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キライな人  作者: 太陽
第2章 ロミオの戸惑い
17/43

3-1


 教室に入ると、まだ集合時間には間があるというのに、半分以上のキャストが集まっていた。早めに来たヤツらが机と椅子を教室の後ろ側へ移動させたのか、前半分に大きな空間が出来上がっている。


「陽介、何してたんだよ。俺とっくに着いてたぞ」

 鞄を置きに、窓際へ行こうとした俺を見て、カイが文句を言った。

「レンが離してくれなかったんだよ」

 鞄を放り投げて一息つくと、金村さんが近寄ってきた。


「原田くん、今日は早かったね。やる気十分?」


 前回、前々回と、大幅に遅刻してきた俺への嫌味だろうか。

 思わず冷や汗が出そうになった。

 金村さんの表情はにこやかだ。いや、にこやかすぎた。

 その笑顔があまりに完璧すぎて、余計に背筋が寒く感じたのは俺の考えすぎだろう。

 きっとそうだ、そうに違いない。


 ……じゃないと怖すぎる。


 俺は動揺を隠そうと、わざとむすっとした顔をした。


「別に。誰かさんが、親切にも俺の母親にわざわざ連絡してきやがったんだよ。おかげで今日は1時に家を追い出された」


 ぶっきらぼうにそう言うと、俺はカイの方をじろりと睨みつけた。

 カイは一瞬びくっと身体を縮ませたけど、すぐにごまかすように、にへらと笑った。





「あ、田中さん」

 俺は金村さんの言葉に反射的に視線を窓の方へそらした。

「つくよーん、おはよー」

 那須が大声で呼んでいる。

 わずかな苦笑とともにあいつが教室に入ってくる音が聞こえる。


「もう『おはよう』の時間帯じゃないけどね」


 那須の横あたりで、ものが置かれる音がする。田中の鞄だろうか。

「いいじゃーん、こまかいこと気にしすぎなんだよ、つくつくは」

 少し間があって、田中が怪訝な口調で言った。


「……何、『つくつく』って?」

「つくよんの新しいあだ名」

「またあ?やめてよ、人をセミみたいに呼ばないで」

「え、セミ?」

「ああ、つくつくほうし?」


 新しい声が加わった。金村さんだ。


「え、何、何それ。つくつくほうし?」

「那須さん知らない?このあたりにはあんまりいないけど、『つくつくほーし』って鳴くセミがいるんだよ。『おおしいつくつく』だって言う人もいるけど」

「しらなーい。何それ面白い。よし。それ、つくよんのあだ名にしよう!今日からつくよんは『つくつくほうし』ね」

那須はけたけたと笑いながら手を叩いた。


「ぜっったい、や・め・て」

「なんでぇ、面白いじゃん」

「美砂がわたしのこと『つくつくほうし』って呼ぶんなら、わたしは美砂のこと『なすみすな』って呼ぶから」

 那須はうっと息をつまらせた。そして、しばしの沈黙の末、しぶしぶと言った様子で「分かった、言わない」と答えた。


「『なすみすな』?…って那須さんのフルネームじゃない。なんでそれが嫌なの?」

 不思議そうに問う金村さんの言葉に、田中は「ああ」と言ってくすりと笑った。

「『なすみすな』って下から読んでみて」

「え?な、す、み、す、な……ああ、那須美砂!すごい、回文になってる」

 世紀の大発見をしたような声ではしゃぐ金村さんに、那須は不満げな声を出す。


「ふざけてるっしょ、うちの親。だいだい、あたし『那須』って名字、大っ嫌い。この名字のせいで小さい頃どんだけからかわれたことか」


 確かに、「なす」という響きを聞いて、まっさき頭に浮かぶのは、あの紫色の野菜だ。いじめられてもおかしくない。

 にもかかわらず、小学校で那須が名字のことでいじめられる場面に出くわしたことは一度もないのだけど。嘘か本当か知らないが、那須は幼稚園の時、名字をからかった男子を病院送りにしたことがあるらしい。それ以来、あえてからかうバカはいなかったのだ。


「あたし絶対結婚して名字変えてやるんだから」


 鼻息を荒くしてそう宣言する那須に、クラスのみんなが笑った。

 俺もついつられて笑ってしまった。



 その時、誰かが階段をものすごい勢いで駆け上ってくる音が聞こえてきた。

 その音の主はそのまま走ってうちの教室の前まで来ると、開けっ放しだったドアから勢いよく飛び込んできた。そして、「つくよちゃーん」と絶叫に近い声で呼びながら田中目指して突進した。

 がたがたと言う音とともに、田中は寄せられていた机に追いやられた。見るからに評準体重を下回ってる細い身体は、突然の衝撃を受け止められなかったようだ。


「りえちゃん?」


 4組の鈴木りえ。

 顔をぐちゃぐちゃに濡らして、田中にしがみついている。


「もういや!もうやだ!辞める。あたし吹奏楽部辞める」


 田中は眉間にしわをよせた。


「もうあんな子たち知らない。あたしなんかさっさと引退すればいいと思ってるんだもん。お望み通り辞めてやるわよ!だってそうでしょ!なんであたしばっかり後輩にバカにされなきゃいけないのよ!」


 鈴木は悲しんでいるのかと思えば、むしろ怒っているようだ。

「うん、うん、分かったから……」

 なだめようとする田中の言葉を遮って、鈴木はまたもやヒステリックな声を上げた。


「もう、絶対辞める。今度こそ本気なんだから、あたし絶対部活辞めるから!」


 ぎろりと睨みつける鈴木の目を見て田中は観念したようにため息をつき、困り顔で金村さんの方を見た。


「ごめん、まだ時間ある?ちょっと抜けるね。もし時間になっても帰ってこなかったら、先にわたしの出番がないシーン練習してて」


 金村さんがうなずくのを見届けると、田中は鈴木の肩を抱いて教室を出て行った。

 台風一過。

 そんな言葉が頭をよぎった。




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