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「なんか、吸い込まれそう」

「あはは、分かる。私も時々そんな感覚になるよ」

「だんだん見えるようになってきた」

「目が慣れてきたんだね。肉眼でも結構見えるでしょ?」

「うん。星ってこんなにいっぱいあるんだな」

 私たちはレジャーシートの上に並んで座り、星々に華やぐ南の空と向き合っていた。

「なぁ、星座とか、分かるのか?」

「私は大体分かるけど……あ、早見盤持ってくれば良かったな……」

 美月が多少なりとも星に興味を持ってくれていることが嬉しい。横顔をそっと窺うと、高く通った鼻筋の上の大きな目が、星の光を吸い上げたように鮮やかに輝いていた。そして金色の髪は、この暗闇の中でもはっきりとその色を主張していた。

 彼女の姿にぼーっと見とれてしまいそうになる気持ちをどうにか抑えて、少し身を持ち上げて星座の説明に移る。

「美月、『春の大三角』って聞いたことある?」

「んー……あるような、ないような」

「春の南の夜空に浮かんでる大きな三つの星を指すんだけどね。その三つを結べばちょうど三角形になってるの。まずはこれを見つければ、周りの星座も見つけやすいんだよ」

「で、その三角形はどれなんだ?」

「あそこ」

 私は指を差す。

「あそこってどこだよ」

「あそこだってば」

「いや指差されても分かんねーよ」

「すごく大きなオレンジ色の星があるでしょ? あれがうしかい座のアークトゥルス。それからその近くに青っぽくて綺麗な星があるけど、あれがおとめ座のスピカ。それで、その二つと三角になるように結んだ先にあるのが、これはちょっと暗いけど、しし座のデネボラ」

「うーん…………どれ一つ分からん」

 私も美月も苦笑する。

「しょうがないよ。星座って、慣れるまで中々見つからないものなんだよね。まあ星座が分からなくても星は楽しめるから――」

 フォローしている私の声を遮って、美月が叫ぶ。

「あ、あれか! オレンジ色の、でかいやつ」

「アークトゥルス、見つかった?」

「あれだよな?」

 美月は指を差す。

「指差されても分かんないけど、多分それだよ」

「あ、それじゃあさ、あれはなんだ? ほら、小さいのが密集してるところ」

 一つ見つけて楽しくなってきたのか、美月は声を高めて楽しそうに騒ぐ。何だか無邪気な子供みたいで微笑ましい。

「どれを指してるのか分からないけど、密集……って言うと、かみのけ座のことかな?」

「髪の毛座ぁ?」

「あれ、初耳? かみのけ座は美しい女性の髪を連想させる星座ってことになってるんだよ」

 その星座に美月が注目したというのは、何か運命的なものを感じる。

 美月は嬉しそうに星を見回して右に左に頭をせわしなく振っているが、その度にしなやかな長髪がゆらゆらと揺れた。その揺らめきを見ていると、大自然の神秘を目前にした時にも似た感動が湧いてきて、再び私は見とれてしまった。

「あぁ、なんか……すごいな」

 美月はため息をこぼしながら、独り言のように呟いた。

「星って素敵でしょ? 今日は新月だから、余計に綺麗に見えるんだよ」

「月があると星が見えないのか?」

「見えないってこともないけど、やっぱり月の光で遮られちゃうからね。月を見たいならともかく、他の星を見たいなら月はちょっと邪魔になっちゃうかな」

 そこまで言って、私はふと気が付いた。

「そう言えば、美月も名前に『月』って入ってるね」

 美月は片眉をひそめて、じとりとした流し目で私を見ながら、

「お前さ、月は邪魔だって話の直後にそれ言う?」

 と冗談めかした口調で言ってきた。口元に含んだ微笑がぷっくりと膨らんでいる。

 何だか、不思議だ。すごく不思議な感覚。

 私は友達と会話をする時にも、常に相手の顔色を窺いながら言葉を選ぶ人間だったはずだ。相手が喜びそうな返事を選び、相手が言ってほしそうな褒め言葉を伝え、相手が触れてほしくなさそうな部分には一切触れない。そうやって生きてきたはずだった。

 それなのに、なぜだろうか、美月にだけはそういった遠慮を一切せずに話せる。遠慮がなさすぎて相当鬱陶しくなっている自覚はあるが、すごく自然に振る舞えているという感覚もある。とても呼吸がしやすい。

 もしかしたら、これが私の『素』なのかもしれない。厚化粧のようにゴテゴテと取り繕った普段の善良な顔よりも、ずっと本来の私に近い表情でいられている気がする。

 考えてみると美月は、親とか教師とか同級生とか、私がこれまで顔色を窺い続けてきた人たちとほとんど関わりなく生きている。そうである以上、私が美月と対する際にも世間体のための化粧をする理由が見つからないのだろう。親にとっての良い子供、教師にとっての良い生徒、同級生にとっての頼れる学級委員、部長……。そういったあらゆる役割から、美月と二人でいる時だけは解放される。この居心地の良さ、息のしやすさを感じて初めて、これまで私はずっと、自分で自分の喉を締め続けていたのだと気付いた。あの日から、ずっと。

 今が一番、息がしやすいし話しやすい。話しやすすぎて余計なことまで言ってしまうけれど、それも楽しいと思える。美月と出会えたから、そう思えた。

「お前も、夜って入ってるよな」

 一人で感慨に耽っていると、美月がぽそりと落とした声にすぐには反応出来ず、数秒の静寂が夜空の下に流れた。

「小夜子……だろ? 名前に夜って入ってる。お前も、天文部員らしい名前じゃん」

 ああ…………。

 体の中で、色々な感情が激流のように暴れ狂う。

 動悸を抑えながら、なぜだか照れたような顔をしている美月の横顔に、軽口めいた調子で投げかける。

「えー、名前の漢字まで覚えててくれたんだ。そう言えば夜って入ってるね。自分でも気付いてなかったな。あはは」

 そう言いながら(そら)を見上げる。乾いた笑いが遥かに遠い星屑の先へと吸われていくように感じた。

 私の名前に『夜』の字が入っていることと、天体観測を結び付けてくれたのは、これで二人目だ。

 おじいちゃん。

 私の大好きな祖父の姿が、群青色に澄んだ夜空の向こう側に、うっすらと浮かんで見えた。

 今はもう星になってしまった人。

 私を最も愛してくれて、私に解けない呪いをかけていった人。

 私が、殺してしまった人。

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