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キライな人  作者: 太陽
第2章 ロミオの戸惑い
15/43

1-2

「みんな知っての通り、2組の演目も、うちのクラスと同じ『ロミオとジュリエット』です。しかも、2組は男女を入れ替えています。同じ演目をやるんだったら、それに対抗できるような何かをしなければ、インパクトで負けてしまう。

 今の台本は、自分で書いておいて言うのもなんだけど、オーソドックスすぎてつまらない。このままじゃ確実に2組には勝てません」


 金村さんの力説に、クラスが揺れた。


「インパクトって言っても……。じゃあ、具体的にどうすんの?」


 不満げな意見が上がると、金村さんは意味ありげに微笑んだ。


「あっちが男女を逆にするなら、こっちは設定を逆にします」


 意味が分からない。

 クラスのほぼ全員の頭にクエッションマークが浮かんだはずだ。


「つまり、ロミオとジュリエットは愛し合いません、憎み合ってもらいます」


 ますます意味が分からない。クラスが一気にざわついた。


「モンタギューとキャピュレットは何代も前から仲のいい関係で、両家の子どもたちは生まれた時から結婚することが決められていた。でも、ロミオとジュリエットはお互いのことが愛せなかった。お互い別の人に惹かれ、お互いのことを憎む」


「ちょ、ちょっと待って!それじゃ『ロミオとジュリエット』じゃない、まったく別の話じゃん!」


 誰かが言った。

 同意見だ。

 ところが金村さんはそんな質問も予測済みだったのか、至って平静な様子でこう断言した。


「大丈夫。話の流れを原作通りにすればちゃんと『ロミオとジュリエット』だって分かるから。ちゃんとバルコニーのシーンもあるし、ティボルトとロミオの決闘もある。ラストは原作通り『ジュリエットはロミオの身体に折り重なるように息絶える』で終わらせる」


 またクラスがざわついた。

 そんなことが可能なんだろうか。


「台本はもう出来上がっているんで、それを読んだ上でご検討下さい」


 金村さんはにっこり笑って自分の席に着いた。



 *


「憎み合うロミオとジュリエット」


 そう聞かされた時ピンときていたけど、台本を読んで確信した。

 この台本変更は、田中、そして俺のためになされたようだ。

 ロミオとジュリエットの愛の台詞はすべて憎しみ合う台詞に変更され、2人はほとんど向かい合うことすらなくなっていた。

 いくら2組に勝つためとは言え、あまりにも露骨すぎる変更だ。

 おそらく昨日の放課後あたりに田中から直接俺らの関係を聞き出したんだろう。


 思わず苦笑がもれた。

 田中はどんな風に俺を罵ったんだろうか。

 きっとひどい言われようだったんだろう。

 台本を読んでいて、節々に金村さんから俺への怒りが感じられる。

 田中から嫌われるのは仕方がないとして、金村さんにまで睨まれるのは正直おもしろくない。

 うーん、とうなっていると、カイが台本のある部分を指さしてきた。


「この設定、すごくない?陽介、これやるの?」


 俺は顔をしかめた。

 カイは笑いたいのを必死で抑えようとして、顔が変に歪んでいる。


 新しい台本にほとんど文句はなかった。

 正直、俺も以前の鳥肌が立つような愛の台詞には我慢ならなく思っていたから今回の台本の方がやりやすい。

 ただ、一つ受け入れがたい設定があった。

 それは、「ロミオはティボルトに片思いしている」と言うところだ。

 ティボルトはジュリエットの従兄、つまり男だ。

 何が悲しくて、男に恋するゲイの役をやらなくてはいけないんだ。

 金村さんの嫌がらせとしか思えない。


 いつまでも顔を歪ませているカイがうっとうしくて、「前向けよ」と椅子を蹴っ飛ばした。


「金村さん、ちょっと……」


 ふと目をやると、担任が金村さんを呼んで台本を指さし何か言っている。

 みんな台本を片手にわいわい話しているからよく聞き取れないけど、「この設定は」「教育的にも」「ここだけ変えることは」と言う言葉から考えて、担任も同じところが引っかかったみたいだ。


 もしかして、この設定はカットされるかも。


 俺は期待を胸に身を乗り出した。

 しかし、そんな希望の光は一瞬で打ち消されてしまった。

 金村さんは背筋をぴんと伸ばしてきっぱりと却下したのだ。


「無理です。この設定は削れません」


 まったく揺るぎのない堂々とした態度だった。


「ロミオはティボルトに恋をします。だけどティボルトはジュリエットのことが好きなのです。だから、ロミオはジュリエットを憎むんです。この設定を削ったら、ロミオがジュリエットを憎む必然性がなくなります」


 まだ二十代の新米国語教師は見るからに金村さんに気押されている。


「じゃ、じゃあティボルトを女にしたらどうだ?幸い、ティボルト役は那須さんだし」

「それも無理です」


 金村さんは即座に切り返した。


「ロミオとティボルトは決闘しなくてはいけません。普通男女で決闘はしないと言うことは百歩譲って目をつぶるとしましょう。でも、先ほど言いましたが、ティボルトはジュリエットに恋しているのです。愛するジュリエットのために自分は身を引いて、彼女の幸せのために彼らの結婚を祝福しようとした。それなのに、どうやらロミオはジュリエットに冷たくしているらしいと知って、怒りのあまりロミオに決闘を申し込むんです。彼女を傷つけることはたとえ誰であっても許せないと。

 ティボルトを女にすると、ティボルトが決闘を申し込む理由がなくなります。」


「じゃあ、その場面を」

「決闘場面そのものを削ると言う案も却下します。決闘場面がなければマキューシオが死にません。原作でもロミオが追放されるきっかけとなる重要な場面です。ここがなければ『ロミオとジュリエット』とは言えません」


 淡々と、でも一歩も譲らないぞ、という決意を感じさせる金村さんの言葉に、ざわついていた教室がしだいに静かになっていく。


「うーん、でも教育的にな……」

「先ほどから、教育的、教育的とおっしゃいますが、同性愛を扱うことがなぜ教育的によくないのですか?わたしは何も面白おかしく笑い者にするためにロミオを同性愛者にしたのではありません。同性愛であるがゆえの苦しみを描きたいのです。

 キリスト教では同性愛は禁止されています。ロミオはもちろんクリスチャンです。だから、彼の恋は絶対に実らないのです。だからロミオはジュリエットを恨むんです。自分がどんなに想っても手に入らない人の心を掴んでおきながら、別の男、しかもよりにもよって自分の親友マキューシオに心惹かれるジュリエットが許せないんです」


 金村さんは一息つくと、担任の顔をまっすぐと射抜いた。


「これは『悲劇』です。そのために、ロミオはティボルトを愛さないといけないんです。ただ同性愛だと言うだけで、教育的によくないとおっしゃる先生の考え方の方が、よっぽど教育的によくないのではないですか?」


 クラス中がしーんと静まりかえっていた。俺は息をするのも忘れてしまっていた。

 誰かがぱちぱちと手を叩いた。

 それにあわせて、みんな次々に手を叩き出し、いつのまにか盛大な拍手になっていた。


「いいぞー、金村さん」

「感動した。この台本でいこう」

「そうだ、そうだ」


 担任は青い顔で肩を落とした。

 俺は「おいおい、もう少しがんばれよ」と、いつのまにか大合唱になっている「金村コール」に苛立ちながら、心の中で担任にエールを送った。

 担任は観念したように息を吐いた。


「分かった、好きにしなさい。そのかわりクレームが来たら、僕の代わりにさっきの演説をしてくれよ」


 どうやら俺のエールは届かなかったようだ。


 そんな訳で、見事クラス全員を味方に付け、担任の了承も得て、台本は認可されることになったのだった。



 肝心のロミオ本人の意志は完全に無視されたまま。



 *


 と言う経緯を経て、『新ロミオとジュリエット』は今日から練習に入ることになった。なんだか金村さんに上手くはめられた気がする……。


「はーい、キャスト班。練習始めます。集まって下さい」


 やけにはりきった金村さんの声。

 俺は誰にも気付かれないように小さく舌を打った。




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