~11.俺の知らないところで死亡フラグがたちました~
わたくしがこの光景に気づいたのは冥竜の苦痛の叫びが耳に入ったときでした。
いえ、気づいたもなにもずっと見ていましたから、わたくしの表現はおかしいのは分かっています。
しかしそれほどまでに信じられなかったのです。
「う、うそ…」
先程までの彼は電光石火ともいえる速さで斬りつけ、冥竜の右腕を切断しました。
今まで数多く戦闘をしてきたので動体視力には多少の自信がありました。
それでも彼が繰り出した斬撃はわたくしの目で捉えることができませんでした。
「まさか人族が冥竜種と渡り合っているなんて…」
人族は全種族中最も体力が低い種族とされています。
そのため聖戦においても勝負が見えている接近戦などは行わず魔技による遠距離攻撃が中心となっています。
「人族の接近戦は自殺行為」…それがこの世界での常識なのです。
しかし、その常識は彼によって見事に覆されました。
しかも相手は冥族の最上位、冥竜種…世界屈指の戦闘能力を誇る種族です。
他の種族でも戦闘するのを絶対に避ける相手です。
しかし彼は剣で冥竜の右腕を斬り落とした…それがどれほど衝撃の出来事だったか果たして彼は知っているのでしょうか。
さらに彼は人族が得意とする遠距離の魔技を使っていません。
使っているのはおそらく移動速度を高める魔技……!
「そういえばなぜフィジレスの影響を受けていないの?」
思い出しました。あのときに冥竜はフィジレスの効果を発動させました。
見間違いなどではありません。確かに発動して彼の身体を歪んだ空気の層が包み込みました。
それなのに彼は体が重くなるどころか、勢いそのままに冥竜へ斬撃を浴びせました。
そんなことが出来るなんて聞いたことがありません。
この世界に生きている全ての生物は源炉を宿しています。
この源炉の力を失わせるフィジレスの効果は絶対に回避できません。
そんな回避不可能な効果は彼には通用しませんでした。
――そんなの俺には通用しない
始めは彼の言った言葉はわたくしを安心させるための嘘だと思いました。
しかし、彼の言葉は正しかった。
冥竜種と互角以上の戦闘能力にフィジレスの無効化…彼は一体何者なのでしょうか。
わたくしは彼に対する疑問と同時に、少しだけ希望が生まれました。
――ウィンもルヴィアも…ついでにこの町も、俺が護ってやるよ!
「…彼の言葉を信じてみましょう。」
わたくしはこの場を彼にまかせることを決めました。
害虫とかアメーバとか言ってしまったことは後で謝罪しなくては。
…いや、それはまだ保留にしましょう。
この後で色々尋問…もといお聞きしたいことを話して頂いた後からでも遅くはありません。
戦闘の事とか、フィジレスが聞かないこととか、ウィン様とどういう関係なのかとか、ウィン様とどこで知り合ったのかとか、ウィン様に手を出してないかどうかとか……
わたくしはすぐに後ろを向いて駆け出した。
なにをすべきかはすでに彼から頼まれています。
彼はわたくしたちを護るために戦ってくれているのなら、わたくしはそれを確実にこなす事で応えましょう。
わたくしは一人、また一人と動けなくなっている仲間を安全な場所へ避難させていきました。
その間も激しい金属音が聞こえますが振り返ることはしません。
なんとか全員を避難させた後、最後に一番遠くにいたウィン様の下へと向かいました。
ウィン様は魔技は使えないものの、他の仲間よりも消耗していないようでわたくしを立って迎えてくださいました。
「ルヴィア!無事でよかったわ。」
「ウィン様もご無事でなによりです。」
ウィン様の第一声はわたくしの無事を喜ぶ言葉でした。
自分の事よりも他人を思いやる気持ち…本当にウィン様は我が人族が誇る姫様です。
「それとトウヤとは会わなかった?」
ウィン様は心配そうな様子で彼のことを聞かれました。
わたくしは別のところへ意識が向いてしまいその質問にすぐ答えられませんでした。
(トウヤ…すでに名前で呼び合う仲なのですか)
今、彼をすごく殴りたくなりました。会心の一撃で殴りたくなりました。
しかし今はウィン様の質問にお答えしなければ。
わたくしはなんとかこの衝動を抑えました。
「彼なら今、冥竜と交戦中です。」
「そう。えっと…もしかしてルヴィアがここにいるってことは…?」
「…はい。お察しのとおり彼は一人で戦っています。」
「やっぱりそうなのね…」
そういうウィン様は冥竜がいる方向を心配そうに見つめました。
わたくしはその様子を見てとても驚きました。
ウィン様はいつも民を思って行動するお方ですから、この場合ならすぐにわたくしや残った警備隊に命令して彼の援護に向かわせるはずです。
しかしその様子はまったくなく、ただ戦況を見つめているだけです。
よほど彼のことを信頼していなければ、そんなことありえません。
どうしてそこまで彼のことを…
「蒼井燈矢…彼は一体何者なのですか?」
わたくしは我慢できずにウィン様に尋ねてしまいました。
すると少し考える素振りをすると、少し苦笑しながら
「ん~、わたしも分からないわ。だって今日初めて会ったんだもの。」
ウィン様の口から予想もしなかった答えが返ってきました。
「えっ!きょ、今日初めて会ったんですか!?」
「そうよ。それで騒動が起きるまで一緒に話をしていたわ。」
わたくしは信じられませんでした。
だって初対面からほとんど時が経っていない…ほとんど知らない相手のために冥竜と戦っているのですから。
なにか意図があるのでしょうか。
もしかして人族の姫様に恩を売って莫大な見返りを要求するために?
それともこの機会に町を救った英雄として名声を得るために?
…どちらも違う気がします。
なんとなくですが、彼が何かを得ようと考えて行動しているように思えません。
「どうして彼はわたくしたちのために戦ってくれているのでしょうか…?」
いくら考えても答えが見つかりません。思わず考えてることが口から出てしまいました。
「そうね…ひとつだけ心当たりがあるわ。」
どうやらウィン様に聞かれていたみたいです…お恥ずかしい。
羞恥心のあまり自分の頬が熱を持つのを感じました。
「心当たりとはなんですか?」
それでもわたくしはウィン様の言う「心当たり」が気になりました。
「多分、トウヤは誰かが悲しむ姿を見たくないのよ。こっちが悲しんでいるとどうにかして慰めようと必死になるし…」
そのウィン様の言葉を聞いて、わたくしは先程までの彼とのやりとりを思い出しました。
実は、わたくしは彼が来るまで死を覚悟していました。
なぜなら冥竜と戦い、ほとんど勝ち目がないことを悟ったからです。
その中でわたくしにできること…
命を犠牲にしてみんなが逃げる間だけでも冥竜の進行を食い止めるだけ。
…そう、自分に言い聞かせました。しかし、
――自分は勇者にでもなったつもりで納得するかも知れねぇが、残った人間には必ず悲しみや後悔が残るんだよ。それもずっとな
この彼の言葉を聞いてはっとしました。
彼の言うとおり、わたくしは自分のことだけしか考えておらず、周りの方がその後にどう思うのかを考えておりませんでした。
このことで自分が未熟だと知り、自分のふがいなさに憤りを感じました。
「…そうかもしれませんね。」
口ではそう返しましたが、わたくしはきっとそうなんだと思います。
…ってあれ?そういえば…?
「ウィン様はどうして彼が慰めようと必死になると知っているのですか?」
なぜ彼がそのような行動をするのをウィン様が知っているのでしょうか。
知り合いならともかく会って数時間程度でそのようなところは分からないはずなのに…
「へぇ?あ、そ、それは…」
その質問をしたとき、ウィン様は動揺されました…もしかして!
「まさか、彼がウィン様を悲しませるようなことを!」
彼はわたくしとは相容れない存在なのですね!
わたくしはとっさに弓を構えました。
「ち、違うわ!」
その様子を見て慌てたのか、弓を両手で掴んで構えを無理やり解かされました。
「えっと、恥ずかしいんだけど、彼の前でちょっと泣いちゃって…。そしたらトウヤはわたしが泣き止むまでそばにいて、頭撫でてくれたのよ。」
そう話すウィン様はもじもじしながら恥ずかそうにしていました。
しかし、その表情はなんだかもとても嬉しそうでした。
…まるで恋をしている乙女ような………ガチャ!
「ちょっとルヴィア?なんでまた弓を構えるの?」
「いえ、なんだか無性に彼を撃ちたくなりまして。」
「どうしてよ!」
「大丈夫です。痛みは一瞬で終わるよう最大限の「アルテミス」で行くので問題ないです。」
「そうじゃないわよ!ってそれシャレにならないじゃない!」
「シャレじゃないです。真剣です!」
「なお悪いわよ!」
結局、彼への狙撃はウィン様に止められてしまいました。
蒼井燈矢…まさかここまでの危険人物だとは。
(わたくしの)ウィン様に手を出すとはいい度胸です。やはり徹底的に拷もっ…もとい問い詰める必要がありますね。ふっふっふっ…
「ねぇルヴィア…?ちょっとルヴィア!」
「…!え、あ、どうしました?」
ウィン様に声をかけられているのを一瞬聞き逃してしまいました。
わたくしは慌てて悪どい顔をしているのばれないように返事をしました。
しかし、なにやら考えごとをしながら戦闘している方向を見ているようで、気づいていない様子です…助かりました。
わたくしも釣られて同じ方向を見ました。
遠くで戦っているため彼の姿はほとんど見えません。
しかし冥竜の周囲でときおり黒い物体が二つに割れ、爆発しています。
おそらくあれは冥竜の火球でしょう。どうやら彼は全部火球を斬っているようです。
「すごいですね…。あの冥竜とここまで戦えるとは。」
彼の戦闘能力だけは素直に賞賛します。戦闘能力だけは。
「そうね。トウヤが戦ってくれていなければ気づかなかったかも。」
「えっ?」
どうやら彼の動きを見ていたのはないようです。
ウィン様は冥竜を指差すと内緒話をするように小さな声でわたくしにつぶやきました。
「…どうしてあの冥竜は火球しか使ってこないのかしら?」
「!」
わたくしもその言葉で気づきました。
冥族が得意とする火球は、始めに習得するくらいメジャーな初級魔技です。
その威力や熱量は本人の能力に依存するため、極めれば鉄を一瞬で蒸発させることが出来るでしょう。
しかし火球は攻撃範囲が狭いのです。
今の彼のように一対一の状況ならまだしも、最初は警備隊やウィン様もいました。
その状況で単体を攻撃する火球は適切ではありません。
さらに火球を斬ることができる彼には通用しないことが分かっているのに、それしか魔技を使用しないのは…愚策といっていいでしょう。
それならば火球よりも威力は劣るが複数を同時に攻撃できる魔技を使用してダメージを蓄積させるほうがよっぽど効率がいいです。
まだ魔技がうまく使えず火球しかできないのなら話は分かります。
しかし相手は冥族最上位、冥竜種。魔技も知能も非常に高いと称される種族です。
城壁を打ち破るほどの火球が使える相手がそれしかできないとは考えられませんし、そもそもあんな愚策をするとは到底思えません。
「…なんだか私の知っている冥竜種とはまるで別物ですね。」
わたくしは自分が思ったことを口にしました。
「別人…そうよ、それだわ!」
「ウ、ウィン様?」
わたくしの声を聞くとウィン様は急に大きな声をあげました。
わたくしは驚いてウィン様の名前を呼びましたが、ウィン様はそれを無視してドレスの中から宝石を取り出しました。
「それは…通信魔石?」
「ええ。これでトウヤに連絡できるわ。」
ウィン様は嬉しそうにこういうと魔法石を一回叩きました。
(ま、まさかあの男はウィン様のプライベート番号まで知っているというのか!)
ウィン様の口ぶりではすでに何度か話をしているみたいです。
(わたくしも知らないのに…うらやましい!)
蒼井燈矢…わたくし的ブラックリストのトップに登録されました。
ちょうどいい。「アルテミス」の練習台になってもらいましょうか…ふっふっふっ…
そんなことを頭の中で決定し手いる間に、ウィン様は彼と色々話をしていました。
どうやらウィン様は念話していても声に出す癖があるようです。
わたくしも失礼だとは思いつつ、その会話に耳を傾けました
…なにやら楽しそうにお話をしているようです。むかつきます。とてもむかつきます。
しかし、その中でウィン様はとんでもないことを口にしたのを聞いてわたくしは驚愕しました。
「トウヤ。よく聞いて…」
――冥竜は操られているわ