呼び声
真夜中、シャリは誰かに呼ばれた気がして意識を浮上させた。
「この感じは、満月の夜、王都で感じた呼び声……」
王都の屋敷では月がそうしたのだと思ったけれど、どうも違う。
違うが、前回と同じ呼び声だった。
しかもより明確に聞こえた気がして、再び瞼を閉ざさずにシャリは外を見てみる事にする。
ゴトルーを起こさずに済ませたいのだが、それはいつも叶わないので、始めから言い置いてみる事にした。
「ゴトルー。私、少し起きるけど、ゴトルーはそのまま寝てて」
すると上体を起こそうとしたところで唐突に掴まれて、シャリは引き戻される。
「これ以上、魔力を溜め様とする必要はないと思いますが……?」
「その為に起きるわけじゃない。ゴトルーは何か、聞こえなかった?」
「いえ。しかし貴女の事だ、気のせいという事はないでしょう。私も一緒に起きます」
失敗した。
思惑とは逆にかえってゴトルーを起こしてしまったと、シャリは大急ぎで首を横に振る。
「やっぱりいい。もう聞こえないし、寝る」
「そうですか? ……でもそうだな。せっかく目が覚めた事ですし」
良からぬ事を企む声で、ゴトルーがシャリに覆い被さって来た。
次の日、ゴトルーに「やっぱりいい」と答えたものの、昨夜の呼び声が気になったままのシャリはターブ一帯を上空から飛び回ってみた。
変わったところはない。
いつもシャリに力を与えてくれる大自然だ。
続けてショウプの町中も見て回ったが、知らない顔はない。
そもそも王都では月からと間違えたくらいだったから、昨日の呼び声の主が人間かどうかも疑わしかった。
でも考えれば考えるほど、声は悲しそうな気配を滲ませていて、本当に声の主が呼んでいるのが自分であるならば答えたいとシャリは思う。
そう思っていたせいだろうか……外を探し回っている時は全くだというのに、寝ている時に呼び声が聞こえる様になって来た。
「もしかすると、自分と同じ魔女かもしれない」
シャリと同様に、魔力を溜めやすい夜に、誰か気付いてくれないかと声の主は呼び掛けているのではないか。
どんな風に過しているのだろう?
悲しそうだという事は、王宮でのシャリの様な生活をしているのかも知れない。
そう思うと、シャリは居ても立ってもいられない。
日が過ぎて行く事に焦りを感じるシャリは、カジュ家のみんなが集まった食事の席で、ゴトルーに話を切り出した。
「あのね、ゴトルー。私、声の主を探しに行きたい」
食堂が一斉に静まり返った。
「しかし、シャリ。声が聞こえるのは夜だけなのでは?」
「うん。魔女である私が夜に外を歩くと、ショウプの人々が不審を募らせるかも知れないけど、どうしても、歩いてみたいの」
「シャリ……」
「飛ばないで、必ず誰かと一緒に行く。寝不足になるほどは歩かない」
すると……。
「シャリ様を不審がる者など、もうショウプにはいないと思いますけれど、ご不安でしたら、わたくしがご一緒しますわ」
と、ユイナが言い出し。
「あっ。アタシもシャリちゃんと夜のデートしたい! 猫ちゃんになって行くんだよね? 何なら抱っこで……むふふ」
それにニコが続き。
「夜道を女性陣だけでは万が一という事もありますから、自分も」
「儂は夜の片付けと朝の準備をしがてら、お帰りになった時にお茶と摘み物でも出しますぞ」
その上、ホルマとサッドまで乗っかって。
「俺も行きます……で、いかがでしょう。ゴトルー殿?」
そうビスが締める。
シャリの味方に付いてくれた面々を見て、ゴトルーはしょうがないなという表情を浮かべた。
「シャリ。先程仰った事、ちゃんと守って下さい。約束ですよ」
「みんな、ありがとう!! ゴトルー、大好きっ!」
そうしてシャリは夜に外を何度も回ってみたのだが、やはりそんな時に限って声は届いて来なかった。
きっとショウプからは遠く離れた場所に、声の主はいるに違いない。
そこで、シャリはまたゴトルーに相談を持ち掛けた。
「そう言い出すだろうと思っていました。ここで駄目です、と言ったら貴女は今度こそ勝手に行ってしまうのでしょうね」
「……」
ゴトルーにじっと見つめられて、シャリは言葉を詰まらせた。
勝手に出て行きたくないから、こうして話しているのだが、反対されたらきっとそうしてしまうだろうと思う。
「探し出して、それで必ず帰って来る。約束するっ」
強固な意志を持って、負けじとシャリはゴトルーを見つめ返した。
結局、譲歩したのはゴトルーの方だった。
「貴女は絶対に約束を守る方だから、その点は安心出来ますが……。せめて声の方向が分かってからにしませんか、シャリ?」
確かにそれが正しいのだろうが、これまで散々探して手掛かり一つ掴めていないシャリとしてはその提案には頷けなかった。
答えないでいると、再びゴトルーが問い掛けて来る。
「ターブを中心に探索範囲を広げていくつもりですか? それはいくらなんでも変化が解けてしまうでしょう?」
「寝ずにずっと起きていれば、きっとすぐ方向も……」
すると俄かにゴトルーの表情が険しくなった。
「どうやら私は貴女を鎖に繋いで、監禁しなくてはならない様だ」
「えっ……、と? 睡眠不足禁止はショウプでの約束で……」
「して欲しい様ですね、シャリ」
「……」
ゴトルーが怖い。
反論を試みたものの、間髪入れずに返された声音の厳しさにシャリは口を噤む。
「冗談はさておき。シャリ、……私はターブの山越えルートでは隣国へ行けません。こちら側があちらを恨んでいる様に、あちら側にも私の顔を覚えている者がいるでしょうから。
一緒に行けない場所があるからこそ、余計に心配なのです。そんな私の気持ちは分かって頂けますね?」
先程の目はかなり本気の色だった様な気がしたのだが……。
とりあえずゴトルーが心配してくれているのは本当だろうと、シャリは頷く。
「それ以外の場所へは私もお付き合いします。やはり予め方向くらい分かるといいのですが、シャリがそれは無理そうだと思うのならば仕方ない。
予算も含めて、すぐに声の方向が分からなくても大丈夫な様に、ニコとビスともよくよく相談しましょう」
それはつまり……、シャリはゴトルーに飛び付いた。
「ゴトルー大好きっ! ゴトルーが一緒じゃない時も、ちゃんと約束は守るっ!」
同時にシャリの頭の上へと、ゴトルーの気掛りそうな吐息が降って来る。
「シャリ。睡眠だけではなく、貴女を一人にすると食べる事も後回しにしそうなのが怖い。今の時点で既にお座なりになっていて、かなり食べる量が減っています……自覚はありますか?」
「……。……一応」
サッドには申し訳ないと思っているのだが、どうしても声の主を探しに行きたくて。
こうして食べている時間が勿体無く感じられ、食事が喉を通らなかったのだ。
「まず食事です。探索に出るまで、時間を掛けてしっかり食べましょう」
素直に大人しく、シャリは再び首を縦に振ったのだった。