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魔女のご主人様  作者: きいまき
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見習い騎士

 午前中だけ、鍛錬場に通う事が日課となりつつあったある日。


 もはやここでも魔女の使い魔は見て見ぬ振りが、暗黙の了解と化したのだろうと思っていたにも関わらず、シャリは一人の見習い騎士と対峙していた。


 場面は一対一の対戦訓練で、いきなりその見習い騎士が真っ直ぐシャリの方へ向かって来たかと思えば、相手役を申し込まれたのだ。

 お願いします、という言葉を使ってはいたが、隙あらば……的な気配がする。



 ゴトルーが好意を寄せてくれた始めての人間ならば、この見習い騎士はあからさまに敵意を示して来た始めての人間で、これも非常に珍しい。


 いつかに喧嘩を売って来た本物の猫の様な人間がいない事をホッと思っていれば良く、詰まらないと感じる必要なんてないと考えていたのに……。



「使い魔殿はこちらへ続けて来られる様になってから、毎回鍛錬に参加されている。この手合わせも鍛錬の一つと、魔女殿のご不興も買う事はないと思うが、いかが?」



 ここで。

 人間なんかに興味はないねとばかり、フイッとそっぽを向く事も出来た。


 のだがシャリはそうせず、むしろ受けて立つ様に、見習い騎士の正面に位置取り、キッと顔を上げた。



 ゴトルーの顔はあえて見ない様にして、見習い騎士を見据える。

 すると見習い騎士が鍛練用に量産された剣を構えた。


 周囲は関わるのが恐ろしいらしく、聞き耳を立てチラチラと窺いつつも、近付いては来ない。



 特に合図はなく、しいて言うなら……行くぞっ的な気配がして、シャリは一撃目を避けた。


 見習い騎士の手足と剣の分、シャリの方が相手までの距離は遠い。

 そして繰り出される剣は喧嘩を吹っ掛けて来た程だから、早かった。


 だが本物の猫達に連携して襲われた事もあるから、避けられない事もない。



 そうだ、これも本物の猫達とやらかした喧嘩と、意味としてはそう変わらないだろう。

 シャリはいつだって悪い事をした覚えはないのだが、気に入らないから追い出そうと、潰そうとして来る。



 本物の猫達とのあれこれを思い出し、その瞬間、目の前の相手に対する集中力が散っていた。

 しかも振り下ろしてからの切り返しが予想外な速さだった為、それがシャリに当たった。


 例え切れない剣だったとしても、当たる=痛い。


 気持ちの上では確かにシャリもそう思い、今までよりも間合いを取った。

 そして思考を目の前だけに戻す。



 シャリの方が相手までの距離は長いが、猫の姿での瞬発力と素早さだけは負けないはずで、それに何といっても的が大きい。


 真っ直ぐ詰め寄って、ひらりと交わしついでに、着地を踏み込んで見習い騎士に猫パンチを咬ました。


 今やられたばかりの切り返しを真似て、そこそこ上手く出来たつもりだったから、もし元の姿だったら得意げに笑っていたかも知れない。



 だが見習い騎士はというと、ますます憎悪を滾らせるどころか、猫パンチなど痛くも痒くもないという風の意外そうな顔しかしておらず。

 結局シャリの方が自分の力不足を悔しく思う事になった。


「……そこまでにしておけ、ビス」


 そこへ、ゴトルーがついに割り込んで来る。

 ビスというのが、この見習い騎士の名前らしい。



 指導はろくにしないのに、一人一人の名前を覚えているのかとシャリは思う。

 いやもしかしたらシャリがいなければ、きちんとお勤めを果たしていたかも知れなかった。


 シャリが時々欲しいと思う、師。


 ゴトルーはシャリがいなければ、見習い騎士達の素晴らしい師になれただろうに。

 必要だから付けられた師なのに、その師であるゴトルーは何も教えようとはしないのだ。


 それもシャリのせいで……。




 今度こそシャリはプイッと顔を背け、一番始めの定位置である隅の方へ行く。

 そしてシャリは先程当たった個所を舐めてみた。


 沁みない、痛くもない。

 だが魔力が集まっているのは分かった。


 毛の下はどうなっているのだろう。

 前足で探ってみるが、残念な事にどうなっているのかは分からなかった。


 けれど、それがおかしい事なのはさすがに理解出来る。

 もしかしたら本物の猫達と喧嘩した時も、こうして自動的に切り傷や打撲にならない様になっていたのだろうか。


 やはり自分は人間とは違うモノなのだ、例えカジュ家でそれっぽく暮らしていても……。



「使い魔ちゃん、大丈夫? 痛むの?」


 何だか非常に聞き慣れない言葉を耳にして考え事から引き離され、シャリは突然真正面にしゃがみ込んだ相手を見た。


 ゴトルーが見ている見習い騎士達の中で、唯一の女性である。


 何だろうか、今日は二人も人間が寄って来た。


 今度は表立って喧嘩を売られているわけじゃない様だが、心理戦とかいうものか……?

 シャリは少々身構えた。


 でも、……ちゃん。

 ちゃん??


「ほ~ら、お姉さんは怖くありませんよ~? 傷の具合を見たいだけですからね~?」


 優~しく言われた言葉に、シャリは激しく身の危険を感じ始める。


「使い魔ちゃん。ずっと思ってたけど、可愛いでちゅね~。こんなに可愛いのに、傷付ける野蛮人は嫌でしゅねぇ。アタシはそんな事、しましぇんからね~?

 ほ~らほら、触らせて~大丈夫でちゅよ~。……抱っこさせて! 使い魔ちゃんっっ」


 避けても避けても、手が伸ばされて来る。


 ゴトルーだって、始めはこんなじゃなかったのにっ。

 何やらかえって逆に恐怖を感じ、シャリは引き攣った叫び声を上げた。



 猫だから、マズイのかっ?

 じゃ、じゃあ大きなモノ、本当に実在するモノでもなくて……シャリは変化する。


 これでもう可愛いとか、抱っことか、そんな言葉は使えまいと踏ん反り返って女性見習い騎士を見下ろす。


 さすがにそれは見て見ぬ振りが出来なかったのだろう、鍛錬場の何人かが剣をぼろっと落としたり、体を硬直させている。



 なのに……。


「なんてっ、なんて可愛らしい反応なのっ! どの姿が使い魔ちゃんの本当の姿? やだもう、可愛らし過ぎるっ。我慢出来ない~ッッ」


「ぎゃ~~~~~~~ッッ!?!?!?」

 あ、足ッ! 足に取り憑かれてるッ?


 シャリは一気に可能な限り小さな小鳥の姿となり、一目散で空へと逃げた。

 さすがに小鳥となったシャリを咄嗟には捕まえられず、その女性見習い騎士も空へは追って来れなかった。




ゴトルーの独占欲なんか気付きもせず、シャリに寄って来た二人。

シャリが帰った後の鍛錬場は、またも戦々恐々だったとか。

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