少し遡って
19「正体」の付け足し話になる為、被っている部分があります。
ゴトルー殿から、とうとう呼び出しをくらった……。
魔女付き騎士になりたいと宣言した数日後、午後からの鍛錬も終わり、帰ってから何をしようと考えていたニコとビスは、ゴトルー殿から「空いているなら来て欲しい」と言われ、カジュ家の馬車に乗っていた。
使い魔に迂闊に近付き過ぎだと、騎士団のみんなからもう散々言われている。
ついに魔女を封じている当人であるゴトルー殿から直々に注意を受けるのだろうか、それとも……。
お互いに考えている事は同じかも知れないと様子を窺いながらも、カジュ家に着くまでニコとビスは一言も口を利かなかった。
王宮からカジュ家の屋敷まで、それほど時間が掛らなかったせいもある。
屋敷の玄関先では明らかにそわそわした様子の、従僕らしき男性が馬車からニコとビスが降りるのを待っていた。
そして二人を客間へと先導してくれる。
しばらく待っていると、お茶の支度をした女官を連れて、ゴトルー殿が入って来た。
腕には使い魔を抱えている。
二人で立ち上がって迎えると、会釈を返して来たゴトルー殿から、
「楽にしてくれ」
と言われ、またソファーに腰を下ろした。
同じく正面に腰を下ろしたゴトルー殿の腕の中にいる使い魔をつい見てしまう。
最近、この存在を本当に使い魔と呼んでいいのか、分からなくなっていた……。
ただニコもビスも、この存在が絶対に禍々しくはないと心から信じている。
だからこそ数日前の『魔女付き騎士になりたい』発言になったのだから。
正直、お互いに同じ赴任地を希望していると知った時は驚いた。
数日前の発言は上の方々にある事ない事暴露して、点数を稼ぐ為の演技ではないと思うのだが、結局いつも通り使い魔が午前中で帰ってしまった後は、先程の馬車の中と同様、二人きりで話していない。
全く名前が分からないから、余計に話しづらいっ!
ビスは内心、憤慨する。
でも分かったら分かったで、ついうっかり口に出してしまうかも知れなかったので、良かったとも言えた。
お茶を入れ終わった女官が下がると、おもむろにゴトルー殿は口を開く。
「ニコ、そしてビス。貴殿等が、決して口外しないと私は信じている」
信じているという言葉のわりに、裏切り者には死を的な気配が潜んでいたのは気のせいだろうか……。
二人でごくりと唾を飲み込む。
すると、使い魔が注意を引こうとするかの様に一声鳴いた。
そしてこの部屋にはそぐわないのではないかと思われる衝立の後ろに消えてしまう。
次に聞こえて来たのは、明らかに着替えている物音だった。
「……っ」
ビスは激しくうろたえて、あわあわと視線を泳がせた。
隠れて服を着るという事は、つまり今……。
ビスの妄想を断ち切るがごとく、ギロンっとゴトルー殿が睨んで来る。
慌ててお茶を飲んでごまかした。
「ゴトルー、お待たせ」
出て来た黒髪の女性を迎えに行き、手を差し伸べたゴトルー殿が低い声音で二人に告げる。
「改めて紹介しよう、シャリエゼーラ様だ」
「もうゴトルー、シャリだってばっ。シャリと呼んで下さい。ご覧の通り、魔女です。隠していて、ごめんなさい」
「シャリ。故意に隠していたわけではないのですから、貴女が謝る必要などないでしょう」
重なった手と手。
そんなシャリとゴトルーのやり取りは、二人が封じる封じられているという関係ではないのだと、ニコとビスに伝えた。
「でも……」
不安げに揺れる黒瞳で、自分達とゴトルー殿を代わる代わる見つめて来る。
拒絶されるのを恐れているのだろう。
そしてそうなっても仕方ないと、目の前の魔女殿は思っているに違いなかった。
見つめて来るその体は、猫や鳥の姿の時にも思っていたが細い。
そして表情はそれ以上に心細げだ。
とうとう黙っていられなくなったらしく、ニコが力説する。
「だ~っ! シャリちゃ~んっ! やっと名前が分かった! アタシ、魔女付き騎士になれる様に頑張るからっ! 見ててねっっ」
その言葉でニコも魔女殿の名前が分からなかった事に対し、憤っていた事をビスは知った。
「えっ? あの……今日は使い魔が魔女でもいいのか聞こうと思って、来てもらっただけなの、ですが? そんなに簡単に決めてしまっていいのですか? ちゃんと考え直した方が……?」
「もう決めたのっ! ビスの前でいうのも何だけど、アタシなんとなく猫ちゃんがシャリちゃんじゃないかなぁと思ってたから。あぁもうっ。俄然、燃えて来た~~っ!!」
ニコが飛び付こうとすると、魔女殿はサッとゴトルー殿の後ろに隠れてしまった。
斜め上から睥睨して来るゴトルー殿の後ろまでは、さすがにニコも手を伸ばせない様だ。
だが、ゴトルー殿の後ろからおずおずと顔を覗かせた姿!
非常に可愛らし過ぎる!!
どこが魔なのよっと、ニコなどずきゅーんとハートを打ち抜かれているのが丸分かりだ。
「ゴトルー殿には引っ付くのっ? シャリちゃん、アタシの事もぎゅうしてっ!」
「……ニコ。貴様はちょっと黙ってろ」
「なによっ、ビス。でもまぁ、アンタも言いたい事あるでしょうしぃ?」
「……悪いな」
数日前、鍛錬場で魔女に雇われたいと言い出したのも、今日アッサリと意思を明示したのもニコで、その真っ直ぐな好意の表し方を少々羨ましく思いながら、ビスは言う。
「俺もニコと同様に、鍛錬場に来る猫がシャリだ……と、……っ」
ニコの様にちゃん付けする柄ではないし、とはいえお前呼ばわりもまずいだろうと、名前のみで呼んだのだが……。
パァッと表情を輝かせて喜ぶシャリよりも何よりも、それとは対照的なゴトルー殿の殺人眼光が恐ろしく、ビスは慌てて言い直す。
「シャリ様だ、と! ……思っていたから、そこは問題ないのだが。正体を明かす事に抵抗はなかったのか?」
しかし様付けした事でみるみるシャリが萎れたのを見て、ビスは口調だけいつも通りに質問を投げた。
口調はニコもいつも通りだし、様付けならゴトルー殿も許容範囲らしい。
「なかった、とは言えません。でもゴトルーとも相談して、ニコとビスなら大丈夫だと思ったので。魔女付きが決まってしまってから明かすのでは、申し訳なくて」
猫パンチを食らった時にちゃんと、オカシイと感じられて良かった。
こんなに素直で。
そして人を気遣って、正体を明かすという危険も冒す……シャリの優しさ。
どこのどいつだ、魔だと決め付けやがったのはっとビスは憤る。
「鍛錬場でも言ったが、おま……シャリ様が俺達を気に病む必要はない。俺も貴女の騎士になります」
「……。……いいのかな、ゴトルー?」
「いいと思いますよ。良かったですね、シャリ」
「……っ。ニコ、ビス、ありがとうっ! ちょっと私、……飛んで来るっっ」
踊るような足取りで部屋を横切り、鳥になって、窓から飛び出したシャリ様の目は光っている様に見えた。
だが、シャリ様がいなくなると、客間は一気に重圧が掛かった。
その発信源であるゴトルー殿が、自分達の前までゆっくりと歩いて来る。
何も悪い事はしてないのに、つい背筋を伸ばしてしまった。
「まず、言っておく。私はシャリをショウプに連れて帰るつもりでいる」
「「はい。それは承知しております!」」
ゴトルー殿がショウプへ帰る事は決定済みだ。
だからこそ赴任先の希望を出したのだ。
「お前達は気付いてない様だが、シャリは共倒れも辞さない相手から狙われる可能性がある」
「なぜです!?」
ニコは聞き返しているが、俺には心当たりがある。
「魔女でありながらも、王族だからでしょうか?」
王位継承権はないに等しいが、王の子として生まれついてしまった事実は変えられない。
王家の汚点と思いながらも、魔女に手を出して万が一王宮に穢れが付いてしまったらまずいと、これまで行動には移さなかった者共が、王都を出る事を好機とするかも知れなかった。
「そうだ。シャリの王族内での印象は最悪だ。だからこそ襲う事を躊躇しないだろう。更に魔女の滅ぼす力を欲するくらい怨恨を抱く者や、邪魔者を排除しようとする者に攫われる危険もある」
確かにその通りである。
ニコとビスは改めて気を引き締めた。
「それさえなければ、シャリに騎士など必要ない。シャリの足枷になるなら、死を選べ。それが嫌ならシャリが襲って来た相手を殺してでも、貴殿らを助けたいと思える様な存在になっておけ」
と、かなり酷い言われ様をされる。
「だがそうなれば、貴殿等を自害させたのは自分。襲って来た者共に対してさえも、シャリは自分を責めるに違いない。
シャリを傷付けたくなければ、守れ。腕を上げろ。鍛錬と警戒を怠ってはならない。それが重たいと感じるならば、もう話は進めるな」
その声を背にニコとビスはカジュ家を後にしたのだが……。
ゴトルー殿はシャリ様にべた惚れ、というのが二人のその日一番の感想になった。
ましろひ様へ。
頂いたコメントから、こんな感じに膨らみました。
イメージと違っていたら、すみません。