では更なる絶望しか生まれない。
『ごめんなさい…』
ウィンは謝ることしか出来なくなっていた。戦っている俺に勝ち目がないと伝えているのとほぼ同じだろう。
そんな残酷なことを言っていることに彼女は気づいている。だからこそ謝る以外の方法が見つからないのだ。
ってところか…まったく、ウィン勘違いしているみたいだな。
「謝る必要なんかない。むしろ好都合だ。」
『へぇ?』
俺の言っている意味が分からないらしく、なんとも気の抜けた声が聞こえてきた。
「つまりリム…ごほん、冥竜が悪いんじゃなくて「フィジレス」が全部悪いんだよな?」
『ま、まあそうなるわね。』
「よっしゃ!じゃあ一つ約束してくれ。」
『約束?なによ?』
「これがおわったら冥竜は悪くないってみんなに伝えてくれ。」
『約束するわ。』
「オッケー。なら後は俺に任せとけ。」
『大丈夫?』
「あいつを助ける方法がわかったんだ…すぐ終わらせる。」
『あいつを、助ける?』
「後で話すよ。じゃあ、ちょっと「フィジレス」をぶっ壊してくるよ。」
『またそんな簡単に言うんだから…』
「ありがとうなウィン。おかげで助かったよ!じゃあまたな。」
『え!あ、ちょっ…』
俺は魔法石を二回叩き、ウィンとの会話を強制的に遮断した。
「悪いなウィン。そろそろ集中しないといけないんだ。」
そう独り言を漏らしながら、剣についた火の粉を振り払った。
もちろん会話中もずっと冥竜から攻撃をされていた。
状況はちょうど今、大量の火球を迎撃したところである。
なんだか会話を始めた頃から火球の量が圧倒的に増えている。
やはり核心に迫っているからか…宝石も必死になるんだな。
間髪いれずに今度は俺に向けて尻尾を振りあげた。
どうやらそのまま振り下ろして俺を押し潰すつもりらしい。
俺は避けるのをやめ剣を天に構え、尻尾の攻撃をそのまま正面から受け止めることにした。
次の瞬間、お互いの威力がぶつかり合った影響で周囲には衝撃波が波紋状に広がった。
思っている以上の衝撃が襲い、思わず押し負けそうになる…だが
「負けるかっ!!」
俺は腕に力を込め、気合いでなんとか攻撃を受け止めきった。
そしてその勢いまま今度は一気に尻尾を上へ斬りあげた。
すると冥竜は勢いに押されて上体がぐらつき、やがて尻餅をつくように転倒した。
俺はそのまま上空へと飛びあがり、冥竜の腹部へと着地し剣先を冥竜に向ける。
「さぁ「フィジレス」。リムを返してもらうぜ!」
俺はそう高らかに宣言した。