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キライな人  作者: 太陽
第3章 ジュリエットの気持ち
25/43

1ー2

「へえ……。にしても、よく考えたね。完全に逆手に取ったって感じ?」


 皆子が面白そうにそう言った。


「あの調子で1年と2年の校舎も回ったらしいよ。宣伝効果抜群だよね」

「いまだに演目すら明らかにしない1組への挑戦状とみた!

『どうだ、お前らには真似できまい!』ってね」


 りえちゃんはそう言って、わたしと美砂を順番に意味ありげに見つめた。



 皆子の3組は映画やドラマで話題になった難病物、りえちゃんの4組は戦争物の名作「ひめゆりの塔」に決まったらしい。うちのクラスの演目は、クラス全員の並々ならぬ努力によって、いまだに一切漏れていない。2人はそれが面白くないようで、ことあるごとに探りだそうと絡んでくる。


 皆子はじわりと美砂の方に身を寄せた。


「そろそろ教えてもいいじゃないの?秘密主義にもほどがあるでしょ」

「わたしたちの仲じゃない。誰にも言わないから、ねえ……」


 じわりじわりとにじり寄る2人の視線を避け、美砂は「あははー」と笑った。


「ところで、つくよんはずっと外見てるけど、何か面白いものでもあったー?」


 そう言って、美砂はわたしの方へ走ってきた。


「あ、逃げた」

「つくよんか美砂が主役なのは分かってるんだからね!」


 2人も負けずに追いかける。身の危険を感じたわたしはあわてて立ち上がろうとしたけど、わたしが動くよりも皆子たちの方が数段素早かった。わたしは窓と美砂にサンドイッチされた形になり、さらにその上から皆子とりえちゃんがのしかかってきた。


「ぐえ」とわたしが変な声を出しても、上の3人が力を抜く気配はない。

「ちょっ、重い……てか痛い痛い」

 美砂のうなり声。

「どいて欲しかったら吐きなさーい」

「ほらほらー」

 愉しそうな皆子とりえちゃんの声。後ろからの圧迫にわたしはお腹の辺りからどんどん前のめりに身体が倒されていく。


「ちょっと、待って。ヤバイって、落ちるってば」


 身体の半分が窓から乗り出て、頭はどんどん下に下がっていく。ちょっと、冗談じゃなしにこのままでは落っこちるんだけど!


 ただでさえ運動神経がさっぱりのわたし。3階から落っこちたら、いくら植え込みがあるとは言っても、大けがじゃすまないかもしれない。いや、確実に病院、もしくはあの世行きだ。

 なんだか嫌な未来予想図が頭をよぎったその時、突然押しつけられてた力が消えた。


「あれ」と思って身体を立て直すと、ちょうどわたしたちのいる窓の下あたりに2つの人影が見えた。神くんと原田だった。


「いじめ現場発見」


 神くんは「かかかっ」おかしな笑い方をして叫んだ。


「いじめじゃない。ふざけてるだけだもん。ね、月夜ちゃん」

 りえちゃんが回り込んでわたしに同意を求めた。

「いじめでしょ!本気で落ちるかと思ったんだからね。今度日誌に『りえちゃんと皆子に殺されそうになりました』って書いてやる」

「なんでよお。もとはと言えば秘密主義なつくよんと美砂が悪いんじゃん」

 言い争うわたしたちを見て、神くんはまた笑った。


「そんだけはっきり文句が言えればいじめじゃないな。ふざけて田中さん殺すなよ~」


 神くんはそう言い捨てると、そのまま原田と連れだってグランドの方へ歩いていった。結局、原田は一瞬もわたしの方を見なかった。


「あの二人何しに来たんだろうね。今日、1組も2組も練習ないんでしょ」

 皆子が首をひねった。

「部活の様子でも見に来たんじゃないの。2人ともサッカー部だし、一応」

 わたしがそう言うと、美砂が笑って

「神は完全に幽霊だけどね」と先を続けた。



「……原田くんって格好いいよね」


 2人の後ろ姿をじっと見つめていたりえちゃんがぼそりとつぶやいた。あんまり小さな声だったから、わたしは思わず聞き逃しそうになったけど、こういう話題を美砂と皆子が放っておくはずがない。きらりと目を光らせると

「えー、ちょっと、りえっちってば、そうだったの!」

「知らなかった!いつからなの?」

 と、食いつかんばかりに詰め寄った。


 2人の耳には、恋話を瞬時に感知するアンテナでもついているのだろうか?わたしはその素早い反応についてゆけず、黙って一歩後ろに下がった。りえちゃんは自分の失言にようやく気付いたのか真っ赤になって千切れんばかりに首と手を大きく振った。


「や、違う違う!好きとかそう言うんじゃなくて……」

「怪しい!さっきつくよんにやけに絡んでたのは自分も好きな人がいるからだな!ほら、吐け吐け」


 いや、一番わたしに絡んでたのは君だと思うよ、美砂。

 美砂は酔っぱらいのようなノリで、りえちゃんの首に腕を回した。


「本当に違うんだってば!客観的に見てそう思うでしょって話!笹木さんのロミオ見て『格好いい』って思うのと同じ次元だってば」

「どうかなあ」

「信じてよお。ねえ月夜ちゃん、皆子も~」


 りえちゃんはすがるような目でわたしと皆子を見つめてきた。わたしはなんと答えようか考えあぐねて、ただ見つめ返すことしか出来なかったけど、皆子はくすりと笑って

「まあ、格好いい方だとは思うけど?」と助け船を出した。

 りえちゃんは明らかにほっとした表情で「ほらあ」と言って美砂の腕をぽんと叩いた。


「背が高いし、サッカー上手いし、クールに見えてさりげなく優しいし」


 わあ……ベタ褒め。


「他の男子と違って落ち着いててガキっぽくないし」


「落ち着いてるって言うか、ただ冷めてるだけなような気がするけど……」


 次々と出てくる褒め言葉にうんざりして、思わず思ったことが口から出てしまった。りえちゃんはわたしの言葉にちょっとむっとして口をとがらせた。


「そんなことないよ!例えば、この前、中庭の観察池でふざけててそのまま池に落っこちちゃった男子がいたんだけど、その時、原田くん、ずっと黙って傍観してたのに、池から上がった男子に自分の着てたジャージをさっと投げてあげたんだよ。大人の対応だと思わない?

『まったく、ドジだなお前は。ほら、これ着ろよ』とか言ったりして!」


 りえちゃんは、頬に手を当ててゆるむ口元をおさえた。


 その現場ならわたしも見てた。けど、真実はりえちゃんが思っているものとは少し違う。


 あの日、原田は朝練習の時に、絵の具の水を捨てに行こうとしていた小道具の子と接触して色水をぶっかけられた。それで制服をダメにしてしまい、津村にジャージを借りていたのだ。そして、昼休み、津村が池に落っこちた。

 りえちゃんは、自分のジャージを泥まみれのクラスメートに貸してあげた親切な好青年と思ったみたいだけど、もともとあれは津村のジャージなのだ。親切でもなんでもない。むしろ、『洗って返さなくてラッキー』と言う気持ちが笑顔のはしから滲み出ていた。



 とは言え、そんな種明かしをわざわざしたところで虚しくなるだけだから、わたしは少し肩をすくめるだけで何も言わなかった。

「それだけじゃないんだよ」

 りえちゃんはわたしの気のない素振りなど気にしないでさらに話しを続けようとした。


 なんだか、このままだとあんまり面白くない方向へ話が展開しそうだ。わたしはこっそりと窓から離れてトイレにでも逃げ込もうかと、そっと後ろをうかがった。



「あ、原田くんと言えば!」


 りえちゃんは唐突にそう叫ぶとわたしの腕を掴んだ。


「あの噂、本当なの?」

「噂?」


 もしや、ロミオとジュリエットのことだろうか?

 いや、さっきの様子じゃそれはまだバレてないはず。だったら、「噂」とは何だろう。身に覚えがまったくない。 


 首をかしげるわたしに、りえちゃんはもどかしそうに顔をしかめると、掴んだ腕を引っ張って、さっきお弁当を食べていた席へわたしを座らせた。


「小学校の時の噂だよ」


 小学校、と言う言葉にわたしはぎくっとした。りえちゃんとわたしは小6の時、違うクラスだった。わたしたちの仲の悪さは他のクラスにまで広まっていたんだろうか。


「ねえ、どうなの。わたし前から気になってたんだよね」


 わたしは唇を噛みしめてうつむいた。この話題には触れて欲しくない、そう態度で示したつもりなのに、りえちゃんは何を思ったのか妙にはしゃいで身を乗り出してきた。


「その様子じゃホントなんだ!なんだあ、そんなに照れなくてもいいのに」


 ……照れる?

 照れるって何。恥じるの間違いではなく?それとも、何か別の噂があったのだろうか。


「ちょっと待って、噂ってどんな噂?」

「え、だから、原田くんが月夜ちゃんのこと好きだったって噂だよ」


「はあ?」


 ちょっと待て。そんなの初耳だぞ。一体何をどう間違えるとそんな噂が出てくるんだ?

「え、違うの?」

 りえちゃんがきょとんとした顔で問い返す。


 それまで静かに見守っていた美砂と皆子が同時に笑い出した。

「あったねえ、そんな噂!」

 美砂までそんなことを言う。


「知らないよ、何それ、誰よそんなデマ流したの」

「一部では有名な話だよ。原田がつくよんを好きでちょっかい出してるって」

 皆子が心底おかしそうな言った。

「一部ってどこよ!嘘もいいとこじゃん!あれが『ちょっかい』のレベル?美砂も皆子も同じクラスであの状況を見てたんだから知ってるでしょ」

 わたしがむきになってそう言うと、りえちゃんが「そうなの?」と言って首をかしげた。


「いろんな憶測が飛んでたよね」

 美砂が皆子に向かって言った。

「一番傑作だったのが、原田がつくよんのことが好きで、気を引きたくてちょっかい出したら、つくよんが拒絶して、それで怒った原田が、『どうせ嫌われるなら、他の男子とも仲良くできないくらい徹底的にいじめてやれ』ってどんどんエスカレートしてったってヤツ」

「あったあった、そんな噂」


 うなずきながらくすくす笑い合う美砂と皆子に、わたしは開いた口がふさがらなかった。

 どこの誰だ、そんなことバカなこと考えついたのは。絶対、少女漫画の読み過ぎか昼ドラの見過ぎだ。そんなドロドロ愛憎劇が小学生の間であるはずないじゃないか。



「あほらしい……」


 わたしが吐き捨てると、美砂は「なんでえ」と食い下がる。


「案外間違いじゃないかもよ?小学生くらいの男子ではよくあることじゃん。『好きな子ほどいじめたい』って」

「それは髪の毛引っ張ったり、スカートめくったり、そういう類のいじめでしょ。原田のはそう言うんじゃなかった。本気で嫌われることはあっても、気を引くなんてこと100%ないようないじめ方だったの。原田だって馬鹿じゃないんだからそれくらい想像できたでしょ。あれは、本気でわたしのことが嫌いだったんだよ」

「そうかなあ……」


 そうだよ……。


 わたしは心の中でつぶやいて、こぶしをぎゅっと握った。


 あいつがわたしを好きだったなんてありえない。

 あいつはわたしが嫌いだったんだから。


 今は、多分、あの頃よりもっとひどい。

 嫌い、よりも悪い状態があるとは思っていなかった。

 でも、わたしは知ったのだ。「好き」の反対は「嫌い」ではなく「無関心」なんだと。

 わたしはまた5日前のことを思い出して、悔しさがこみ上げてきた。


 今のわたしは、原田にとって



 「いない」存在なんだ――。



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