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第二話 好奇心

 気が付けば、沈みかけの夕日で辺りは赤く染められていた。

「困ったな…。俺、自分が何を考えてんのか分かんねぇや」

 幻想的な赤の中で、光平は溜め息と共に言葉を漏らした。いつの間にか烏はどこかへ飛び去ってしまったようだ。

 


 ビラを家に持ち帰った光平は、それをゴミ箱へ突っ込んだまま無意味な時を過ごしていた。テレビを見たり、漫画を読んだり、ゲームをしたりと、あらゆる娯楽を嗜んではみるものの、しばらくすれば飽きてしまう。友達でも誘って遊びに出かけようかとも思ったのだが、受験生と言う立場上、そんなことはできない。かといって、勉強する気も起きない。

 春の暖かさというものは体や脳の自由を奪う。一人きりの部屋で暇を持て余していた光平は、知らないうちに眠りについていた。

 目を覚ました時には、時刻は既に正午をまわっていた。上がりきった太陽の光が、容赦なく光平の部屋へ入り込む。じんわりと滲んできた汗が気持ち悪くて、光平は日の当たらないリビングへ下りていった。

 昼食に、買いだめをしておいたカップラーメンを食べた光平は、そのゴミを捨てる際にゴミ箱の中のビラに目をとめた。理由は分からないが、何かに惹きつけられるような気分でビラを拾う。

「これって、バイト募集中ってことなんだろうなぁ」

 ぐしゃぐしゃになった紙を広げて文面を読み直した光平は、しばらくの間そのビラを持て余していた。

 自分の財布がピンチだという事は分かっている。財布の中身が一円玉と十円玉しかないことも、枚数を数えるのが両手の指で足りてしまうことも、次に収入が入るまでに二週間以上あることも分かっている。

 このビラが募集している仕事内容が、とてつもなく怪しいであろう事も分かっている。

 そして、自分がそんな怪しい仕事に多大なる興味を抱いていることも分かっていた。

 昔からそうだった。刺激の少ない人生を歩んできたからろうか、好奇心は人一倍旺盛な人間に育ったようだ。少しでも興味を抱いたら最後、納得するまで興味の対象に関わることを望んでいた。そのくせ飽きやすい光平の部屋には、数週間で弾かなくなったギターや、最後まで読みきることのなかった連載小説などが大量に転がっている。

 興味がわくのは物質に限ったことではない。小学校の裏に埋蔵金の噂を聞けば、寝る間も惜しんで発掘に出かけた。近くの銀行に強盗ありのニュースを聞けば、授業を抜け出して野次馬に行った。そのおかげで、何度大人たちから厳しい視線を向けられたことか。

 しかし、それでも光平の性格は変わらなかった。変える必要もないと思っていた。どんなに怒られても、実際、好奇心に駆られた時は楽しかったのだ。

 少しだけ開けた窓から入り込む風が、ビラを揺らす。それと同じように、光平の心も揺れ始めた。

「だいたい、妄想を叶える手助けって何なのかね」

 その答えを知るために出来ることは一つしかないんだよな、と光平は自分を納得させるかのように笑った。

 

 

 その安易な決断の結果が、これだった。

 大通りをはずれ、細い路地裏に隠れるように入り口を持つ小規模なビル。ここ、東京の街ならばどこに行っても見ることが出来るような二階建てのビルの前で、光平は何度目か分からない溜め息を漏らす。全体的に薄汚れたコンクリートの独特の冷たさは、暖かい夕日に照らされても弱まることはなかった。

 辺りは酷く静かだった。夕暮れのしんみりとした雰囲気が、人が寄り付きそうにない路地裏で幾分かの恐怖に変わる。これから夜を迎えることに対するものだろうか。少なくとも、コンクリートに囲まれた狭い路地裏に、動くものが自分独りしかいないという状況が、光平の恐怖を煽っていた。

「帰りたい…」

 口では呟いてみるものの、ここまで来たことが無駄になることを、光平の心は望んでいないことも確かだ。自分が何をしたいのか分からずに、光平は夕日に照らされ途方に暮れていた。


 そんな光平の足元で、何かが動いた。


「うわっ!?」

 半ズボンのために剥き出しになっていた足にソレが触れた瞬間、強烈な悪寒が背筋を走った。驚いた光平の手からビラが落ちる。風に乗ることもなく、ひらひらと落下していったビラを拾ったのは一匹の猫だった。猫の手によって押さえられたビラは、さっきより酷い折り目がついていた。

 茶色の毛で全身を覆った猫は、ビラを咥えて光平を見つめた。黒とも青とも緑とも言い難い、深く底のないような丸い瞳が、呆気にとられる光平を捕らえた。

 そして、何秒か目が合ったと思うと、猫は光平の横を通り過ぎて行った。もちろんビラを咥えたままで。

「…ちょっと」

 猫に話しかけても無駄だとは思ったが、思わず呼び止めるための声が口を出る。案の定、猫がその言葉に従うわけもなく、そのまま歩みを進め、光平が入ろうか迷っていた建物のドアの前で止まった。咥えていたビラを放し、茶色の猫は一声鳴いた。


 約十秒後、建物の中から外にまで聞こえるほどの物音がした。感じ的には階段を下りる音。正確には階段を落ちる音。

 そして、錆び付いた蝶番の立てる嫌な音と共に、未開の地への扉が開いた。


「待っていたよ、ミシェル!やっと、餌に食いついた馬鹿な人間が見つかったんだね!」


 中から出てきた黒服の男が叫んだ瞬間、やはり来るんじゃなかったという後悔が、光平の頭を埋め尽くした。


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