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キライな人  作者: 太陽
第3章 ジュリエットの気持ち
24/43

1-1



 気付いてみれば、劇本番までもう1週間をきっていた。

 ちょっと前に美砂と「あと2ヶ月ある」なんて話していたような気がするのに。


 今日は本番前最後の土曜日。

 クラスの練習はないけど、朝早くから部活の練習が入っていたからちょっと寝不足。

 午前中の練習を終えて、美砂と皆子とりえちゃんの3人と、1年4組の教室でお弁当を食べた。吹奏楽部は普段、2年校舎を使っているのだけど、学祭期間中、2年校舎はクラス展示でごちゃごちゃしているから、今は1年校舎で練習している。


 わたしは元々小食な上、あんまり食欲がなかったからみんなよりも早く食べ終わってしまった。


 美砂はこの2ヶ月で左手食べをすっかりマスターして、ご飯をこぼすことなく器用に口に運んでいく。

 今年6回目(いや、7回…8回目?)の癇癪を起こしたりえちゃんも、今はすっかり落ち着いて毎日楽しそうに部活に通っている。あと数日で引退ということもあり、後輩もりえちゃんも遠慮し合ってるみたいだ。いがみあってるより、譲歩した方が双方にとっていいと言うことに、ここに来てようやく気付いたらしい。人騒がせなんだから、まったく。


 人が食べているところをぼうっと見ているのはそう楽しいものではないから、わたしは窓際へ椅子を引っ張って行って窓の外を眺めることにした。


 うちの学校は、1年校舎と3年校舎が向かい合い2年校舎がその間に挟まる、いわゆる「コの字型」をしている。3階にあるこの教室の窓からは中庭が見渡せるようになっている。休日だって言うのに、忙しそうに動き回る人の姿がちらほら見えた。


「みんな頑張るねえ……」


 独り言のつもりでつぶやいた言葉を耳ざとく聞きつけた美砂がぶはっと吹き出した。


「つくよんってば、何たそがれてんの~」

 きゃははと笑う声が後ろから聞こえる。

「別に~」

 わたしは、振り向かずに生返事をした。



「なんか、つくよん最近やさぐれてない?」

 皆子がわざと声をひそめて言った。

「そうなの。5日くらい前から。理由聞いても教えてくれないし」

 美砂も皆子にあわせるように、ひそひそと言う。

「恋煩いですかね?」

 りえちゃんまで、面白そうに加わる。

「何!とうとうつくよんにも春ですか!」

「さては、誰かに告られたとか!ちょっと誰なのー?」


 もう9月。すっかり秋らしく、少し肌寒くなりつつあるはずの教室が、3人の熱気で2、3度上昇したような気がする。美砂たちは、この年齢の女の子らしく、その手の話が大好きだ。下手に否定したところで、「むきになってあやしい」とはしゃぐに決まってる。でも、このまま何も言わないと3人の妄想が一人歩きして面倒なことになるのは間違いない。

 わたしは首だけ振り返った。


「残念ながら、そのような事実はありません。ただテンションが上がらないだけです」

 美砂たちはしつこく「どうかなあ」「あやしい」などと勘ぐってきたけど、無視して窓の外に顔を戻した。



 やる気がしない。

 なんか、もう何もかもどうでもいい気分。

 何も考えたくない。劇のことも、過去のことも、原田のことも……。

 5日前に戻れればな……。


 わたしはバカだ、大バカだ。


 窓の桟に頬杖をついてゆっくりと息を吐いた。

 わたしの様子が思った以上に深刻だと察したのか3人は押し黙ってしまった。


 気まずい沈黙。

 隣の教室から後輩たちのはしゃぎ声が聞こえてくる。


「そう言えば」


 りえちゃんが突然声を上げた。


「昨日の2組のパフォーマンス見た?すごかったよねえ」

「ああ、うん。見た見た」


 美砂がそれに乗る。ちょっとわざとらしいけど、話題を変えてくれたようだ。


「よくやるよねえ」


 わたしも振り返って話題に参加した。

 せっかく気遣ってくれているのに、無視するのは良心が痛むからね。

「ほんとほんと。もう、プロ根性だよね、アレは!」

 ふと皆子の方を見ると、きゃっきゃと騒ぐ美砂たちを恨めしそうに見つめていた。


「……わたし、見てない」


 皆子がぼそりとつぶやいた。

「えっ!」

 わたしたちの視線を受けて、皆子はちょっと口をとがらせてみせた。

「昨日の昼休みは部長会議があったんだもん」

「ありゃあ、それはお気の毒」

 美砂がにやにや笑いながらそう言うと、皆子はとがった口をさらにとがらせた。


「ずるーい。人が真面目に会議出てる間にみんな楽しんで!ねえ、どんなだったの?」


 皆子があんまり真剣に悔しがるものだから、つい笑ってしまった。


 *


 それは昨日の昼休みのことだった。

 続木さんによって手の内をすべて公にされてしまった2組が、ある作戦に出たのだ。


 いつものように、美砂と並んでお弁当を食べていたら、2組の教室で「きゃー」という女子の黄色い声と、男子のはやし立てるような声が聞こえてきた。何事かと思っているとその声がだんだん近づいてくる。廊下側の窓を開けて身を乗り出してみると、うちのクラスと2組の間あたりに人だかりが出来上がっていた。何だろうと美砂と2人で首をひねっていると、その集団の中から数人が抜け出てこちらに近づいてきた。


 その人を見て、わたしはまぬけにも口をあんぐりと開けて絶句した。


「田中さーん。どうこのカッコ。可愛い?」


 神くんが、どこの花嫁さんですか?というような純白ドレス姿でやって来たのだ。


 髪はやわらかそうな金髪ウェーブのかつら。

 全体的にピンク系の化粧品を使ったばっちりメイク。

 笑うといつもの2割り増しで可愛い。

 ノリノリどころの話じゃない。


「何そのカッコ。もしかしてジュリエット?」

 美砂の問いかけに神くんは大きく胸を張ってみせる。

 昔、映画でジュリエットを演じた女優たしかオリビア……なんとかの影響か、ジュリエットと言うと黒髪ストレートのイメージがあるけど、神くんのジュリエットは生まれながらの美少女顔にあわせてフランス人形仕立てにしたようだ。


「すごいっしょ。全部手作りだぜ。サイズもぴったり」


 神くんはくるりとまわって見せた。スカートがふわりと広がる。背景に花や点描が散っているのが見えた気がしたのはわたしだけだろうか。犯罪的な可愛さだ。


「にしても、何この胸。つめすぎ」

 美砂が、不自然に膨らんだ胸をつつくと、神くんはわざとらしく胸を庇って見せた。

「いやん、えっち」

 その格好で「いやん」て……。

 腐っても神くんだ。キャラ台無し。


 呆れて苦笑いをしていると、それまで一歩引いたところで神くんを見守っていた人が近寄ってきた。


「こら。この格好をしている時はジュリエットなんだから、仕草と言葉遣いには気をつけないとダメじゃないか」


 誰だろう。わたしと美砂は顔を見合わせた。


「やあ、田中さん、那須さん」

 全体的に黒っぽい衣装に身を包んだその人はふっと笑ってウインクをして見せた。

「え、あ……もしかして、澪さん?」


 驚いた。

 普段おろしているまっすぐストレートの長い髪をオールバックに一つにまとめて、胸はさらしをまいているようだ。


「すごーい。澪さんカッコいい~」

 美砂がうっとりした表情でそう言うと、澪さんは美砂の手をさっととり、

「お褒めにあずかり光栄です」と言ってその手にくちづけした。


 うっわあ。


 男がやると鳥肌ものの台詞と仕草だけど、澪さんがやると妙にはまってる。2組から一緒についてきていた子たちと、野次馬していたうちのクラスから黄色い声が飛ぶ。澪さんは普段から大人っぽくてクールな感じの人だけど、それはあくまで女性的な格好よさだった。でも、今の澪さんはまったく女くささがなくて、本物の男の人みたいだ。


「じゃあ、ジュリエット。次は2組と4組の方へ行こうか」


 澪さんが右手を差し出すと、神くんはこくりとうなずいてその手に腕を絡めた。


「それでは、みなさん、2組の『ロミオとジュリエット』どうぞよろしく」


 手を振って去って行く二人は、どこからどう見ても、似合いの美男美女カップルだった。



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