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魔女のご主人様  作者: きいまき
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降嫁当日・昼

 ゴトルーは昼になっても、帰って来なかった。



 普段一日二食だからと断ったのだが……。


「肉が付けば魔力も増えて、変化時間も増えるのではありません?」


 と言われ、いや魔女だからこれ以上体型は変わらないだろうと答えれば……。


「本当にそうなのか、一度お試ししましょう」

 とまたもユイナに押し切られる形で、シャリは食堂に引っ張り出されてしまった。




 大きな楕円のテーブルで、シャリの横にユイナが座り、向かいにはホルマとその横に先程話にだけ出て来た料理人のサッドが座る。


 何だか見張られている様だと、シャリは思った。

 これで斜め前の席にゴトルーが座っていたら、重圧が掛って仕方なかっただろう。


 見つかったら大変なので、部屋に持ち帰るのだけは拒否したが、そういえばゴトルーも猫の口に入る小さな砂糖菓子を、会うたびシャリに食べさせようとしたのを思い出す。


 きっとカジュ家の人間は、何かに食べ物を与えるのが好きに違いない。


 砂糖菓子もゴトルーからもらった物が始めてなら、誰かと一緒に食事をするのも始めてで、カジュ家に来てからシャリは奇妙な扱いを受けてばかりだ。


 三人に比べると量はかなり少ないが、シャリのこれまでの一日分近くあった。


 しかも全く知らない物、もしくはこれまで遠目にしか見た事のない物ばかりで、これは本当に魔女が食べて良い物なのだろうかとシャリは思ってしまう。

 彩が良く、食べ物の匂いはするのだが、実は飾りだと言われてもおかしくなかった。



 その思考がそのまま表情に出ていた様だ。


「いいですなぁ、その疑わしそうなお顔。これからもますます腕を振いたくなりますわ。まずは一口、召し上がって下され」


 そう言ったのはサッドで、その言葉にユイナが頷く。


「そうですわね。シャリエゼーラ様のは量がとても少ないですもの。すぐ冷めてしまいますわ」

「いただきましょう。お代りありますからね、自分が作ったのではありませんが」


 ホルマが食べ始めて、ユイナとサッドがそれに続く。


 そうなると、さすがにシャリも口を付けざるを得なかった。


「……っっ!」

 王宮で食べた事のある食材も入っている様だが、全然違う。


 ゴトルーにもらった砂糖菓子も甘くて美味しかったが、どうにも甘過ぎて一つ食べればもう充分……という感じだった。


 だがサッドのこれは、きっとあの味に違いないとシャリは思う。


 微笑みを浮かべて美味しゅうございますでもいいのだろうが、思わず、つい「うまいっっ!」と声に出してしまう、あの味なのではないだろうかっ?


 それを聞くたび、どうにもその感覚が理解出来なかったのだが、今なら分かるっ!

 ゆっくり、ゆっくり何度も噛む。


 その味が薄れていった時には少し悲しくなってしまった。


 しかしまだもう一口分あるし、それに他にも違うお皿がある。

 もしこれ全部が「うまい!」物だったら……。


 いやいや一回食べたからといって、その美味しさに口が肥え、それ以外の物は受け付けなくなる、なんていう事はないはずだ。

 シャリはそう思い直して、他にも手を伸ばした。


 しかし味わうのはもっと欲しいのだが、料理と気持ちが食道までいっぱいいっぱいに詰まってしまった様で、結局シャリは用意された物も全部食べられなかった。




 部屋に帰ってからも、何だかシャリはぽわ~っとした心地でしばらく座り込んでしまった。

 サッドの料理が体に浸透していっている気がする。


 そしてその心地が落ち着くと、今度は逆に動きたくて仕方がなくなって来た。

 今なら本当にどこまでも飛んで行けそうな……。



 けれどシャリは鳥ではなく、猫に変化した。


 そして部屋中を駆け回ってみる、何周も何周も。

 それからゴロゴロと転がった。


 何て事はないのに非常に楽しく感じられるなんて、「うまい!」は偉大だとシャリは思った。



 いつでも簡単に人には戻れるし、お詫びの印のつもりでゴトルーが好きな猫の姿のまま玄関で待っていたシャリが、結局夕方になって帰って来たゴトルーから開口一番に言われたのは、


「なぜ猫の姿に? 魔力を消費するのでは?」

 という言葉だった。


 それを聞いたユイナから、


「交換条件の開始ですわよ、シャリエゼーラ様。わたくしの方もちゃんとお約束を守りますから、ね?」


 しっかり念を押されてしまう。


「こうなると思いましたから、少ないですけれど準備しておきましたの。新しいお召し物も部屋にお持ちしますわ」


「では一緒に行きましょう。私も着替えますから」


 そしてまたひょいと抱き上げられて、シャリはゴトルーの腕の中にいた。



 王宮の庭で免疫が付いてしまっており、どうせ逃げられないのだからという開き直りもあり、シャリは大人しくゴトルーに運ばれるに任せる。


「愛しいシャリエゼーラ、やっと貴女を名前でお呼び出来ますね。貴女の事は知られているのに、名前が分からず、ずっと腹立たしい思いをしていました。

 使者から名前を告げられた時も、誰の事かと。いや、その前に使者自体、訪れる家を間違えたのではないかと……」


 それはそうだろう。

 普通なら王族の姫が一代限りの貴族に降嫁など有り得ない。


 ずっと王宮で生かさせてもらえると思っていたのに、なぜカジュ家へ降嫁する事になったのかが知りたい。

 長い名前の前に付いた形容詞は聞き流し、シャリはゴトルーを見上げる。


「上の方々の言葉を鵜呑みにするなら、私には魔女の力が効かないか、封じ込める力があるそうですよ。だから貴女を簡単に王宮へ連れて帰れたのだ、と。

 どうやら方々は貴女が王宮から自ら逃げ出したのではないかと、疑っている様ですね。私は貴女に始めから囚われているのにな。

 とにかくそう思われたのは本当に好都合でした。王都での仕事に蹴りを付け、貴女をショウプへ攫う計画を立て様としていたのに、国の方が私に貴女をくれたのだから。

 シャリエゼーラ、貴女は我が家にいるのです……ずっと。逃げ出すなんて、考えないで下さい」


「……」

 ゴトルーの目は怖い。


 しかし今の後半の言葉も聞き流すとして、問題は前半のその理由だ。


 魔力を封じ込められたという嫌な響きの気分を感じた事はないが、確かにゴトルーの手は眠くなる。

 魔力自体は国の見解とは逆に増えているのだが、やはりゴトルーは何か力を持っているのではないかとシャリは再び考えた。


「……ゼーラ。シャリエゼーラ?」


 この名前が本当の自分の名前のはずなのだが、どうもしっくり来ない。

 それでもシャリはゴトルーに意識を向けた。


「貴女の様子だと、ご覧になってませんね? この部屋、外の廊下から見ると扉は二つですが、……ここを開けると寝室で、更に私の部屋にも繋がっています。夜は一緒に寝ましょう。私達は夫婦ですから」


「!!!???」


「ぜひ元の姿でも驚く顔を見てみたい。貴女の色んな顔を見せて下さい。我ながら、こんな言葉を吐ける様になるとは……。

 王族の姫をもらったに相応しい振る舞いを心掛けますが、貴女に逃げ出されたら、怒り狂って周囲に当たり散らすかも知れません。ここに留まって下さい、今はそれだけでいい」


 姫ではなく、魔女なのだが、今のはそのまま聞き流すにはどうも物騒な内容だった。

 どちらにせよユイナとの約束もある、当面シャリはこの屋敷にいる事が決定した。



 そのすぐ後、ユイナとホルマが持ち込んだ衣装が、これまで袖を通した事のない色とりどりな物で。


 しかも王宮で見た事のある物よりはかなり少ないが、ところどころにヒラヒラとした物が使われおり、シャリは目を白黒させ……その後の夕食は汚さないか非常に心配だった。




 美味しかったが、夕食は味付けがやや濃く、こってりとしていたせいもあり「うまい!」には至らなかった。

 そして量が半端なく多くて、またも食べ切れず、ゴトルーとユイナから怖い目をされた。


 つい咄嗟に謝ったのだが、すると今度はホルムとサッドが浮かべていた心配顔をされてしまい。


「シャリエゼーラはもう少し食べた方が良いと思いますが、確かに急に沢山は無理でしたね。焦らず、じっくり時間を掛けます。なにせ時間はずっとあるのだから」


 これも聞き流した方がいいに違いない言葉をゴトルーに言われたが、とりあえず砂糖菓子の時の様に、ほぼ無理矢理口へ押し付けられる事にはならずに済んだ。



 カジュ家の面々で少し話があるそうで、シャリは先に一人で部屋に送られた。






カジュ家の料理は薄味に変わっていきそうです。

ユイナから、当面シャリの負担となる行為禁止令がゴトルーに出されました。

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