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魔女のご主人様  作者: きいまき
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塀の外

 本名なのだろうが、長い名前で呼ばれる事にシャリは違和感があった。


 同じ様にいくらシャリエゼーラの物だから、汚したって、どんな使い方をしたって、いいのだと言われても。

 自分の為に用意された物のはずなのに、シャリは勿体無いと思ってしまう。


 もし魔の色を持つ事無く生まれたシャリエゼーラ姫だったなら、きっと何でも当然の様に優雅に着こなし、使いこなしたのだろうが、魔女のシャリが同じ事をしたら罰が当たる。


 どうしてもシャリではなく、シャリエゼーラ姫に用意された物の数々、という気がしてしまっていた。




 屋敷の中でうろうろしたり、庭を見て回ったり……食事の時以外は猫の姿で過した数日。


 王宮にいる時と比べて、服を汚さないかが心配な以外は何とも緊張感なく、のんびりとして……シャリは暇だった。


 何しろカジュ家では、儀式に掛かる時間がなく、これからも生かされていく為に情報を集める必要もないのだ。



 忙しそうにしているユイナ・ホルマ・サッドに手伝いを申し込んでみても。


「これ以上、手を荒すなんてとんでもない」

「細くていらっしゃるんで、何だか頼むのが……」

「儂の仕事ですからな」


 そんな風に、とにかく断られてしまう。


 王宮は当然の様に広くて昨日はあそこ、今日はここ、明日はそこいらと、気分次第で散歩の場所を変える事もしていたが、カジュ家ではそれも出来ない。



「シャリエゼーラ様、服は汚して当たり前ですよ。洗濯屋もきっと喜びますわ」

「……洗濯屋」


「ええ。洗ったり仕上げたりするのに大変な物は、外に頼んでいるのです」


 外に……あぁ、そうか。

 とシャリは思った。


 今まで王宮でも、この屋敷でも、あくまで塀の内側だけだった。


 この屋敷へ来た日、どこまでも飛んで行こうと思った様に、いつか本当にここから去る事になったなら、塀どころか王都も国からだって後にするというのに。



 塀を越えた外を見に行ってみよう。


 さぁ、そうと決まればとにかく出発だ。

 シャリは空へと飛び立った。




 とりあえず黒なのか、それとも色の濃い鳥なのか、判別が付き難いと思われる高さまで一気に上昇する。


 たまに地面を歩いている分にはそれほどでもないのに、王宮の塔の先端に掲げられた旗が物凄い勢いではためいている事があった。

 だから天に近いほど、風の強い事があるらしいとシャリも知っていたが、今は問題なく飛べている。



 危うく忘れるところだったが、行ったきり迷子にならない様に、空からのカジュ家の位置関係を把握した。


 空から見たカジュ家の屋敷は王宮の近くにある屋敷に比べれば、かなり小ぢんまりとしている。

 爵位の差というやつだろうというのは、シャリにも分かった。

 王宮でも与えられる部屋に、差があるのと同様だ。



 カジュ家よりも更に王宮から遠くなると、道々に大勢の人が溢れていた。

 荷物を持ったり、もしくは台車に乗せて運んでいる姿も多い。


 王宮と同じ様な違う様なざわめきと、それから時々大声を張り上げている人もいて、一体どんな事を話したり、言ったりしているのか、間近で聞いてみたくなった。



 カジュ家よりも更に小さく、同じ様な造りの建物の屋根が並んでいる場所から奥まった……と表現するのだろう、その屋根も壊れて人通りの少ない場所を発見する。


 道さえ覚えられれば、この辺りから猫の姿で地面に降り立てないだろうか?

 そう思ったが、我慢した。


 今日は初飛行でもあるし、隠れて見ているつもりが誰かに気付かれたら、使い魔が現れたと街中大騒ぎになってしまうかも知れない。


 とりあえず、大まかな様子見に努めよう。




 しばらくゆったりと旋回し、ふとシャリは上空からゴトルーを見つけたい気分に陥った。


 それはこの辺りを飛び続けて、いっそ降りてしまいたいという誘惑と戦っているよりは良策に思えた。



 シャリは一路、王宮を目指す。

 もしゴトルーが外に出ているとしたら、降嫁する前に会っていた場所の近くにある、騎士団の鍛錬場だろう。



 さて、いるだろうか……と思う間もなく、眼下から鋭い指笛が聞こえて来た。


「……?」


 気のせい、だろうか?

 自分へと向けられたものに、シャリは思えた。


 しかも今や訓練中の見習い騎士達が、何事だという様に上を見て来る。


 まだ色は見えていない様で、ただ単に興味本位という調子だというのに……。



 続けて二度の指笛の主であるゴトルーは明らかにシャリと分かった上で、降りて来いと身振りで地面を指差していた。


 本当に降りていいのか躊躇うが、ゴトルーに気付かれただけならまだしも、周囲も騒いでいるのだ。

 シャリは心を決める。


 こんな時は一気に行くべきだ。

 突っ込み降りて、猫へと姿を変え……着地する。




 間近で見たゴトルーは非常に怒っていた。


 周囲の反応が黒・魔女・使い魔等の呟きと共に嫌悪へと変化したが、それよりもゴトルーの表情の方が怖い。


「私を見張りたいなら、空からではなくここでどうぞ。それとも、どこか別の場所へ行くところだったのですか?」


 ゴトルーの声は非常に低いのだが、今はそれに輪を掛けている。

 怒鳴られているわけでもないのに、何やらシャリは身を縮こまらせた。



「答えは帰ってから、じっくりお聞かせ頂くとしよう」


 漂う不穏な空気を感じるのは、シャリだけではないらしい。


「なぜ手を休めている」


 その言葉で見習い騎士達は一気に鍛錬へと戻ったのだが、シャリに向けられていた嫌なさざめきが、今や恐々とゴトルーを窺っている具合だ。


 普段の様子は知らないが、その後の鍛錬は必要以上に力が入ってしまっていると、邪魔にならない様に鍛錬場の隅にいたシャリからは見受けられた。


 ゴトルーはそれに対して、何も口を挟まなかった。

 自らも鍛錬しつつ、行う行動の指示を出しはするが、細かく指導に当たる事はなかった。




 夕方まで騎士団の鍛錬場にいて、一緒に帰る事になるとシャリは思っていたのだが。


「家を出る事をユイナにも誰にも言っていませんね……? 急にいなくなった貴女を家の者が心配しているはずですから、先に屋敷へ帰って下さい」


 鍛錬場の周囲を走れという指示を出したゴトルーに、最後の部分を強調して言われた。


 シャリは内心、また屋敷内をうろうろしていると思われているはずだと思ったが、ここで嫌がる理由もなく、今ゴトルーに逆らうのは得策ではない気がした。



 そこでまた鳥の姿となり、空を通ってカジュ家へと戻る。

 その時は午後のおやつの時間だからと、ユイナがシャリを探しているところだった。


 いつも夕食がますます食べられないからと断るか、こそこそと隠れているので、今日もシャリはその呼び声からは逃げる事にした。



  

ショックを受けてます。

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