~0.プロローグ~
――しまった、と気づいた時にはすでに手遅れだった。
それは地獄とも呼べる二泊三日の合宿が終了した日の夕方だった。
三日間の過酷な練習を終えて最後に校門前に集合したときには、ほとんどの生徒がその場に座り込むほどに疲労が溜まっていた。
その時に元気だったのは部長、副部長と引率の先生を除くとほとんどいない。
俺―蒼井燈矢はその例に当てはまらず、皆と一緒にその場に座り込んでいた。
顧問の話が終わり解散すると俺は周囲の友人達と雑談ぜずそのまま自宅へと帰ることにした。
まずこの選択が初めの間違いであった。
このとき少しでも話をして帰る時間が遅くなれば、今の状況にはならなかったのだろう。
重い合宿の荷物と夕方にも関わらずうだるような暑さが俺の残り少ない体力を容赦なく削っていく。
俺は前を見ずににじみ出る汗を肘でぬぐいながら、少しでも早く帰って寝たいという願望を胸にいつもあまり通らない近道をすることにした。
次にこの選択が間違いであった。
このときに近道さえしていなければ、この後の異変を知ることはなかっただろう。
通いなれたコンクリートの通学路を離れ、今では珍しい舗装されていない林道にはいる。
ここを抜けると俺の自宅前の道に出るのだ。
林道を歩くこと数分。視界の先になにか青白く光っているところがある事に気が付いた。
いくら夕方とはいえ、明かりが灯るのにはいささか早すぎる時間帯だろう。
俺は不思議に思いその光の場所へと足を運んだ。すると少し先にある小さな公園の地面が光っていた。
その光景がとても神秘的に感じ、疲労した足は一時その疲れを忘れて吸い寄せられるようにその場所へと進んでいった。
よくみるとそこには直径一メートルほどの円の中に様々な模様が散りばめられている。
その中には月や太陽を連想させるような形や六芒星なども入っていて、まるでゲームの中に出てくる魔方陣そのものだ。
それをみた俺は好奇心に駆られ、あろうことかその魔方陣の光の中心へと足を踏み入れてしまったのだ。
これが最後にして最大の間違いだった。
このとき自分自身の気持ちがもっと自宅へと向いていたのなら…いや、多分自分の性格じゃ間違いなく踏んでいたに違いない。
中心に入ったとき、青白い光はどんどん輝きを増していった。
何か嫌な予感がしたのでその場から離れようとしたが、光の外側へ出る手前で見えない壁に阻まれてしまった。
ちなみに「しまった」と気づいたのはまさにこの瞬間である。
そんなことを思っても、もう遅い。やがて視界の半分が光に包まれると、身体が地面から離れているような浮遊感が俺を襲った。
飛行機の離陸する瞬間のようなあんな感覚に近いと思う…いよいよおかしくなってきたぞ。
体中から汗がどんどん流れているが、気温の所為じゃないことは自分がよく分かっている。
「ほ、ほらきっとつかれて幻覚とか見えているんだよ」
自分自身でも状況整理ができないのか意味のわからない独り言がでてきた。
人間の防衛本能と言うべきか、この状況を無理やり納得させようとしているのだろう…って後から考えたらそれが正解だったとしても幻覚が見えてる俺ってかなりやばい状態じゃないか?
頭の中で現実逃避をしていても浮遊感は消えないばかりか、どんどん強まっている。正直その感覚を認めたくない。
「まさか本当に浮くわけないじゃないか。ほら荷物だって俺の頭くらいのところまでしか届いてないじゃないか……って浮いてる?」
ああ、どうやら自己防衛も限界のようだ。自分自身にツッコミをしているようじゃもう無理だろう。
ここでもう俺は考えるのを止めた。どう考えても普通の日常とはさよなら確定だ。
「もう、どうにでもなれ!」
その言葉を聞いたのかどうか分からないが、その瞬間に光がより一層強くなり、視界はひかりによって全て遮られた。
俺は合宿も疲れもあり、そのまま瞳を閉じると一瞬にして意識を失った。