ニコとビス
そして今日もシャリは鍛錬場で、ニコとビスに挟まれていた。
「あのね、使い魔ちゃん。アタシね~お姫様を守る騎士になりたくてね、ここへ応募したの。素敵な恋物語の様に、お姫様と相思相愛になって駆け落ちは出来ないけど、その手助けだってしてもいいかなって」
「本気で考えてるなら、貴様は阿呆だ。姫は政略結婚と相場が決まっている。駆け落ちなど許されるはずがないし、万が一そうなったら国交に傷が付く。傷だけなら済めばいいが……云々」
本日のお題は将来の夢らしい。
シャリはゴトルー以外、基本聞き役に回る事が多く、今は特に猫の姿なので言葉は出せない。
シャリの代わりというわけではないだろうが、夢見るニコにビスが現実を述べる。
「野蛮人は黙ってて、と言いたいところだけど、確かにそれはマズイと色々学んだり、実際目の当たりにしちゃったの。
だけど可愛い物に目がないアタシは例えお仕えするお姫様の政敵側に、好みの物を発見しちゃったら、もう止まらなくなりそうだし……。
逆にお姫様が完全に好みだったら、例え国がどうなろうが! だけどね。こんなだから、きっとこっちに回されちゃったんだろうな~」
そうか……もうゴトルーの所に回された見習い騎士達は、我が身がどんな場所に派遣されるのかを察しているのだと、ニコの言葉を聞いてシャリは知った。
それにしても可愛いものの基準がかなり間違っていそうだが、そういう意味ではニコはゴトルーのご同類という事になる。
「それでね、使い魔ちゃん! アタシ考えたんだけど、使い魔ちゃんのご主人もよくよく考えれば一応お姫様でしょ。
使い魔ちゃんを見てる限り、魔女であるお姫様にお仕えするのも、そう悪くないんじゃないかなと思えて来たのよ。雇ってくれないか、聞いてみて欲しいの」
それに対してシャリは驚いただけだったが、ビスは何か思うところがあるらしく、真剣味を帯びた低い声で問い掛ける。
「本気か、ニコ?」
「噂や言い伝え通りの魔女なら、ちょっとした火種地域に派遣された方が生存確率は高いかもね。そこへ勤めたいだなんて冗談なんかじゃ言えないわ、うん。
でもアタシはどっかの野蛮人とは、使い魔ちゃんへの愛の深さが違いますからっ」
最後の方は茶化した感じではあったが、ニコもビスに負けず劣らずの目をしていて、シャリは段々心配になって来る。
「なぁに、使い魔ちゃん……じっと見たりして? あぁ大丈夫よ? 使い魔ちゃんが側にいると思えば、ちゃあんと魔女様にお仕えしますともっ」
更にシャリはニコをじっと見続けた。
「ありゃ? そういう事を聞きたくて見てるんじゃないのね。ん~何を心配されてるのかなぁ、アタシは?」
シャリはそこで、ニコを指差した……猫の手ではあるが。
ちゃんと伝わったらしい。
「アタシ? アタシ、を? 心配してるの?」
そこまではちゃんとニコに伝わったらしい。
正確にいうと、現時点でビスの事も心配している。
シャリと関わる様になってから、どうも二人が他の見習い騎士から距離を置かれている様なのだ。
ニコは元々唯一の女性という事もあって、浮き気味ではあったのだが、それに輪を掛けている。
少なくともシャリの周囲にはいつも見習い騎士達から距離が開いていて、そこへ逃げても逃げても入って来る二人も、同じ様な状態になってしまっているだけかも知れないが。
それでも、もし本当に魔女に仕える事になった場合、果たしてニコがどんな風に言われるのか……。
たぶんゴトルーが魔女を助けたとされる一件よりも、酷く言われてしまうだろう。
王宮へ来ても鍛錬ばかりで、実際耳にしたわけではないが、理由はどうあれ魔女を花嫁にした事で、更にゴトルーは悪し様に言われている気がする。
ゴトルーに続けて、ニコまでも……というのは嫌だった。
それに、だ。
シャリは騎士を必要としていない。
だからニコの申し出はそもそも的が外れているわけで、採用する事などないのだから真剣に悩む必要はない。
そう考えてシャリの気分は軽くなった。
近々、自然と別れが来て、ニコは派遣先でまた好みのものを見つけるだろう。
少なくとも、黒ではないものを。
シャリはニコを見るのを止めた。
「あっ、ちょっとちょっと! 今、アタシに壁作ったでしょっ? アタシは諦めないわよ~! そしていつか思う存分、ぎゅ~~っと。例え本当の姿がどうでもだからねっ! ……フフフ」
唐突に伸ばされた手をシャリは辛うじて避ける。
ニコの手が、ついでにその企み顔も怖い。
猫の姿でいる時に抱き締められた日には、そのまま絞め殺されそうな勢いだ。
思わず身震いし、そろりそろりと後退していたシャリをビスの声が引き留める。
「おい。ついでに俺の話も聞け」
「はいはい、拝聴致しましてよ~。まさかアタシの二番煎じする気じゃないわよね?」
ニコがふんっと鼻を鳴らすと、ビスは何やら必要以上にでかい態度で、鍛錬場に聞こえる様に高らかに宣言し始めた。
「誰が貴様らと慣れ合うか! ……いいか? お前はゴトルー殿を監視し、そしてそれを俺が更に監視する。不穏な動きがあれば、俺はお前を切る。
例えそれで黒い穢れを浴びる事になろうとも、側で監視する事自体で呪いを受けようとも、その事で終生周囲から弾かれようともだッ!」
穢れ、呪い……魔女らしい響きといえばそうなのだろうが、どうも複雑な気分だ。
それにしても喧嘩を売って来た日には確かにそう考えていたのだろうが、未だに本気でビスがシャリをそんな風に感じているとは思えなかった。
案の定、格段に声を落とし、ビスが言って来る。
「どこかの小競り合いで手柄を立てて、それを重ねて名声を得るなどという下らんものはもう捨てる。とにかく俺にしろ、ニコにしろ、自らが望んでそうするのだ。
お前にどうこう言われる筋合いも、ましてや気に病まれる必要など……いや、誤解するなよ。だからって断じてお前を心配してるわけじゃ……」
そして最後に、お決まりの言葉を付け加えて。
すると今度はそれを無視したニコがビスに対して、低く問う。
「……何それ? もう本決まりなわけ?」
「五割にもまだ届かん。だが……」
「ふ~ん」
それっきりニコもビスも考え込んでしまい、二人に挟まれているのはいつも通りなのに、何やらシャリは落ち着かない気分のまま午前中を終えた。
どう動くか、目を付けさせてもらおうか。