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魔女のご主人様  作者: きいまき
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会話

 カジュ家の屋敷へ逃げ込んだシャリはぐったりと疲れていた。

 今日は人間から喧嘩を売られ、可愛いと連呼され……しかも続けてだったのだ。



 とりあえずその原因である当人らの事は頭の隅に追いやり、元の姿に戻ったシャリは剣が当たった個所を鏡で見る。


 皮膚は赤くなってさえいなかった。



 きっと、この魔女の体は剣や猫の爪を無効にするだけではないのだろう。

 真冬の凍えた水、呪いの手紙……たぶんそれも慣れと運だけではなかったのだ。


 首を刎ねられたら、もしくはそれと同義の致命傷を負わされたらどうなるのか?

 きっと武器や毒等が身体へ届く前に、一呼吸の必要もなく弾く。

 そんな気がする。



 シャリは自分の手をじっと見た。

 何だか前よりもカサカサがなくなっている。


 古い皮膚が剥がれ、新しいもので覆われて、そしてまた……を繰り返していく。

 小さかった頃に比べれば背も伸びたし、そして老いも漠然とだが想像出来た。


 生かされている、生きている以上は生きていくと思っていたが、自分に死が来ないとは考えた事もなかった。

 自分は不老不死の魔女ではないとシャリは思う。




 ゴトルーが帰って来て、シャリは飛び付いた。

 横抱きに抱き上げてもらえたので、ぎゅーっと首にしがみ付いた。


「熱烈歓迎は嬉しいですが、傷が痛みますか?」

 シャリは首を横に振った。


 その逆だから、ほんの少しだけ悲しいのだ。

 大勢と自分が違う事が、ゴトルーと一緒ではない事が……。


 こんな風に説明する事が多いなと思いつつ、今回も結局ゴトルーに話した。



 話している間に、シャリがゴトルーに飛び付いた扉付近から、寝台の上へと場所は移動したが、いつもと変わらず髪や頬を撫でてくれる。


「シャリがそう感じるなら、きっとその通りなのでしょう。私からすると貴女が痛みや辛さを感じずに済むのは喜ばしい事ですが。

 付け加えるなら貴女は長生きするだろうが、それでも人の域を出ないはずです。例えば王が国を治める者として生まれた様に、シャリは魔女として生まれ付いただけであり。大きく捉えれば、どちらも同じ人間だと私は思っています」


「魔女も人間?」

「そうです」


 尋ね返したシャリにゴトルーはしっかり肯定したが、いまひとつ納得がいかなかった。



 でも前々から不思議に思っていた事が分かった気がする。

 カジュ家の面々はきっと魔女としてではなく、ゴトルーと同じ様に一人の人間としてシャリを見ているに違いない。


「こうしてシャリと会えたのが、今で良かった。小競り合いの最中だったら、私は酷い人間だから、貴女の力を利用しようとしていたかも知れない。少なくとも一考はしていたはずです」


「利用、出来た? ゴトルーの役に立つなら、今からでも私を使っていい」

「絶対に使いませんっ!」


 ゴトルーに大きな声で断固拒否されて、シャリはビックリし、そしてガッカリする。



「それに誰にも貴女を使わせたりはしない。……シャリは魔女と呼ばれる事で、危険から少しは守られていたのかも知れませんね。迂闊に魔女へ助力を求めても自らの首を絞める結果となる、そう思われていますから」


 そんな風にも考えられるのか、とシャリは思う。

 それは新たな考え方だった。



 しかしゴトルーは吐き捨てる様に続ける。


「王宮での貴女への仕打ちを考えると、魔女と呼ばれていて良かったとは、口が裂けても言えませんが」


 いつの間にか、ゴトルーのシャリを撫でる手も止まっている。

 ゴトルーが魔女の為に怒る必要はないと、その手をきゅっと握った。


「王宮で、私はゴトルーに会えて良かった」


「……、……そうですね。そうでした。もう我が家にいるのだから、ゆっくりと身体を回復していけばいい。残念ながら本来姫君が取り囲まれていた贅沢を、貴女に堪能させてはあげられませんが」


 そんなものは望んでいないと、シャリは笑う。

 シャリの物だと言われても、相変わらず勿体無い気持ちがあるままなのだから。



「話題を変えても……?」


 シャリが頷くと、ゴトルーに尋ねられる。


「ビスとの間に割って入られた事、不快でしたか?」


 その質問にシャリは首を傾げた。

 それからその時の気持ちを思い出して、横に振る。


 それ自体が嫌だったのではないのだと、再び説明した。

 するとゴトルーは難しい顔をする。


「なるほど。私があの者達の師、ですか。貴女がそんな風に思っているとは気付きませんでした。やはり尋ねておいて良かった」


 シャリの指先を撫で擦りながら、ゴトルーは少し考えた後、口を開く。



「まず先に言い置きますが、貴女の事がなくても王都からは早々に立ち去りたいと思っていたのは本当です。シャリに会った事で、少々その考えが強くなっただけで。

 ……私の所に寄越された者達は見習いとなっていますが、もう何年も前から心得も技も既に教わり、騎士となるべく雑務も鍛錬も重ね、後は派遣先が決まるのを待つばかりです。師と呼ぶ人物は既に見つけられていると思います」



「でも……」

 シャリが反論しかけると、ゴトルーも頷いた。


「たぶんあの者達の派遣先は、ターブの様な国境の辺境か、領土の境目か、もしくは身内同士で争っているとか、とにかく何かしらの火種を抱えている場所が多くなるでしょう」


「……」


「私の場合、元々自分の巣を守る為に踏み止まり、少々無茶をして仕掛けたりする気にもなれましたが。派遣先で馴染めてもいない内に戦わなくてはならなかったり、上官が糞……おっと失礼しました……だったりと。

 正直、私がそうだった様に動けと教えるのは無理がある。かといってあの者達が騎士となる以上、むやみに逃げる事を勧めるわけにもいきませんしね。

 実際の現場で血と死と後悔を引き摺りながら、どこかでは諦めるなり、開き直るなりしてもらうしかない。

 私の話がどれだけ通じるか、いっそ何も言わないのが華なのか、今回の勤めに対してやる気があればあるほど、悩んでいたと思います」



 こんなに大きくて、例えどう体当たりをしても、どんな内容の話をしても動じないゴトルーなのに、悩んだりする事もあるのだとシャリは何となく安心する。


「私も……王都からは出た事がなくて、現場の悲惨さを全く知らないけれども。行かなくてはいけないと決まっているなら、得られる機会があるなら、表面上の知識だけでも得ておきたいと思う」


 シャリだって、ユイナが持って来てくれた観光案内書でかなり想像が膨らんでいる。



「何か思う事があれば、勝手に頭へ留め置くだろうし。実際の現場で思い出すか出さないかどうか、それは分からない。

 そういえばあんな風に言ってたなと思い出したとしても、ゴトルーの言葉を頼りにするか。それともそれを否定したり展開させて、自分ならこうすると思うかだって、最終的にはその時と状況次第。

 ……ゴトルーも名前を覚えてたって事は、きっと何かは伝えるつもりだったはず」



「読心も出来るのですか、私のシャリは?」

 そう言いつつも、ゴトルーはあまり驚いた顔をしなかった。


 きっとシャリでも考えられた事だから、ゴトルー自身も既に考え、そしてもしかしたら見習い騎士達の教官を命じた誰かからも言われ済みなのかも知れない。



 話題は最終的にシャリの事へと戻る。


「ニコの事はともかく、ビスの事は面白がっていましたね? 痛みを感じないとしても、私はあの光景を見たくない。貴女が面白がっていなければ、始めから止めに入っていたのですが……」


 ニコというのは、たぶん女性見習い騎士の名前だろう。


「貴女は意外と、好戦的な一面をお持ちの様だ」

「魔女だから……? でも売られた喧嘩以外は買わない? よ。たぶん」


「普通の姫君ならご存知なさげな言葉も使うし、一体どこで耳にしたのやら……。あぁ、いえ。貴女が思う様に口に出して下さい。悪い意味ではなく、そんなシャリも私は楽しんでいますから大丈夫ですよ」



 ゴトルーの手がシャリの指先を離れ、頬をなぞり始める。

 その事にシャリはドキリとした。


「……魔力が集まっているなら私でも分かるかな、試してみましょう」


 生地や造りは圧倒的にカジュ家で用意してもらった物の方が良いのだが、相変わらずシャリは変化時の着脱がしやすい様に、襟元の開いている服を着ている。

 その襟元を更に開かれて、鎖骨の下をゴトルーに舐められた。


「……っ」


「駄目だ、分からないな。……シャリ。私が触ると、もう眠いだけではありませんよね? 痛みを感じないというのはある意味好都合だろうが、全く何も感じてもらえないではさすがに寂しい」


 違う所も舐められ、舌を這わされて、シャリはピクッと体を反応させる。


「貴女がどんなに体を鍛えても、私からは離れられないと思わせてみせますよ、愛しいシャリ」


 宣戦布告みたいな声で、ゴトルーに言われた。



以下、余談です。

ゴトルーは共倒れも辞さない人間から、シャリが狙われる可能性もあると考え付きます。

ターブへ帰ると立場上ますます、常時自分が守るのは不可能だと気付き。

シャリの性格と、変化する性質を考えると、どうしたって常時は無理ですが、不安に駆られたゴトルーはシャリに騎士を……と思う様になります。


しぶしぶで。

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