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「ところで、倉元さんはどうして星見ヶ丘にいたの?」
「べつに、意味なんかねぇよ。ブラブラしてたらあそこに着いただけ」
「ブラブラって、こんな昼間っから……。あそこへはよく行くの?」
「まぁ、たまにな。あそこに人がいるの初めて見た」
「……ああ、それで私のこと見てたんだね。なんで睨んでくるんだろうと思ったよ」
私たちは町中を縦に並んで歩いていた。もちろん倉元さんが前で、私が後ろだ。
途中、倉元さんは何度か振り返って、
「なぁ、お前なんで付いてくんの?」
と聞いてきたが、私はその度に、
「だって、横に並んで歩くと周りの歩行者に迷惑でしょ?」
と答えた。
倉元さんは呆れたような顔をして、
「そういうこと言ってんじゃないんだけどな」
とため息まじりにこぼしていたが、しいて私を置き去りにしようとはしなかった。彼女の方が体力はあるようなので、走りだされたりしたらもう付いていけないのだけれど。
今日は清々しいほどの晴天で、四月とは言えしばらく歩いていると汗ばむ陽気だった。街路樹の青葉が光を跳ね返してつやつやと揺らめく姿を見ると、すでに夏が目の先まで来ているような気さえしてくる。
道の途中に自販機があった。
暑さに参っていたのは倉元さんも同じだったのか、そこで立ち止まって飲料を選びはじめた。
「お金、ある?」
と聞きながら手を出してきた。私のぶんも選んでくれるのだろうか?
鞄から財布を引っ張り出して、差し向けられたその手に百五十円を渡す。
「はい」
「ん」
という言葉少ななやり取りの後、彼女はその百五十円を投入してグレープフルーツジュースを買うと、すぐにキャップを開けてごくごくと飲みはじめた。
……あれ? もしかして私、今カツアゲされた?
「お前は飲まないのか?」
と平然と聞いてくる倉元さんに少しカチンときたが、事を荒立てるべきではないと思い、自分を抑える。
私はその自販機で一番安い百円の水を買った。ただの水だが、喉が渇いている時に飲めばこんなに美味しいんだな、とちょっとした感動を覚える。
「なんか、飲み物まで優等生だな」
私の感動を叩き斬ってきた倉元さんの言葉に、再びカチンとくる。『優等生』は私が求め続けてきた称号だが、今の言い方が褒め言葉ではなく皮肉であることには、さすがの私も気付く。
何か皮肉を言い返してやろうかと考えていた私の思考を裂くように、倉元さんは唐突に、
「お前はどうなんだよ」
と曖昧な質問を投げかけてきた。
「どう……とは?」
「さっき、あたしに『どうしてあの丘にいたのか』って聞いてきただろ? お前こそ、なんであんなところにいたんだ」
「ああ、そのこと……。あのね、来月天文部で野外活動するんだ。夜に星見ヶ丘で集まって、天体観測。天文部の最重要活動だから、入念に下準備をして万全の状態で向かう必要があるの。そのための下見に来てたんだよ」
こちらの話に興味があるのかないのか、倉元さんは手にしたグレープフルーツジュースの残りを一息に飲み干して、黙ってゴミ箱に捨てた。
そこで私はふと閃いて、こう提案してみた。
「ねえ、今度の天体観測、倉元さんも一緒に来ない?」
三秒ほどの間があって、
「なんであたしが」
と控えめな声量で言ったが、その声のトーンは数十分前に出会った時の尖った声とは全く別物に聞こえた。
「だって、倉元さんも天文部員なんだから、天文部の活動に参加するのは当たり前でしょ?」
今度ばかりは明らかに私の方が正論だ。
「というか、昼間からあてもなくブラブラしてるぐらい暇なんだったら、断る理由もないでしょ?」
この言葉は余計だったかもしれない。
どうもこの人といると、普段の優等生の私を演じきれなくなっている気がする。そしてそれを少し心地よく感じていることに気付いて、我ながら驚いた。
「あたし、天体観測とか興味ないから」
「やってみると楽しいよ!」
「やり方知らないし」
「そんなの教えてあげるよ!」
「ていうかさ……」
倉元さんはどことなく恥ずかしそうに目を泳がせて、しばらく言い淀んだ。
「それ、いっぱい人いるんだろ?」
「え? いっぱいってほどでもないけど、倉元さん以外の部員が七人だから、顧問の竹田先生も含めて八人参加する予定。倉元さんが来てくれたら九人だね」
「……そんなにいるんだったら、無理だろ……。お前以外の奴、知らねーし……」
ん? 倉元さん、ひょっとして単なる人見知りのシャイガール?
「私と二人でだったら天体観測してみても良いってことだよね?」
揚げ足とりのようだと自覚はあるが、これはチャンスだ。逃すわけにはいかない。
「べつにそうは言ってないだろ」
案の定倉元さんは否定するが、私は畳みかける。
「二人きりでやってみようよ! それで、楽しかったら来月の野外活動にも参加してよ! その時に私以外の人とも顔見知りになれば、部活にも来やすいでしょ! もちろん学校にもね!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待てよ」
「よし、そうと決まれば善は急げだ! 今晩しようよ! どうせ暇でしょ? 幸い今日はこんなに晴れてるから、天体観測にはもってこいの日だよ。星の見え方って、天候に大幅に左右されちゃうからね」
「でもあたし、機械とか持ってないもん……」
「そんなに本格的な機材なんてなくても星は見れるよ。双眼鏡ぐらいなら私が持ってるから、それで一緒に見ようよ!」
私の勢いに気圧されたのか、倉元さんはすっかりたじたじになっている。無理強いするようで少し悪い気もするが、ここで一気に距離を詰めなければならない。
学級委員として、天文部の部長として、優等生として。不登校の問題児とされている倉元さんを何とかこちらへ連れてきたい。
そして何より、星好きな一人の少女、入宮小夜子として、彼女と親しくなりたい。
いつの間にか、私は確信していた。
私たちは、友達になれると。
「今夜十時に、星見ヶ丘に集合ね! 天体観測中に眠たくならないように、私は一回帰って仮眠を取ってくるね。美月はどうする?」
「あ、うん……じゃあ、あたしもそうする……」
私たちは数時間後の再会を約束して、自販機の前でそのまま別れた。
家に帰ると、先ほどの自分の異様なテンションを思い出して、恥ずかしさのあまり布団の中でのたうち回る羽目になったので、一睡も出来ないまま夜を迎えた。




