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キライな人  作者: 太陽
第2章 ロミオの戸惑い
14/43

1-1

「暑っつ」


 ぼろい公立中学校にクーラーなんて気の利いたものはない。

 使えるのはうちわ代わりの下敷きくらいだ。

 いくらここが国内では涼しいと言われる北国とは言え、暑い日くらいある。

 特に8月に入ってから、一気に暑くなった。

 普段、暑さに慣れていない分、余計、まいってしまう。


 この窓際後ろから2番目という席は、くじ引きで裏工作して手に入れた。

 ここなら授業中暇な時、外の景色を見て退屈しのぎが出来ていいかと思ったんだけど、こうも暑いとは計算外だ。

 真夏の太陽は、憎らしいくらい容赦なく、俺の茶色い髪に熱を与える。

 茶髪でこれじゃ、黒髪のヤツはもっと暑いんだろう。同情する。


 毎年思うことだけど、なんで夏休みには「登校日」なんてものがあるんだろう。

 どうせあと2週間もしたら新学期だというのに。

 たった今終わった担任の連絡と説教も、案の定耳タコなことばっかりだった。

 おまけに今年はこの後、学祭の準備なんてものまで入っている。

 せっかく部活も引退して家でのんびり出来ると思ってたのに。


「だっりい。帰ろっかな」


 ぼそっとつぶやくと、前の席のカイが耳ざとく聞きつけて「ええーー!」と大声をあげた。


「頼むよ、主役がいないと練習できないじゃん。俺、一応リーダーなんだからさあ」


 カイは今にも泣き出しそうな顔で俺の腕を掴んだ。


 こいつ、津村甲斐とは小1からの付き合いだけど、精神年齢は出会った時と変わってないんじゃないかと疑いたくなる。

 もうちょっとからかってやろうかと言う考えが一瞬頭をよぎったけど、これ以上言うと大騒ぎしてクラス中の注目を浴びそうだ。うっとうしいこと限りない。

「冗談だよ」

 目に見えてほっとした顔。本当に分っかりやすいヤツ。



 にしても、面倒くさい。

 学校祭なんて、なんてことない行事のはずだったのに。

 予定では裏方をお遊び程度に手伝うか、ほとんど出番のない役でもやってあとは傍観者でいるはずだった。

 それなのに、まさかこの俺が劇の主役をやることになるなんて。


 それもこれも、全部こいつのせいだ。俺はカイの椅子を蹴っ飛ばした。


「痛っ。陽介!」


 振り返って抗議するカイの声を無視して、俺は腕を組んで背もたれによりかかった。



 くじなんて俺には意味のないものだった。

 もし当たりを引いたとしても、席決めの時と同じように他のヤツらに気付かれる前に誰か適当なヤツに押しつけようと思っていた。

 そう、押しつけるヤツ第一候補は他でもない、たった今ぶつくさ文句を言っているこいつだ。

 それなのに、俺の企みを知ってか知らずか(おそらく知らずにだろう。カイは保身とかそういうことを考えられるほど器用じゃない)、こいつが声を上げたせいでクラス中に俺がロミオを引き当てたことが知れ渡ってしまった。


 さすがに、クラス中に知られた後で堂々と工作出来るほど俺の神経は図太くない。

 面倒くさいけど仕方なかった。

 せめてジュリエットがあいつじゃなければなあ……。

 まったく、よくもまあこんなやりにくい組み合わせになったもんだ。

 誰かが仕組んだんじゃないかと疑いたくなってくる。




「つくよん。この前貸した3円返して」


 ふいに、那須美砂のでかい声が耳に入ってきた。

 俺は無意識に耳をそば立てる。


「えー。今こまかいの持ってないよ。あ、5円玉があった。はい、2円おつりちょうだい」

「あたしもこまかいのもってないもん。はい、5円。3円おつりちょうだい」

「だから、持ってないって言ってるでしょ。はい、2円おつり」

「3円おつり」

「2円おつり」


 思わず吹き出しそうになった。

 見てはいないけど、5円玉が二人の間を行ったり来たりしている情景が目に浮かぶ。


 こいつらのやりとりはまるで漫才だ。

 この前は「冬山で遭難するとして、持って行く野菜は何だ」と言う議論を延々30分もしていた。ちなみに、那須が「トマト」で田中は「大根」だった。

 那須が「トマトはそのままかじれるけど大根は生じゃ食べられない」と指摘すると、田中は「生でも食べられないことはないし、トマトは転んだらつぶれる」と反論し、両者一歩も引かない。

 結局、金村さんが「じゃあ、きゅうりにしたら。生で食べられるし、つぶれないよ」と提案してその場はおさまった。

 ぶっちゃけトマトだろうと大根だろうときゅうりだろうとどうでもいいし、そもそも遭難することを前提に持って行くものを考えると言うのも変な話だ。(というか、野菜でないといけない理由が分からん。パンとかじゃダメなのか?)

 でも言ってる本人たちは至って真面目、計算しないでやっているのだからなおさらおかしい。


 耳をすますとまだにぎやかな声で「2円」「3円」を繰り返している。


 田中はすっかりふっきれたみたいだ。

 夏休み前はぼろぼろだった。

 理由は聞かなくても分かる。劇のせいだ。



 夏休み前の最後の練習で、あいつは他のキャストともめた。

 まあ、あの演技じゃ当然だ。(俺も人のことを言えないが。)

 田中は目に見えて落ち込んでいた。

 そして、「大丈夫かよ」と思っていたら、次の日突然、脚本の金村さんが「台本を変える」と言い出した。

 もちろん、クラス中大反対。

 当たり前だ。

 せっかく他のクラスに先駆けて準備に入っていると言うのに、何を考えているんだと誰だって思う。


 でも、その後の金村さんの演説は、すごかった。



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