もう一人のジュリエット、うろたえる
「えっと…神くん……」
人気の少ない、3年校舎1階の家庭科室前廊下。
そんなところに呼び出されて、目の前には恥ずかしそうにうつむき加減で言葉をさがす女の子。
卒業をひかえたここ数日、ちょっとうんざりするほど同じようなシチュエーションに立たされている俺。
いつもは余裕な表情で、相手がお決まりの言葉を口にするまで静かに待っているのだけど、今日に限っては、冷静でいられない理由がある。
目の前に立っているその人。
田中月夜――。
学年でも指折りの優等生でありながら、それを少しも鼻にかけることのない、落ち着いた雰囲気の女の子。
その一方で、恋愛ごとには今時珍しいくらい疎くて、からかうとすぐに真っ赤になって狼狽えたり、いちいち反応が新鮮だ。
そのギャップがたまらなく面白くて、可愛くて、ついついちょっかいをかけては怒らせたりしていた。
てっきり田中さんは別のヤツのことが好きなのだとばっかり思って、密かに探りを入れたり、背中を押したりしていたのだけど、えーと……この状況は、つまりそういうこと?
田中さんの好きなヤツって……。
うわあ!なんかすごい照れる!
告白なんか腐るほど、本当に比喩じゃなくて、マジで両手2,3人分くらい必要なほどされてる俺だけど、思わず顔が熱くなる。
なんか手に汗かいてきた。
田中さんの様子をうかがうと、まだ決心がつかないような困っているような、そわそわした感じで、焦って挙動不審で、追いつめられた小動物みたいだ。
まじまじ見つめる俺の視線に気付いて、田中さんは上目遣いに俺を見る。
どきっとした心臓の音をごまかすように、にへら、と笑って見せると、田中さんも、俺にあわすように、にへらと笑う。
うーわーー!
なんか可愛いぞ!
前から可愛いと思ってたけど、いつもに増して可愛く見えるぞ!!
このままじゃ、俺の心臓がもたない!田中さん、告るならさっさと告ってくれ!
俺の祈りが届いたのか、田中さんは、急に真面目な顔をして両手をぎゅっと結ぶと口を開いた。
「あの、明日……卒業式終わったあとって、時間ある?」
「……明日?暇だけど」
え、何、もしかして、これ、「明日あらためて告ります」とかそういう状況?
今でいいのに。てか、もう気持ちは分かってるから今言ってくれ!
……でも、田中さん、奥手だからなあ。
今はもういっぱいいっぱいなんだろう。
ここは気付かないふりをしてやるのが男の優しさというものだろう。うん。
俺は女の子がころりとやられるに違いない悩殺ものの極上スマイルを浮かべる。
「明日、何かあるの?」
田中さんは、俺の笑顔などものともしないで、神妙な顔でうなずく。
……ん?
今までの告白してきた女の子たちにはないリアクションの薄さ。
違和感を感じる。
「ちょっと、協力してくれないかな?」
「協力?」
「うん……あの……」
田中さんは、そう言って、再び小動物化して恥ずかしげに目を彷徨わせる。
「何?」
たまらず先をうながすと、田中さんは少し間をおくと、勢いよく顔を上げ俺をじっと見た。
「卒業式のあと、原田を一人きりにしてほしいの!」
早口でそう告げる田中さんの顔は、笑えるくらい真っ赤だった。
……なんだ。
………そうだよな。
なーんだ。びっくりした!
俺は思わずぶっと噴き出してしまった。
「ちょ、笑わないでよー!恥ずかしいの我慢して勇気出して頼んでるのに!」
半泣きでつっかっかってくる田中さんは、やっぱり可愛くて……
「いや、ごめん、違う」
「何が違うのよ!やってくれるの?くれないの?」
口をとがらせ、怒りながら上目遣いでじっと見てくる田中さん。
そうだよな。そんなわけないよな。
俺は自分のありえない勘違いにあふれ出る笑いをこらえながら、田中さんの頭をぽんと叩いた。
「まかせとけ!田中さんの恋のため、一肌ぬぎますよ」
「恋!?や、ちが、そんなんじゃなくて!」
またまた挙動不審にうろたえまくる田中さん。
あーもう、可愛いなあ、くそっ。




