小話その三
ある夜、魔剣の呼び声に応じて赴いた聖剣が言う。
『我らの力を取り込んで、自他共に消滅させた姫もいたというのに、ここはちっとも殺伐としておらぬな、魔よ』
二振りの剣の側には誰もいない。
『我が姫は我を、師と呼ぶのだ。こんな風に呼ばれるのは始めてで、何ともむず痒い』
『実に楽しそうだ。お主がシャリ姫を我が愛弟子と呼んでいるのを、我は聞いたぞ』
『我が姫は姫と呼んでも、ちいとも手答えがないのだ。その点、弟子と呼ぶようになってから、姫自ら我の側に近付いて来てくれる様になった。
その手で我に触れてくれればなお良いのだが……。聖よ。武力としての我々の出番はないが、こういうのも悪くはないな』
『うむ、悪くない』
過去から現在までの事が胸に去来する。
二振りの剣はしばし穏やかに沈黙した。
先に口を開いたのは聖剣の方だった。
『……しかし何とも憐れな姿よ、魔。お主のこの様な姿を目にする日が来るとは思わなんだ』
『そう思うなら、早う切れ、聖っ! その為にお主を呼んだのだっ』
魔剣は今、ぐるぐる巻きに縛られ、柱に括り付けられていた。
犯人はもちろんあの忌々しい男、ゴトルーである。
しかも鎖ではなく、なまくらでも切れるただの縄だ。
ちょっとの時間稼ぎが出来ればいいという事だろう、強烈な嫌味を感じる。
現に少し前から、愛らしい姫の声は魔剣がどれほど呼んでも返って来なくなっていた。
熟睡してしまったのか、いやそうではない、きっと……。
『おのれっ! 我が姫にまたも不埒な真似をっっ』
『ふむ。これもまた一興というものか。我はシャリ姫とお主の関係を羨んでおる。これしきの事、我慢するのだ』
『……こらっ! 待たぬかっっ』
そうして、ただ語らう為だけに魔剣の所へ来た聖剣は去って行ったのだった。