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キライな人  作者: 太陽
第2章 ロミオの戸惑い
20/43

 新学期になって1週間が過ぎた。学祭本番まで10日をきっている。


 校内は常に人が入り乱れて騒がしく、教室には何やら得体の知れない大道具や小道具の失敗作なんかがあちこちに散乱している。

 中学最後のお楽しみ行事が近づいていると言うのに「学生の本業」なんかを気にするヤツは少ない。休み時間、放課後だけでは飽きたらず、授業中まで祭りの準備にあてる生徒が続出するのも無理もない。


 初めは教師に隠れてこっそり台本を開いたり、机の影で小道具を作ったりと可愛いものだったけれど、最近では一番前の席で台本を広げてぶつぶつと台詞をつぶやく猛者やら、もはや隠しもせず堂々と布と針で衣装作りにいそしむ強者まで現れている。


 昼休みの今も、弁当を広げながら話す内容と言ったら学祭のことばかり。とてもじゃないが受験生のあるべき姿とは思えない。

 そう言う俺はどうかと言うと、学祭、受験どちらに対しても冷めていた。数学の先生に嫌がらせのごとく大量に出された宿題に頭を悩ますでもなく、2組のロミジュリを覗き見に行く算段を立てているヤツらの話に加わるでもなく、ただ弁当を食うことだけに専念していた。


 入学当初はふたを開けるのも恥ずかしいくらい凝っていた弁当も、3年にもなるとネタ切れなのか、単に面倒くさくなってきたからなのか、あからさまに手抜きになっている。

 ただゴマをふりかけただけのご飯に、いたってシンプルな卵焼き。あとは冷凍食品のコロッケとナゲットだ。野菜が嫌いな俺にとってはありがたいことに、見事にタンパク質と炭水化物しか入っていないメニュー。と思ったら、コロッケの下に、温めただけのミックスベジタブルが入ってやがった!グリンピースは嫌いだって、あんなに言ってるのに!


「陽介もそう思うだろ?」

「ああ?」


 一緒に弁当を食っていた吉村、太田、カイの三人が全員俺の方を見ていた。いきなり話しをふられたところで、俺はこいつらの話しを何一つ聞いていないのだから答えようがない。


「だから、田中もよくやるよな、あんなヤな役」

「ヤな役って……ジュリエット?」


 3人が同時にうなずいた。

 ジュリエットは……ヤな役だったのか?


「原作のジュリエットならともかく、金村版ジュリエットは最悪。てか最低。むしろ悪女?」

「だよな。俺、初めて台本読んだ時、『なんだこの女』って思ったもん」

「わがままって言うか、自己中?正直うざいよな」


 最悪、最低、悪女、わがまま、自己中、うざい……言いたい放題だな。

 俺は金村さんのロミオへの仕打ちがひどいことにばかり気を取られて、ジュリエットが客観的にどう見えるかなんて考えたことがなかった。


「だいたいさ、ジュリエットってなんでロミオのこと憎んでる訳?」

「あ、それ俺も思った」

「なんでって、ジュリエットはマキューシオが好きで、ロミオがマキューシオの親友だからだろ」

 俺がそう言うと、3人は口々に反論してきた。


「そんなの理由にならねえよ!」

「普通に考えておかしいって!」

「そうそう!普通、好きなヤツの親友とはなるべく仲良くしとこうと思うしょ。将を射んと欲すればなんとやら、って言うじゃん」


 言われてみればそうだ。

 好きなヤツに仲のいい親友がいたとしても、殺したいほど嫉妬するなんてこと普通はない。

 ロミオとジュリエットは許嫁だけど、ジュリエットはロミオの親友のマキューシオが好きで、ロミオはジュリエットの従兄のティボルトに恋をしている。この場合、ジュリエットは、ロミオを憎んで殺すより、ロミオと共同戦線を張って、婚約を破棄した方が、マキューシオと結ばれる可能性が生まれるし、ずっと自然だ。だけど、台本のジュリエットは過激なまでにロミオを嫌い、憎み、殺意をあらわにする。

 確かに妙だ。なぜジュリエットはそこまでロミオを嫌ったんだ。


「ロミオがジュリエットを嫌いな理由は、金村さんの大演説もあったし大体分かるけど、ジュリエットにはロミオほどの強い動機がない気がするんだよな」

 吉村がそう言うと、残る2人もうんうんとうなずいた。


「まあ、しょせん学級劇だしな。さすがの金村さんも、そこまで深く考えてなかったんじゃないか」

 つとめて明るく言った俺の言葉に、吉村と太田は顔を見合わせて首をひねった。

「あ、あれでしょ。ほら、『なんとかにも筆のなんとか』!」

 カイの援護になっていない援護は綺麗に無視された。

 吉村は「金村さんに限ってそんなことはない気がするんだけどなあ」とつぶやいた。

 まあ、俺も本心から言った訳ではない。まさに「金村さんに限って」だ。

「どっかにそれらしいこと書いてあったっけ?」

 太田が手元にあった台本をぺらぺらとめくった。

 横に座る吉村も一緒に覗き込んでいる。

 俺は2人が夢中になっているすきに、グリンピースを2人の弁当箱に投げ入れた。


「あ、そう言えば」

 太田がはじかれたように台本から顔を上げた。

 俺は、グリンピースのことがバレたのかと思って、一瞬ひやっとした。

「キャスト班の台本って、俺らが持ってるこれと違うのか?」

 太田と吉村は大道具班だ。と言っても、ほとんど美術部のヤツらが仕切ってるらしく、こいつらはのんびり見学を決め込んでいる。まったくうらやましい話だ。

 カイは台本を受け取りざっと目を通すと「同じだよ」と言って太田に返した。

「え……、だってこれ未完成じゃん」


 太田は「ほら」と言って、最後のページを開いて見せた。

 太田の台本は一学期の最後に金村さんが配った、新台本の初稿版だった。

 そう、この台本は未完成だ。これに書かれている内容はこうだ。


 *


 キャピュレット家の舞踏会に招かれたロミオは、会場で片思いの相手ティボルトの姿を見つける。(俺はこの設定に納得していない)

 一方、ジュリエットは、ロミオに同行していたマキューシオに一目惚れする。

 ジュリエットは、マキューシオのことを許嫁のロミオだと勘違いし、父親に結婚の意志を告げる。喜んだ両親はその場で二人の婚約発表をする。その時になって、ジュリエットは自分の勘違いに気付くが時すでに遅し。


 その晩、キャピュレット家に泊まることになったロミオが庭を散歩しているとジュリエットの声が聞こえてくる。近づいて盗み聞きしてみると、ロミオに対する憎しみや己の運命を嘆く言葉だった。ジュリエットの自分勝手な言い分に怒りを感じたロミオは、彼女の前に姿を見せ、ジュリエットを非難する。


 結婚式が近づく中、気落ちした様子のジュリエットを心配したティボルトは、ジュリエットを悩ませているのはロミオの不実さだと勘違いし(これも実はジュリエットの策略なんじゃないかと思われる。たしかにひどい女だ)ロミオに決闘を申し込む。


 ティボルトのことが好きなロミオは(くどいようだけど、俺はこの設定に納得していない)ティボルトと戦うことが出来ず、代わりにマキューシオが相手をすることになる。マキューシオの剣がティボルトに刺さりそうになった時、ロミオはとっさにティボルトをかばいティボルトの剣がマキューシオの脇腹に刺さってしまう。マキューシオは死に、ティボルトは殺人の罪によって、追放されてしまう。


 マキューシオの死を知り、ジュリエットは涙にくれる。

 そして悲しみはいつしか怒りへと変わり、その矛先はすべてロミオに向けられる。

 ジュリエットはロミオを貶めるため、ある策略を練る。

 次の日、ロミオのもとに手紙が届けられる。


「ジュリエットが死に、彼女の後を追ってティボルトも彼女の墓で死のうとしている」


 我が目を疑うロミオだけど、実際にジュリエットの訃報が入る。

 その夜、ティボルトを止めるためジュリエットの墓近くに身を潜めていたロミオのもとへ、ティボルトが現れる。

「今度こそ決着をつけよう」と、ティボルトはロミオに剣を差し出す。彼に殺されるのなら本望だと、死を覚悟したロミオだけど、ティボルトにむりやり握らされた剣がふとしたはずみでティボルトの胸に突き刺さってしまう。呆然としているロミオの前に、仮死状態から目覚めたジュリエットが姿を現す。ジュリエットは、血だらけのティボルトと、彼を胸に抱くロミオを見て悲鳴を上げる。



         *


 とまあ、こんな感じだ。

 いいところでやめるなと文句を言われそうだが、仕方ないのだ。この後台本には、


『お互い胸のうちをぶつけあうロミオとジュリエット(台詞は未定)

 ジュリエットの短剣がロミオを突き刺す。

 ロミオ息絶える。

 その剣で自分の胸を突き、ジュリエットはロミオに折り重なるように息絶える。(幕)』


 と書いてあるだけなのだから。

 重要な部分の台詞は「未定」。

 さすがの金村さんも短時間で台本を書き上げることは出来なかったのだろう。


 俺は机から冊子を取り出すと、太田たちに投げてやった。

 金村さんは、夏休み中に、俺と田中だけにラスト部分の決定稿の台本を渡していたのだ。


「え、なんだ。ロミオ役にはちゃんと渡ってんじゃん」


 三人は顔をつきあわせて台本を覗き込んだ。

 俺は黙々と読み進める3人の顔を観察していた。目を見開いたり、うなずいたり、あっけにとられたり……3人は面白いくらいころころと表情を変えていく。



「……すげえ」


 太田がつぶやいた。

「なんつうか……すごいな」

 吉村もうなずきかえす。

「すごい……て言うより、ジュリエット、怖っ!」

 カイの言葉に二人は「言えてる」と言って笑った。


「特にここ、『わたしは一生あなたが嫌いよ。死んでも、生まれ変わっても、永遠に、ずっとずっと大嫌いよ』」

「こっちもすごくね?『嫌うなら、嫌えばいい。わたしもあなたが嫌いよ。あなたがわたしを嫌う以上に、あなたのことが大嫌い。ずっとずっと、何倍も、あなたのことが大嫌い』」

「でも、肝心な嫌う理由は『嫌いだから嫌い』なんだな。意味分かんね」

「やっぱり金村さんも考えるの面倒くさかったのかぁ?」

「そんな無責任な!」


 太田たちは笑っていたが、俺にはそんな単純は理由とはとうてい思えなかった。


「何はともあれ、このシーンは楽しみだな。なあ、このシーンいつ練習すんの?見たい」

 吉村の言葉に俺は首を振った。

「体育館の舞台練習まで練習しないらしい」

「はあ~~?」

 俺の言葉に、3人はそろって素っ頓狂な声を上げた。

 予想通りの反応だ。何を隠そう、俺もこれを聞いた時、そっくり同じ反応をしたのだ。


「ここが一番重要なシーンだろ」

「そうだよ、舞台練習ってたしか本番の3日前、だったよな?それまで1回も練習なし?」

「無謀だろ」


 俺だってそう思う。

 金村さんが俺にそのことを告げたのは昨日だ。

 そもそも、それ以外のシーンは金村さんの演出のもと、しつこいくらい練習していると言うのに、ラストシーンだけは夏休み中はもちろん新学期に入っても読み合わせすらしようとしないのはどう考えてもおかしいと思っていた。夏休み中、他のキャストからラストシーンの練習はしないのかと声は上がっていたけれど、

「そのシーンは長いし、2人しか登場しないから、みんなで練習出来るところを優先してやった方がいいと思う。ラストシーンはわたしが後で個別に練習見るから」と、のらりくらりと言い逃れて、結局1回も練習のお声はかからなかった。


 分かったような分からないような理由。他の人間が言った言葉ならすぐさま反論があってしかるべきところだけど、そこは人望のある金村さんだ。「そう言うからにはなにか考えがあるに違いない」と誰もが納得して、それ以上追求する者はいなかった。俺も、特に追求はしなかった。なぜ金村さんがそう言うのか、理由はなんとなく分かったから。


 俺と田中の接触をなるべく避けるため。


 これしか考えられない。

 ラストシーンは唯一、ロミオとジュリエットが文字通り「接触」する場面だ。バルコニーシーンも2人きりではあるけど、あそこでは「バルコニー」という大きな障害物があり、2人は遠く離れたところから言葉を交わす(と言うか投げつける)だけだ。


 でもラストシーンは違う。

 最後、ロミオとジュリエットは剣を奪い合うためにかなり接近しなくてはならない。

 田中は大分落ち着いたとは言え、金村さんとしてはあまり俺らを近寄らせたくないのだろう。

 俺としても、やらずにすませられるものならすませてしまいたいと言う気持ちがあったから、気にしていない風を装っていた。

 ただ、本番2週間を切っても、いまだに練習ゼロってのはさすがにまずいんじゃないかと不安になってもいた。


 そして昨日、金村さんから「舞台練習まで練習なし」と告げられたのだ。

 おいおい、と思っていると、金村さんは例の完璧すぎる笑顔を見せてこう言った。


「この場面は、この劇で一番重要な場面なの。だからあんまりくどく練習して、新鮮みがなくなってしまわないように、練習は最小限に留めたいと思う。ただし、本番までに、じっくり、自分でどう演じるか考えてきてね」


 言葉の裏にはらんでいる真意のほどは、その表情からはさっぱり読み取れなかったけれど、だからこそ表面通りの理由からではないことだけははっきり分かった。




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