3ー1
ついに舞台練習の日がやってきた。
1クラスに与えられた時間は45分。劇の長さが30分だから、細かい立ち位置の確認をした後、すぐに通し練習に入った。
わたしはたんたんとジュリエットを演じた。あの日の放課後のことがあったからか、気持ちが前よりやさぐれた感じになってしまっているけど、どうしようもなかった。ジュリエットの台詞を言っていると、どうしてもあの日のことを思い出してムカムカするんだもの。
当日出番のない大道具や小道具の子たちは、観客席に座って静かに鑑賞していた。
ラストシーンに近づくにつれ、みんなの意識が高まっていくのを感じた。わたしと原田以外には、脚本すら渡っていないらしいから、気になるんだろう。
『生きていたのか?』
『あなたの方だったの……』
『何?』
『あなたが生き残ったのね?ティボルトは……あなたを殺さなかったのね……』
はじめての読み合わせだと言うのに、つまることも台詞が重なることもなく、スムーズに話は進んでいった。そして、ロミオがジュリエットに詰問する場面まで来た。
『なぜ……、なぜ、そうまでして俺を殺そうとするんだ。なぜだ、答えろ』
台詞とは裏腹に原田の声にはためらいを感じる。
『答えろ』か。
1週間前、それを問うたのはわたしだった。
そして、原田は答えなかった。
本当なら、わたしも無視してやりたい。
でも、わたしは答えた。たっぷり間を取って、鋭い冷たい声で。
『あなたが、嫌いだから』
*
あっという間の45分だった。
小道具の子の荷物を手伝いながら体育館をあとにした。帰る途中、客席や舞台袖で見ていた子たちがしきりに声をかけてきた。
「月夜ちゃん、すごかったね、ラストシーン!『嫌いだから』ってところで、わたし鳥肌が立っちゃったよ」
「うんうん。声を荒らげてる訳じゃないのに、胸にこうずしっと響いてきた。ジュリエットって、本気でロミオのこと憎んでるんだなってのがすごく伝わってきたよ」
みんな、興奮した様子で次から次へと感想を言っていく。
「月夜ちゃんって本当に演技上手だよねえ」
誰かがしみじみとそう言った。
……本当のことを言うと、演技なんて何一つしていない。あのシーン、わたしはまったく感情を入れていないのだ。考えたり、感情を入れようとすると、あの日のことを思い出して逃げ出したくなる。国語の時間に暗唱させられた『竹取物語』の冒頭部や、『平家物語』の「祇園精舎」と一緒だ。何も考えずに、覚えたことをたんたんと言っているだけ。ジュリエットの気持ちなんか、まったく考えてない。
それなのに、みんなはそんなわたしのジュリエットのことを褒める。なんにも考えていないわたしのことを名女優だとはやしたてる。
誰も分かってなんかくれない。わたしがジュリエットの気持ちを考えないのと一緒。みんなもわたしの気持ちなんか考えようともしないんだ。
にこやかに愛想を振りまきながら、心の中はどす黒いもので満たされようとしていた。




