プロローグ
「…これを届けてくればいいんすか?」
目の前に立つ少年に一枚の紙を手渡してやると、怪訝そうな表情をつくられた。今時、手書きのビラもそうそうないからだろうか。
「どこに?」
ビラのことはどうでも良くなったらしく、少年は汚れた青色の帽子を深く被り直して尋ねてきた。少し悩んでから、戸棚の中から近辺の地図を取り出して広げてみる。
目を瞑って適当な場所を指すと、ちょうどよく民家に当たる。
「…随分アバウトな決め方っすね」
苦笑して少年は言った。
選ばれた民家に赤のペンで丸をつけてやると、じゃあ借りていきますね、と少年が地図を丸め始めた。後で仕舞うのが大変になるから、丸めないで欲しかった。
「金は、後でいいっすよ。どうせまた来ますから」
財布の中から約束の金額を渡そうとしたが、彼は爽やかに断った。
いってきます、と一礼して、礼儀正しい少年は駆け出していった。
借りた地図を返し、代金をもらう。それが彼の最後の来訪になれば良いと、心から願った。
部屋の中の人間が二人から一人になったので、散らかり放題の部屋は寂しさを感じさせた。窓際の椅子に座っている猫が鳴いた。俺がいるじゃないか、と言っているようで何だか笑えてきた。
宴屋ハルと申します。つたない文章ではありますが、どうぞよろしくお願いします!