~9.第2の刺客は竜と闘うよりも命の危険を感じる~
冥竜との距離が近づく途中、俺は警備隊の人と何人もすれ違った。
彼らは負傷しているようには見えなかったが、船員その場から動けないようだった。
よくみると身体の一箇所から弱々しく光っている。
その光は蝋燭の火のようで、いつ消えてもおかしくないように感じた。
(フィジを酷使すると動けなくなってしまうんだな)
もしかしたらこの世界の人にとって源炉は第二の心臓なのかもしれない。
その光景を見てさらに加速する。冥竜がこれ以上こっちに近づかないようになるべく早くたどり着く様に。
そして冥竜と数メートルまでの距離に入ると、誰かが冥竜と戦っている光景を目撃した。
そこには一人の若い女性騎士が果敢に冥竜と戦っていた。
ウィンよりも少し年上だろうか、顔立ちは整っていて美しさに凛とした力強さを感じる。 大きな瞳は琥珀のようで、黄金のような金色の髪を一つ結いでいる。
その手には美しい造形を持つ弓を所持している。
そこから繰り出される光の矢は、火球よりもはるかに速い速度で冥竜に向かっていく。
しかしフィジレスの影響で全ての矢が命中する前にかき消されてしまっていた。
反撃とばかりに彼女にも火球が飛んでくるが、無数の矢で貫かれ彼女に命中する前に爆発してしまう。
その姿はまるで舞踏会でダンスを踊っているかのような可憐さで、俺はほんのすこし見入ってしまった。
一見、互角のように見える。
しかし彼女の辛そうな表情を見るとかなり劣勢だろう。
…どうやらさっさと前に出る必要があるようだ。
「先程はウィン様を助けていただき感謝いたします。わたくしは警備隊副隊長ルヴィア・トワイライトと申します。ルヴィアとお呼びください」
彼女はこちらに目線を向けないままその状況をみている俺に感謝の言葉を述べた。
「俺は蒼井燈矢といいますルヴィアさん。俺のことは燈矢と呼んでください。それに友達を助けるのは当然ですからお礼はいらないですよ。」
俺も彼女には目を向けず、冥竜に視線を合わせたまま彼女の前に移動した。
「友人…ですか。わたくしはずっとウィン様と一緒にいますが、あなたのような方…といいますか男性の友人がいるなんてわたくしは知りません…いったいウィン様とどういった知り合いなのですか?」
戦闘中もあってか彼女の声には鋭さがあった…というか心なしか殺気が混じってないか?
(というかあの姫様は秘密裏に俺を召喚したのか?)
ずっと一緒にいるという彼女が知らないならその可能性が高い。
(…ここで俺の口から話さないほうがいいな)
「それはご想像におまかせしま…ちょっと待て!なんで俺に弓構えたんですか?」
ごまかそうとしたのが気に食わなかったのか、後方から金属音が鳴った…この体勢だとあの弓は俺の方に向いてるよな。
「戦闘中ですので臨戦態勢をとっているだけです…それでどうなのですか?」
「内緒で…っておい!」
さらにごまかそうと話している途中で俺の頬のすぐ脇を一筋の光が通った。
その矢は俺の先端の髪は軽くちぎりながら壁にぶつかった
するとその壁は爆発し、原型がわからないほどに大破してしまった。
「おい、危ないだろう!」
「あらやだ、害虫が居たから敵かと思いました。」
「害虫って俺だよね?今敵は竜しかいないよね?」
「失礼しました。それでは害虫に失礼ですね。」
「俺は害虫以下かよっ!」
…どうやら後方にいる彼女は味方ではないようだ。
このままじゃあっちと戦う前にあの世行きだ…なんとか攻撃されないようにしないと。
「とりあえず!そのことは後で話しますから今はあいつを何とかしないと。」
「…そうですね。ウィン様にたかる害虫の駆除は後回しにしましょう。」
「そうです…って遅かれ早かれ俺が殺されるのかよ?」
「…いや?」
「い、いやに決まってるだろ!」
ちょっと可愛く上目遣いで言うものだから一瞬考えてしまったじゃないか。
ドキリとした俺の後ろで小さく「ちっ」と舌打ちが鳴ったが聞こえなかったことにしよう。
「おっと!」
そんな事を話していると後ろから凄まじい熱量を感じた。おそらく火球だろう。
俺は落ち着いて振り向き様に剣を一閃浴びせ、例の如く火球を切断した。
「まさか竜からツッコミをもらうとはな…」
もしかして早くしろって言いたいのか?
俺は少し笑いながらつい独り言をつぶやいてしまった。
多分彼女に聞かれていただろう…結構恥ずかしい。
ちらっと彼女を見ると、信じられないといった表情でこちらをみていた。
「…本当に一体何者なんですか?あの魔技を難なく斬ってしまうなんて…むちゃくちゃですね。」
「なんだそっちか…ってええっ?あれ魔技なんですか?」
これは意外だ。てっきり竜だから火を噴くのは当たり前だと思っていた。
どうやら俺の中ではゲームの世界とこの世界がごちゃごちゃになっているようだ。
「…あなたの頭の中身はアメーバですか?」
「俺は単細胞じゃねぇ!」
「失礼しました。アメーバに配慮が足りませんでした。」
「俺にじゃねぇのかよ!」
俺この人になんかしたか?どんだけ嫌われてんだよ。
「まあいいでしょう。あれは冥族が得意としている炎系の魔技です。特に冥竜種の火球は破壊力、発動速度ともにトップクラスといえるでしょう。それを簡単に斬ってしまうとは…あなたは只者ではありませんね。」
「まあ十年ほど剣術を学んでいたからな。その中で剣速なら結構自信があるんだ。」
以前から剣を振る速度に関しては道場内でダントツだった。
それに加えてこの世界の身体能力なら尋常じゃない速さと斬れ味になっているだろう。
実際にこっちまで来るときに邪魔だった建物の破片をどかそうと無意識に剣を振ったら、まっぷたつに斬れてしまった。
これは嬉しい誤算だったが、同時にとんでもなく危険だとわかった。
今後は剣を慎重に扱うことを心に決めていた。
「それはいいとして…ルヴィアさん。あなたは下がってください。」
「…何を言っているのかわかりませんが。」
「失礼しました。言葉を変えます。ウィンやここにいるみんなをを護ってもらえませんか?」
「それこそ意味が分かりません!あなた一人で倒せるとでも?」
俺の言葉に彼女は本気で怒っているようだ。
まあどこの馬の骨とも分からない奴に任せられるわけがないか。
しかし彼女の疲労はすでに表に出ている。この状態では結果は目に見えている。
「じゃああんた一人で倒せるのか?魔技が通用しない相手に?」
「そ、それは…」
俺はあえてタメ口で口調を強めて言うと彼女は口ごもった。
おそらく本人もとっくに気がついているのだろう。
「…それでもわたくしは警備隊副隊長。最後の最後まで皆を護る使命があります!」
そう返事を返した彼女もまた強い瞳を持っている…でもその瞳じゃ駄目だ。
…ああ、本当に駄目だ。もう我慢できねぇ。
「…ふざけるなよ。この大バカヤローが!」
「なっ…?」
「死ぬのを覚悟してんじゃねぇ!勇敢に戦って死にました…自分は勇者にでもなったつもりで納得するかも知れねぇが、残った人間には必ず悲しみや後悔が残るんだよ。それもずっとな。」
「うっ……」
「警備隊とかいって町を護っているのになんで自分をその中に入れてやらない!本当に皆を護りたいならまず自分を護ることから考えやがれ!」
「し、しかし…」
「うるせぇ!第一俺が許さねぇ。こんな美人を死なせるわけにはいかねぇんだよ!」
「え、あ…び、美人って…」
一気にルヴィアの顔が赤くなったが、怒っている俺にはそんなところまで気づく余裕がなかった。
「とにかくルヴィアは負傷した警備隊の保護とウィンの護衛をしろ!あいつは俺が何とかする。」
「そ、それは無謀です!あなたこそ死を覚悟してるじゃないですか!」
「死なねぇよ。死んでたまるか!」
「でも、相手は魔技が通用しないんですよ?それに接近戦は体が重くなってまともに動くことすら出来ないんですよ!…そんな化け物にどう戦えばいいんですか…」
そういう彼女の言葉は震えていた。よく見れば瞳が潤んでいる。
それは恐怖心からか悔しさからなのかは判らない。
でもその言葉を聞いて初めて彼女の心が見えた気がした。
「安心してくれ。そんなの俺には通用しない。」
俺は先程までの怒りを一気に沈め、なるべく優しい声で彼女に言った。
「通用しないって…?」
「ともかく時間がもうない。さっき言ったこと頼んだぞ!」
「ちょ、ちょっと!」
「大丈夫。ウィンもルヴィアも…ついでにこの町も、俺が護ってやるよ!」
俺はそういいながら一瞬笑顔を見せると、冥竜の元へと一気に走りだした。
ルヴィアも慌てて追おうとするが俺のほうが数倍も速い。
すでにルヴィアが走り始めた時には俺と冥竜との距離は完全に埋まっていた。
「空気を呼んで待っててくれるなんてありがとよ!お礼にすぐに終わらせてやるよ。」
俺は渾身の一撃を放つため両手で剣を横に構えた。その瞬間、
ヴオオォォォ!
冥竜は天に向かって大きなおたけびをあげた。
それに共鳴するかのように周囲に歪んだ空気の層が拡がり、やがて俺の身体を通り抜けた。
これがフィジレスの効果なのだろう。
これに触れたものは源炉の力を消滅させ、魔技はおろか身体にまで影響を及ぼす…まさに切り札。
その光景にルヴィアは絶望したに違いない。
その光景に冥竜は勝利を確信したに違いない。
しかし、二人の予想は大きく外れることとなる。
「悪いが効かねぇよ!」
俺の勢いはまったく衰えず、冥竜に向かい横薙ぎを一閃。
そのまま冥竜の後方へ着地し振り返る。
それと同時に何かが地面に落ちる音がした。
――それは冥竜の右腕だった。