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町じゅうに燃える無数の人工灯がまだらな光の束となって、春の日暮れ時を不鮮明に彩っている。星見ヶ丘に近付くにつれ、街灯の数々は個々の形をなくして一つの大きな塊となっていく。
異なる場所で生まれて、異なる色や形の光を放っているのに、遠くで見るとただの巨大な塊でしかない。集団で学校生活や社会生活を送る私たち人間も同じようなものなのかな、とぼんやりと考えた。
集団の中で求められる光を放とうと努力を続ける私を町明かりに喩えるなら、誰よりも眩しい光を放ちすぎて集団から離れていくしかなかった美月は、空の星にこそ喩えられるべきだろうか。
九時四十分。約束の時間の二十分前に星見ヶ丘に到着した私は、最善の位置を探してレジャーシートを敷きながら、そんなことをつれづれと考えていた。
空には雲一つ見当たらず、まさに天体観測日和と言える絶好のコンディションだ。強引な誘い方だったが、今日に決めて良かった。
しかし……美月は本当に来てくれるだろうか?
昼間は私一人で盛り上がってしまったが、美月の気持ちをほとんど聞いていなかった気がする。勝手に似た者同士だと決め付けて、友達になれそうだなんて思い上がっていたが、美月はやっぱり私とは違う世界に住む人間なのではないか。私はハーフじゃないし、金髪でもないし、不登校でもなければ、飛び抜けた美人でもない。あと、グレープフルーツジュースも飲まない。私と美月の共通点なんて、『美月は過去のトラウマから自分の本心を隠して生きているのではないか』という、ほとんど私の妄想のような部分しかないじゃないか。
また、喉が締め付けられたような感覚に陥る。息が苦しい。私は誰よりも良い子でいなければならないのに、その道から外れるような出すぎた真似をして、美月を傷付けてしまったのではないか。
考えるほどに、苦しくなる。息が出来なくなってくる。私は、私は――。
「どうした?」
後ろから声をかけられて、驚いて見返ると、そこには薄暗い空を背景に揺れる長い金髪があった。
「美月……」
「なんか、しんどそうだけど……大丈夫かよお前」
なぜだろう。私は泣きそうになっている。懸命に涙を堪えながら声を出す。締め付けられていた喉が、やんわりと開いていくような感覚。
「うん……大丈夫。来てくれたんだね、美月」
「そりゃあ、だって、あんなに強引に言われたらな。来ないわけにはいかねーだろ」
「うん、あはは。そっか、そうだよね」
息苦しさが消えて、呼吸が落ち着いてくる。
落ち着いてくると今度は、美月がこの場に極めて不釣り合いな出で立ちをしていることに気付く。
下がジーンズなのは良いとして、上が半袖のブラウス一枚という軽装ぶり。昼間は一応長袖を着ていたので、その時より薄着になっている。
「あのね、美月。夜は相当冷え込むからね。その服装じゃ寒いと思うよ。あと、この時期でも虫除け対策は絶対必要。半袖はNGなんだよね」
「先に言っとけよそういうことは……」
「ごめんごめん。それで、どうする? 家が近いんだったら、一旦戻って着替えてくる?」
「べつにいいよ、めんどくさい」
私はリュックから虫除けスプレーを取り出し、美月の白い肌にかけてあげる。
「地べたに座るのか?」
「シートの上なんだから、地べたじゃないでしょ」
「でもなんか、ゴツゴツしてて座りにくい」
文句を言う美月に対して、仕方がないなぁという素振りを見せながら、リュックから小さな座布団を一枚ひっぱり出して渡す。
「ところで美月、夜ご飯ちゃんと食べてきた? お腹空いてない? 喉渇いてない? トイレはそこにあるから、我慢しちゃダメだよ」
お母さんか私は。
美月が天体観測初心者であることと、そもそも生活能力が低そうなことを考えると、どうしてもおせっかいを焼きたくなる。
二人で並んで腰を下ろした時に、私たちの肌をひやりと撫でるような淡い西風が吹き抜けた。十分に厚着してきた私でさえ肌寒く感じる、冷ややかな夜風だった。
「寒い」
両手で自分の体を抱き締めるようにして、美月がぼそりと言った。
「だから言ってるのに」
言いながら私はリュックからブランケットを取り出し、座布団に腰を下ろした美月の背後からそっとかける。
「あ……」
小さな声がこぼれた。
この光景は、あの時と同じだ。祖父が私にブランケットをかけてくれた、遠い日の想い出。今は星よりも遠くなった、手を伸ばしても届かない想い出。
「どうした?」
私がこぼした声に気付いたらしい美月が、心配そうにこちらを見ていた。
「何でもないよ」
私は極力平静を装いながらさらりと答えてみせたが、本当はまた、泣きそうになっていた。
祖父のことを思い出したから。というのもあるが、それ以上に、私のことを心配そうに見つめる美月の目が、本当に、本当に、優しい目だったから。
――学年きっての問題児。手が付けられないほどの不良。
彼女のことをそんな風に噂する人たちの中で、一体何人が彼女のことを知っているのだろうか。彼女がこれほど優しい目をすることを知っているのだろうか。
誰も彼も、彼女のことを知りもせずに彼女を値踏みする。そしてそれは、ほんの数時間前までの私も同じだった。
「それじゃあ、始めようか。天体観測」
涙が流れないように、頭を上げる。
そこには、星空。
一つ一つの光が何に遠慮することもなく全力で輝いている、美しい星空があった。




