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キライな人  作者: 太陽
第3章 ジュリエットの気持ち
29/43

3ー2

 放課後、わたしは美砂と並んで2年校舎の階段を上っていた。部活の方も大詰めだ。のんびりしている暇はない。

 それなのに、クラスの打ち合わせが長引いてしまった。クラスも大事だけど、わたしにとって部活だって同じくらい(いや、もしかしてそれ以上に)大事なのだ。急いで準備をして練習を始めなくては。


 いつも以上に速い歩調で歩くわたしの後ろを、美砂が途中で合流した皆子となにやら忙しなくしゃべっていたが、わたしの耳にはまったく入っていなかった。



 部室のドアを開けると、後輩たちが数人、楽器ケースを持った体勢のまま寄り集まってしゃべっていた。

 本番まで日がないと言うのに、何をやってるんだか。わたしはちょっとムカッとして、

「ほら、遊んでないで練習!」と声をかけた。

 思った以上にキツイ口調だったようで、後輩たちはわたしの声に一斉に振り返ると、慌てて楽器ケースを抱えると「すみませんでした!」と叫んで駆け足で出て行った。


「まったく……」


 小声で悪態をつくと、美砂が「つくよん、気合い入ってるねえ」と呑気な声で言った。

 美砂の言葉は無視して、楽器ケースに手を伸ばした。その瞬間、何かに蹴躓いて身体がよろけた。慌てて体勢を整え、下を見ると誰かが出しっぱなしにしていた譜面台だった。


「もう、誰よ!譜面台はちゃんと片づけろっていつも言ってるのに」

 拾い上げて見てみると、「Hr」の文字が。ホルンパートのものだ。

 わたしはむすっとしたまま、ホルンパートのロッカーに、それを乱暴に投げ込んだ。鼻息荒く戻ろうとすると、美砂と皆子が顔を見合わせているのが目に入った。


「何?」

 わたしのとげとげしい口調に、美砂はおずおずといった様子で言った。

「つくよーん。どうしたの?何をそんなにいらいらしてんの?」

「別に」

 わたしは楽器ケースに再び手を伸ばした。

「別にってことないっしょ。さっきからずっといらいらしてるよ。舞台練習だって上手くいったのにさ。最後のシーンだってよかったよ。あの人との息もぴったりだったし」

「うるさいな!何でもないって言ってるでしょ!」


 そんなつもりはなかったのに、わたしは怒鳴っていた。

 わたしの大声に、美砂は少しひるんだけど、すぐに怒鳴り返してきた。


「何でもないんだったらなんで怒るのよ!」


 言い返さないでよ、いらいらする……。


「美砂がうるさいからじゃん!ほっといてよ、どうせ美砂には分からないんだから!」


 もう放っておいて。わたしに構わないで。

 どんどん投げやりな言い方になっていく。


「……どういう意味?」


 美砂のトーンが落ちた。

 美砂がこんな声を出すのは珍しい。本気で怒っている時だ。でも、わたしは引くことが出来なかった。


「いつもおちゃらけて、本気で悩んだり、不安になったりしたことがない美砂には、わたしの気持ちなんか分かりっこないって言ってるの」


「……何それ。つくよんはあたしのことそんな風に思ってたんだ。あたしだって、悩むことくらいあるよ。馬鹿にしないでよ」


 美砂の真剣なまなざしを、わたしはふっと鼻で笑った。


「ああ、そうだったね。誰それ君のことが好きなんだけど、どうしようとか、そういうことでしょ?」


 皆子が息を飲むのが分かった。

 自分で自分をヤなヤツだな、と思う。でも、止めることが出来なかった。

 美砂はしばらく何も言わずに無表情で立っていた。


「……分かった。もういいよ。もう何も言わない」


 美砂はそう言うと、手早く楽器を取り出して、わたしの方を見ようともせず黙って出ていった。




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