圧倒
次の日、鍛錬場へ降り立とうとしたシャリだったが、いつもの定位置で睨み合っているニコとビスに気付き、別の隅へと向きを転じた。
……のだが、どうやら二人はシャリを待っていたらしく、怖じ気づきたくなる様な勢いで駆け寄って来る。
「おい、昨日の……」
シャリの所へ到着したのはビスの方が若干速かったのだが、結局もごもごと言い淀み、その隙にニコが怒涛の如く謝り出す。
「ごめんね、使い魔ちゃんっっ。昨日の、そんなに痛かった? ぎゅうしたら逃げちゃうんだもの、よっぽどだったんだよね? ごめんねごめんっ。大丈夫っ?」
痛かったどころか魔女の体について再認識しただけだったのだが、どうも心配させてしまった様だ。
シャリは問題ないと宙返りして見せる。
「良か……。いや、べ、別に俺は心配なんか……」
「もう大丈夫なのねっ! この野蛮人がこんなに可愛い子相手に本気でやるからっ。でもこれからはアタシが使い魔ちゃんを守るから安心して! 昨日からそうしてれば良かったのに……勇気がなくてホント、ごめんね……」
売られた喧嘩を買ったのはシャリだし、使い魔など見て見ぬ振りが正解なのだ。
昨日までも今日からも。
力説されたかと思えば、しょんぼりとされてしまい、何だか返って申し訳なくなったシャリは一声鳴く。
それだけでニコの気分は浮上したらしい。
「使い魔ちゃんは優しいね。それにちゃあんと人間の言葉を理解してるんだ~っ」
それに関してはどう反応して良いものか、困った。
まさかここで魔女本人ですからと、元の姿になるのは遠慮したい。
けれど魔女本人でもニコがこんな風に言ってくれるかどうか、知りたい気もした。
すると今度はビスも尋ねて来る。
「通じてるだろう、使い魔なんだからな。でもまぁ話が通じてるなら、ちょうどいい。おい、なんで昨日爪を出さなかった? というか、爪。あるんだよな?」
猫の姿なのだから、当然ある。
だが猫パンチした理由は特にない。
どう応戦しようとは考えていたが、何でというのは考えていなかった。
ビスは剣を持っていたから、猫の爪で服や皮膚が傷付いたらどうしようとも思っていなかったはずだ。
チラッと爪を見せたものの、結局またシャリは困ってしまう。
「もういい。使い魔というのは好戦的なわりに、思っていたよりも他傷願望が強いわけではないんだな。おい、そんなんで魔女の使い魔などやっていられるのか?」
「あ。それはアタシも聞きたい。魔女に苛められたりしてない、使い魔ちゃん? もしかして魔女に対抗する体力を付ける為に、こうして鍛錬してるの?」
「おい、そうなのか? あ……いや、別に心配してるわけじゃ……。というか俺の剣が当たるぐらいじゃ、魔女相手なんか絶対無理だろう」
「どうしよう、使い魔ちゃんを守るんだって決めたばっかりなのにっ。守れるかな……ううん、守ってみせるわよっ!」
「……こっそり逃げるのは無理なのか? お前一匹ぐらいなら俺が匿って……いや別に心配なんかしてないぞ、俺は」
「だったら引っ込んでいて、野蛮人っ。使い魔ちゃんはアタシのなんだから……っ」
「いつ貴様のものになったというんだ! で、どうなんだ?」
二人の会話に圧倒されつつも、とりあえずシャリは首を横に振る。
しかしまだ質問は続いていた。
「あ~、良かった。じゃあどうして鍛錬してるの? 逆に魔女を守る為の力が欲しいから? ……というか魔女なんかを使い魔ちゃんが守る必要ないんだからっ」
「おい、お前。騙されているんじゃないだろうな? もしかして弱味でも握られているのか?」
魔女だけを悪、使い魔は庇護対象。
魔女と使い魔を切り離して考えてくれているのは、本来ありがたい事なのだろうが、その魔女本人であるシャリは何やら居た堪れない気分になってしまい、そっとニコとビスから距離を取ろうとした。
しかし……。
「待って、使い魔ちゃん!」
「おい、どこへ行く!」
無理だった。