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キライな人  作者: 太陽
第2章 ロミオの戸惑い
16/43


 8月頭にあった登校日から、ちょうど1週間。キャストの練習は週に3回ある。

 今日は新台本になってから4回目の練習だ。


「暑い……」


 最近、口を開くと「暑い」しか言っていないような気がする。

 でも、暑いもんは暑いんだから仕方ない。いくらでも言ってやる。


「暑い、暑い、暑い!」


 次第に口調に怒りが混じってくる。


 体が重い!

 汗で前髪がはりつく!

 なんでこんなくそ暑い中30分もかけてわざわざ学校へ行かなくちゃいけないんだ。

 しかも、2時に集合なんてふざけている。

 一日の中で一番暑い時間帯に歩かなくてはいけない身にもなってみろ。


 ここ数日の暑さは異常だ。3日前に東京からやって来た従兄が、「避暑に来たのに、連日、最高気温が東京よりもこっちの方が高いなんてどういうことだ!」とぶつくさ文句を言っている。

 5年くらい前までだったら、こんな暑い日は1年の間で3日あれば多い方だったけど、もう今日で1週間連続30度近い数字を記録し続けている。ガラにもなく「地球温暖化」を身近に感じてしまう。


「くそ、暑いんだよ」


 怒りにまかせて鞄を振り回すと、ちょうどカイの腰の辺りにぶつかった。


「よ~すけぇ!」

 カイが恨めしそうに俺の方を見た。

「暑いのは俺のせいじゃないんだから、俺に八つ当たりするなよ」


 小太りのこいつを見ていると余計に暑くなってくる。

 ああ、いらいらする!


「うるせえ。お前のせいだ」

「なんで」

「こんな時間に学校へ行かなきゃいけないのも、夏が暑いのも、地球が丸いのも、全部お前のせいだ」


「なんでだよお」「陽介!」


 カイの情けない声にかぶって陽気な声が聞こえた。

 声の主はレン、2組の神蓮一郎だった。

 校門の前で、腕をぶんぶんと振りまわしている。

 あいつは夏だろうと、冬だろうと年中無休で元気だ。

 俺は軽く手を挙げた。

 レンはずぼんのポケットに両手をつっこみながら近寄ってきた。

 すそをすねまでまくり上げ足は素足にサンダルと、校則違反のオンパレード。

 まねはしたくないが涼しそうだ。


「よう、お前らも劇の練習?」

「2組もか?」

「おう、うちは午前中からやって今終わったとこ。1組覗いたら、人集まってたから、お前も来るかと思って待ってた」


 俺はカイに向かって手を払った。『先に行け』の合図だ。

 カイが去っていくのを見送ると、レンが俺の肩に腕をまわそうとしてきた。俺とレンの身長差は15cmはあるから、俺は前のめりにつんのめる形になってしまう。


「で、お前のクラス何やんの?」


 ただでさえ暑いのに、身体が密着しているから余計に熱を感じて背中に汗がにじむのが分かった。

 俺はレンを振り払った。


「暑い、くっつくな」

「なあ、なあ、教えろよ」


 レンはしつこくはりついてくる。


「そう簡単に教える訳ないだろ。他のクラスのヤツらには漏らすなってクラス全員、口止めされてるんだよ」

「なんだよ、けち」

「はいはい」


 俺は大股で歩き出した。

 足の長さが違うから、レンは小走りで追いかけてくる。


「ちぇ。ガード固いんだよな、1組は。続木にも聞いたんだけど、お前と同じで一言も漏らさなかったよ。あいつおしゃべりなのに」


 たしかに意外だ。

 続木は影で「歩くスピーカー」と呼ばれていることからも分かるように、いつも噂話をあちこちでばらまき歩いている。


「すっげえ損した気分。うちのクラスのは1組のせいで学年中に知れ渡っちまったってのに」

「知るかよ。文句なら続木に言え。あいつがばらまいたんだから。お前の彼女だろ」

「いや、別れた」

「はあ?」


 思わず声がでかくなってしまった。

 たしか続木とは夏休み前に付き合い出したばかりだったはずだ。


「いつ」

「昨日」

「なんで」

「劇の演目教えてくれなかったから」


 ……なんてくだらない理由。


 こいつはいつもそうだ。

 レンは無邪気で人なつっこい顔をしているが、ひどい女ったらしだ。

 天真爛漫で人畜無害に見えるこいつの笑顔は母性本能をくすぐるのか言い寄る女は後を絶たないけれど、長続きしたためしがない。しかも、いつもこいつの一方的でくだらない理由が破局の原因だ。


「なに、じゃあお前、今、フリー?」

「うーん。実は前から吹奏楽部の2年の子から声かけられててさ。あんまりタイプじゃないから今まで適当にあしらってたんだけど、まあよく見れば結構可愛いし、とりあえずキープしとこうかな、とは思ってる」

「お前は……」

 最低男な発言を平気でするこいつの神経の太さには、呆れを通り越して尊敬したくなってくる。


「ただ、その子、美砂が可愛いがってる後輩らしくてさ。泣かせたりしたらあいつに何されるかと思うと、あんまり適当にも扱えないし、やっぱやめといた方がいいかなあ」

「知るか。1回、那須に殺されてこい。そんで生まれ変われ」

「あ、ひでえ」


 レンはぷうと頬をふくらます。

 女が見たらほだされるのかもしれないが、男で、かつ幼なじみの俺に効果はない。


「それに美砂に睨まれると、俺の悪い噂が田中さんに筒抜けなんだよ。俺、どっちかというと田中さんに軽蔑される方が嫌だしなあ」


「田中?」


 思いがけない名前に不覚にも口調が強くなってしまった。

 レンはそんな俺の反応にはかまわず、頭をがしがしとかいた。


「そ、田中さんって、まっすぐって言うか真っ白って言うか、よく言えば純粋、悪く言えばお子様って言うの?今時珍しいくらい真面目だし。そんな人にさ、冷たい目で見られるとへこむっしょ」


 レンと田中たちは家が近所だから割と仲良くしていることは知っていたけど、レンから直接田中のことを聞くのは初めてだった。


「お前、田中のこと好きだったのか?」


 無意識に、言葉がこぼれ落ちた。

 レンはきょとんとした顔をしている。

 その顔を見て俺は我に返った。


 何を聞いているんだ、俺は!


 内心焦りまくった俺は、必死でとりつくろうと頭の中で弁解の言葉を探した。

 でも、俺の言葉より先に、レンが顔をほころばせて首をふった。


「そんなんじゃねえよ。ただ田中さんってからかうと面白いんだ。本気で嫌われたら、もう田中さんで遊べないし」


 田中「と」じゃなくて、田中「で」かよ。


「お前、もうすでに嫌われてるんじゃねえの?」

 呆れてそう言うと、レンは

「いや、大丈夫。少なくとも嫌われてはいない自信ある」

と胸を張って言い放った。


「何を根拠に」

「田中さんって、顔に出るんだよ。本気で怒ってたり嫌がってたらすぐ分かる。俺は本気で怒らす一歩手前でからかってるだけ。たま~に、禁止領域にうっかり踏み込んじゃうこともあるけど、そういう時はすかさずフォローしてるもんね」


 自信満々に言い張るその言葉に、俺は少なからずショックを受けていた。

 そんな俺の様子をどう誤解したのか、レンはにやっと笑うと


「あっれ~?何、陽介こそやけに田中さんのこと気にしてんじゃん。 実は好き、とか?」


 などと言いやがった。


「バカ言うなよ、誰が」


 俺はそう言い捨てると足早に歩き出した。

 後ろでレンが何か言いながら追いかけてきたけど、俺の耳にはほとんど入っていなかった。



 好きな訳がない。

 それだけは絶対にありえない。


 俺は田中に嫌われている。おそらく間違いなく。

 田中は決して俺に近寄らない。

 劇の練習でやむを得ず隣に並んだときもずっと身をこわばらせていた。

 当然と言えば当然だ。俺はあいつを傷つけたのだから。

 傷つけるつもりはなかったと言ったら嘘になる。

 俺はたしかな意志をもって、あいつを傷つけた。


 ただ、俺は自分が与えた傷の深さを分かっていなかった。

 レンは「面白いからからかっている」と言った。

 俺もはじめは同じようなつもりだった。

 面白いから、と言うより、なんとなく気にくわないからキツイ言葉をぶつけた。


 だからこそ、レンの言葉に動揺したのだ。

 俺はレンのようにあいつの気持ちを読み取ることが出来なかった。

 レンが言う「禁止領域」に踏み込んだどころか、ぐちゃぐちゃに荒らし回り、修復不可能になるまで破壊しつくして初めて気付いたのだ。自分のしたことに。



 好きな訳ない。

 好きになれる訳がない。


 ただ、罪悪感があるだけだ。





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