解錠
夕方になり、帰って来るゴトルーをシャリは冷や冷やそわそわと、元の姿で出迎える事にした。
その様子をユイナとホルマも見ていて、あれこれ聞いてくれるもので、結局シャリは問われるまま屋敷から出た事を答えてしまい、二人にも今日の空からの探検を知られる結果となっていた。
ほっとしたのは、ゴトルーの様に激怒されなかった事だ。
「今、お話し下さったのと同じものを、ゴトルー様にもなさいませ。きっとお怒りは解けます」
「たぶん旦那様は見張られていたと思ったから怒ったのではなく、シャリエゼーラ様が黙ってどこかへ行くつもりだと、誤解されたのではないですかね」
「もう一度お尋ねしますが、勝手に出て行かれようとしたわけではありませんのよね?」
ユイナの言葉にシャリは頷く。
「まだ。約束は、続いていますし……。たぶん?」
「ええ、続きますとも」
そんな話をしている間に、ゴトルーが帰って来たので、シャリはユイナとホルマに話した事をもう一度繰り返す。
二人に伝えられた様に、ゴトルーにも分かってもらえただろうか……もう怒っていないかな?
と、シャリはチラッと見上げる。
「……。……分かりました」
ゴトルーがふ~っとため息を吐く。
「私の勘違いでした。しかしですね、絶対に一人でどこかに降りたりはしないで下さいよ。いくら貴女でも眠らされたり、気絶させられたりしたら、再び逃げる事も出来ないでしょう。私みたいな不埒者が……云々」
どうやらもう大丈夫らしい。
ゴトルーの言葉はまだ続いていたが、シャリはいつしかそれを聞き流し、自分の考えに没頭していた。
結局、今日も王都の壁の内だった。
でももし飛んで行けたら、世界のどこかには黒でもずっといていい場所があるのだろうか?
カジュ家の面々が奇妙だから、もしかしたらそんな場所があるのではないかと夢見てしまうのだ。
自分はその場所が見つかるまで、果たして飛び続けられるのだろうか?
死なない限りは、一人でも生きていくのだけれども……。
シャリの心はいつしか飛んでいた。
昼間、飛んだ空へ……そして王都の外へと目を向ける。
「……か? ……、……シャリっ?」
「ッ!」
呼ばれた名前に、シャリは引き戻された。
「大丈夫ですか、シャリエゼーラ? 目の焦点が合っていなかった。お疲れなのでは?」
シャリは首を横に振る。
「名前。その名前、違います。さっき、呼んで……くれていたのに。私の名前」
「…………シャリ?」
かなり困惑気味に呼ばれた名前だった。
それでも。
「大好き! ゴトルー、大好きッ!」
シャリは嬉しくて、ゴトルーに飛び付いた。
姫ではなく、魔女として生まれた自分の名前だ、それこそ。
これが相手に最大級の感謝を表す言動のはずだ……と考えが出て来たのは、既に行動を行った後の事で。
口と体が自然に動いていた。
だが抱き締め返してはもらえず、不安になり体を離して見上げると、ゴトルーが不自然に強張っている気がする。
「……ごめん、なさい」
もし猫の姿だったなら、ゴトルーはちゃんと受け止めてくれただろうか?
今からでもそうしてみようかとシャリが思った途端、制止の声が掛けられる。
「シャリっ。そのままの姿で……申し訳ない、愛しいシャリ。貴女からそんな風に言ってもらえるとは思ってもみなくて、驚いてしまった」
「魔女のシャリでも、……愛しい?」
「ええ。貴女にしかこの言葉は使いませんよ、シャリ」
シャリはゴトルーの目をじっと見つめた。
月明かりの青。
こんな風にじっと見るのは、きっと始めて会った王宮の庭以来だ。
怒ってもいない、先程までの感じとも違う、一見するだけでは相変わらず怖い……でも優しい。
それから、もう一度して欲しそうな感じが伝わって来て、シャリはゴトルーに再びぎゅっとしがみ付いた。
ゴトルーはこれからも一層、シャリ独占を目論んでいきます。