~10.ちょっとチートな俺VSかなりチートな竜~
グオオォォォ!
相当な痛みに襲ったのか、冥竜は先程とは違い悲鳴のようなおたけびをあげた。
しかし幹部を抑えて叫ぶだけで、なにも変化が見られない。
「くそっ。これじゃ致命傷にならないのか!」
さらに様子を見ていても一向に転送される気配は無い。
おそらくまだ足りないのだろう…マジですか。
「…どうやら、こっちの被害の方があったようだな。」
俺は自分の右肩を見ながらつぶやいた。
実はこの一撃は俺にとっては結構な賭けだった。
結果は見てのとおり冥竜は転送されず、逆に俺の右腕は全体を痺れるような痛みが駆け巡っている…まあ見事に外れた。
「出来ればこれで決めたかったが…仕方ないか。」
幸いにもまだ動くのに支障があるほどではない。
普通の戦闘くらいなら問題なくできる。
…この痛みだと全力で剣を放てるのはあと二、三回が限界か。
俺はもう一度剣を構え直すと今度は左腕目掛けて飛びかかった。
しかし冥竜は早くも対応してきた。
すぐさま俺を狙い口から連続して火球を吐いた。
この火球は最初とは異なり小型ではあるが、数が多すぎる…ざっと十数個はある。
俺は構えを解き左手一本に持ちかえると、そこから無数の刃を火球に浴びせる。
両手でやるよりは一撃の威力は衰えるが、そのかわり連続して斬撃を繰り出すことが出来る。
特にこの世界での身体能力もあり剣の重さをまったく感じない。あっちよりもさらに速く繰りだせる。
全ての火球を斬り伏せることはできたがその所為で勢いを殺されてしまった。
一旦地面に着地すると、俺の目に嫌なものがみえた。
冥竜の右肩から先が青い光を帯びている。よく見ると斬り落とした右腕も光に包まれていた。
次の瞬間には右腕は瞬間移動し冥竜の元までたどり着く。
そして光によって切断箇所が埋められると、ほら元通り。
鋭い爪を持つ右手を何度か開閉させると、こちらを睨みつけてきた。
「ちょ、ちょっとそれは反則じゃねぇか?」
傷の修復くらいは予想していたが、まさか切断したのを復元できるとは想像してなかった。
「…こりゃ、チートどころじゃねぇ。無理ゲークラスだな。」
ゲームの世界でもなかなかお目にかかれない、ボスの回復魔法。
もしこれで全回復なんてできたら、もう詰むぞこれ…。
「まったく、異界から来たんだからもう少し主人公補正してくれよ!」
そんなこといっても魔技が使えない時点で諦めてますけどね!
完全に右腕が戻った冥竜は自分のターンとばかりに俺に向かって突進してきた。
不意に反転すると、遠心力で威力を上乗せされた尻尾をぶつけてくる。
そんなの直撃されたら困るので、俺は数メートル上空へと飛び上がった。
しかしそれを予測してのか、冥竜は俺よりも高く舞い上がっていた。
そして落下とともに両腕の鋭い爪を連続して繰り出す。
攻撃速度も威力も申し分ない。一撃でも当たれば俺の体は貫通するだろう。
仕方ない、こうなりゃ総力戦だ。
「蒼月流、剣舞『清流』」
俺はこの荒ぶる攻撃を清らかな水の流れの如く、勢いに逆らうことなくほんの少し打点をずらすことで俺に直撃するのを防ぐ。
こうして攻撃を全て捌き終えると、後方へと飛び退いて再び冥竜との間合いを取った。
「ふぅ…今日こそ家が道場でよかったと思えた日はないな…」
内心で自分の家系に感謝した。
蒼月流とは俺の家に伝わる流派である。
全ての事象は自然から始まり、自然に帰る事で終結する…蒼月流の極意は自然との調和にある。
そのため蒼月流の剣舞は全て自然を表現しており、それを駆使することであらゆる状況でも対応できる自然の強さを具現化させている。
この剣術は今の時代でも「人を殺める」ものではなく「人を護る」ものとして代々語り継がれている。
俺はこの考え方がすごく好きだ。だから必死になって会得した…実際はもうあまり使うことができないけど。
そんなことをいまさら悔やんでも仕方ないが、この世界なら片手でもなんとかできるかもしれない。
よく考えるとその時点で十分主人公補正してもらっているのかもしれない。
しかしどうにも中途半端だな…魔技も使える魔法剣士とかだとカッコよかったのに。
(今はそんなの考えるのはよそう)
頭の中で違うほうへ考えそうになっている自分を一旦戒めてから次の行動に移った。
俺は身体を低く構えて、地面を滑るように低姿勢を維持して駆け出した。
そして冥竜の前で高く飛び上がると同時に斬り上げる。さらにこの時、剣を蹴り上げることで剣速を上乗せさせ、高速の一撃が冥竜を捉えた。
「剣舞『疾風』」
文字通り疾風の如き速さで繰り出す高速の一撃である。
しかし的確に命中するも冥竜の外殻が予想以上に硬い。それに加え、片手で繰り出したことにより元々の威力は半減し、皮膚に薄い傷が付いただけである。
そしてその傷もすぐに修復して元通りになってしまった。
「うっわ、マジかよ…」
この光景はさすがにショックだった。
まさかほとんどダメージを与えられないとは思わなかった。
やはり両手で斬りつけないと、大ダメージは望めないか?
しかしすでにさっきの奇襲によって右腕は悲鳴をあげている。
…やはり初撃で致命傷を与えられなかったのは痛かった。
そんな事を考えている間も冥竜からは火球による攻撃や爪による攻撃など、執拗に俺を攻撃してくる。
俺はその攻撃をすべて回避し、ダメージを与えられることはなかった。
しかし一方で俺も色々攻撃したがやはり致命的なダメージを与えられない。
…まあ幸いにも冥竜が俺に集中しているおかげで、人的被害は食い止められそうだ…ってあれ?
「そういえばルヴィアはどこいった?」
気がつけば戦闘の間にルヴィアの姿は見当たらなくなっていた。
戦いながら周囲を探していると、一瞬だけ視界の端に金色と桜色の髪が映った。
どうやら二人は合流したらしい。頼んだことはやってくれたみたいだな。
「これで第一関門は突破したな。」
彼女がいればウィンは無事でいられるだろうしルヴィアもこっちに来ないだろう。
とりあえず二人を護ることはできたようだ…ああ、よかった!
「でも、このチート竜どうすっかな…」
俺はこの状況をどうしたら打破できるか、戦いながらずっと頭を抱えていた。