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魔女のご主人様  作者: きいまき
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降嫁当日・朝

 シャリに王宮退去命令が出たのは突然だった。


 追い立てられた馬車の中で、シャリの部屋はどうなるのだろうかと思う。

 荷物をまとめる様にと言われた小さな袋に、当然家具は入らない。


 入らなかった物は全て捨てられ、立ち入り禁止区になるか、それとも懲罰部屋にでもなるのか……。

 華やかでも可愛らしくもなかったが、長く使って愛着もあったというのに。



 昨日の時点でシャリの身柄をどうこう等という話は出ていなかった。


 という事は朝にしても早過ぎるから、昨夜遅くに急遽決まった事だろう。

 予めシャリに知らせて対抗措置でも取られたら迷惑だと、即実行に移されたに違いない。


 全く買い被りも甚だしい。

 それほど魔女が畏怖されているという事なのだろうか、それにしても……とシャリはため息だ。


 荷物を持たされたと言う事はまだ生かされるのだろうが、しかしどこへ連行されるのだろう。

 生かされる以上、シャリのやる事は変わらない。



 来なくなったシャリを、きっとゴトルーはいぶかしむ前に、噂話で耳にするに違いない。


 だから、待ちぼうけをさせる心配はない。

 もう会う事もないから、「また」の約束を破ったと怒られる事もない。


 魔女を助けたと押された烙印もシャリ本人がいなくなる事で、薄れていって欲しい。


 ゴトルーの中にあるシャリの記憶も同時に……それはとても喜ぶ事で、寂しい等と感じてはいけない。



 いつも通りに日々を過ごす、それだけだ。

 とりあえず行き着く先を見てみよう、と大人しく座っていた。


 王宮から出された以上、王都からも追放されるのではと思っていたのだが、意外にもそう掛らない内に馬車はゆっくりと速度を落とし、そして止まった。


 察するにまだ貴族屋敷区内だろう。

 この間、ゴトルーの屋敷から王宮へ戻った時、正にこれくらいの感覚だった……気が、する。


「……」

 不安がシャリの口から零れ落ちる前に、馬車の扉が開かれた。



 すぐそこにある一度だけ見た屋敷の外壁の色。


 シャリは動きたくなかったが、「降りろ」と無言のまま顎で示され、シャリはゴトルーの屋敷の玄関の前に足を付けた。


 もうゴトルーにこれ以上の迷惑を掛けてはいけないと思っているのに、今日は一体どうしてこんな事になったのかが分からない。


 状況がサッパリ飲み込めないシャリを置いて、馬車は去って行く。


「シャリエゼーラ様、貴女様はゴトルー様に降嫁されたのですよ」


 服一式を貸してくれた女性の声だと思うが、シャリは顔を上げられなかった。

 物凄く久々に聞いた長い名前は、結婚とセットだった。


「……。……このたびは、お詫びのしようも、ございません」


 シャリは荷物を地面に下ろした。


「魔女との……結婚話は、一生付いて回ってしまう、とは思いますが。絶対に。もう……っっ」


 深々と頭を下げて、シャリは鳥の姿へと変化する。


 長時間変化可能になった時点で、そうすれば良かったのだ。

 王宮で何となく生きていけていたから、惰性でそのまま居続けてしまった結果がこれだ。


 きっとゴトルーの人生で、これ以上の迷惑は有り得ない。


 とりあえずどこか適当な……人けのない、水のある場所が望ましい。

 空を飛んで、そのまま国も出てしまおう。


 そうシャリは意気込んで羽ばたいた、のだが……。



「咎められます! わたくしが!」

 その声の内容に、引き留められた。


「どうぞわたくしを助けると思って、お戻り下さいませっ!」


「そうですよ! 旦那様は死ぬ気で引き留めておけと、我々にお命じになりました。ゴトルー様がお帰りになられて、シャリエゼーラ様がいらっしゃらないと分かったら、鞭で打たれるやも知れませんっっ」


 こう言ったのは始めてこの屋敷に来た時、ゴトルーの後ろにいた男性だった。

 それにしても鞭打ちだなんて、本当なのだろうかとシャリは疑う。


 すると女性の方が嘆いた。


「あぁ! 折檻など、わたくしの身では耐えられません。どうか、どうか……」

 最後には声も小さく、崩れ落ちてしまった。


 そして男性からの決定的な一言。


「シャリエゼーラ様がご存じかどうか分かりませんが、旦那様には恐ろしい一面があるのです。意に副わなかった者には非常に容赦のない方で……!」

「……」


 確かにゴトルーは外見だけでなく、時々怖い。

 その事をシャリは短い間に知っていた。



 鳥から猫の姿へと変化して、地面に着地する。


 女性の方が脱げてしまったシャリの服一式を、男性がシャリの荷物を持ってくれたので、捨てて行くものだったのにごめんなさいの気持ちで、一声鳴いた。


「ゴトルー様からのお咎めを受けずに済むのですから、これくらいお安い御用ですわ。やはりお優しい方ですね、シャリエゼーラ様は。申し遅れましたが、わたくしの事はユイナとお呼び下さいまし」


「そうでした、自分はホルマと申します。お部屋へお持ちしますから」


 自己紹介までしてもらい、二人に付いて行った部屋は始めてこの屋敷に来た部屋の並びの部屋だった。

 どう見ても客間ではなく、私室用に作られた部屋である。




 元の姿に戻った頃合いを見計らったかの様に、お茶を持って来たユイナにシャリは尋ねた。


「ここで、あの方を……お待ちして、よろしいのですか?」


「もちろんでございますよ。今朝、シャリエゼーラ様が我がカジュ家に嫁がれて来ると伺って、慌てて整えはいたしましたが、少々殺風景ですわね。花でも活けて参りましょう」


「い、いいえ。お茶だけで……、充分ですから。私が……どうして、ここに降嫁となったのか。ご存知でしたら、教えて下さい」


「それはわたくし共も存じませんの。降嫁の旨を携えた使いの方が朝一に御出でになり、今頃ゴトルー様が王宮で、今回の理由を伝えられていらっしゃるのではないでしょうか」


「そうですか。……あの。すみません。この間、お借りした……服一式。お返し出来なくて」


 日々準備されている生成色の服と同じ末路で、きっと灰になってしまっただろう。


「あれはもう差し上げた物と思っておりましたので、大丈夫ですよ。そうですわっ、急いでシャリエゼーラ様の新しいお召し物を準備いたしますわね!」


「え……っ?」

 妙にはしゃいだ声を出すユイナに、シャリは大慌てで首を横に振った。


「私はあの方との……お話が、済み次第。出て行きますから」


 ところがユイナは考える様に言って来る。


「……。……ゴトルー様はきっとシャリエゼーラ様のお気の済むまで、屋敷に滞在させると仰るはずです。どうかお願い致します、ご意思に反すると重々承知しておりますが、頷いて頂けませんか?」


「私の……変化時間は、長くて半日程です。あの方が、お望みなのは猫で、魔女ではないかと」


「それはどうでしょう。シャリエゼーラ様はどこか行く当てがおありになるのですか? どちらへ飛んで行こうとされていらっしゃったのです?」


「……全く、何も。とりあえず王都からは出て、人けのない所に……くらいでした」


「では交換条件をいたしましょう」

「?」


「シャリエゼーラ様はもしゴトルー様が猫の姿以外でも構わないと仰ったら、この屋敷に留まって下さいませ。その代わり、二度も続けて厚かましいお願いをするわたくしは、決してシャリエゼーラ様に不自由な思いはさせません。

 それからすぐには無理ですが、近隣の地図や情報を出来うる限りお持ちします。そして出て行かれる日がもし来たならば、可能な限りお力添えいたしましょう」


 生きる事を目的にするなら、行き当たりばったりに気の向くまま飛ぶよりも、何となくでも目的地があった方がいいに決まっている。


 しかし、これは本当に交換条件と呼べるのだろうか?

 シャリはただ、カジュ家に留まっているだけでいいのだ。


「……それでは、あまりに私の方が、楽。では?」

「わたくしはこの条件で構いませんの」


 シャリは困惑したが、結局頷く事にした。

 そもそも、それもこれも。


「あの方が、魔女で構わないと……仰るなら」

「承知して頂けて、嬉しゅうございます。わたくしは下がらせて頂きますが、ゴトルー様がお帰りになるまで、屋敷内や外を見て回られてはいかがでしょう?」


「……」


「ゴトルー様も極力ご自分でなされる方で、元々王都には長居をする気がなかったものですから、屋敷には人が入っていないのです。わたくしもホルマも、それからサッドという料理人がおりますが、黒だからといって嫌悪する愚か者などおりません。

 通いの者や商人と出くわす事があるかも知れませんが、国の命でシャリエゼーラ様は嫁がれて来たのですから、この屋敷にいて当然なのです。何の不思議もないのですから、ここにいらっしゃる事でゴトルー様やカジュ家が迷惑を被る事はありません」


 ユイナはそう断言して部屋を出て行ったが、シャリはその反対だと思う。


 この屋敷には魔女が住んでいる。

 ゴトルーは魔女を花嫁にした等々、報復を恐れて表立った嫌がらせはなくても、陰口は確実に叩かれるに違いない。


 確かにじっとゴトルーを待っているのは暇だったが、かといって本当にカジュ家に留まるかも分からない状態で、ユイナの勧め通りに屋敷の内外をうろつくのは以ての外だった。


 そして部屋にもう一つある扉に何が入っているか等々を、確かめるのもシャリの気が咎めた。






たぶん今頃ゴトルーは王宮で、世にも恐ろしい顔になっています。

顔が弛むのを抑え様と、必死なので。

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